唇を触れ合わせながら角松は菊池の身体を背後の机に押し付けていく。
自然と菊池は机上に腰を預ける格好になって、その足の間に角松が身体を割り込ませていった。
ここで抱き合うときはいつもこうして始まる。
最後にベッドでゆったりと愛し合ったことなど、もう随分と前のように思えた。
「雅行、シャツ、自分で脱いでくれないか」
「……っ」
そう言われた途端、僅かに菊池が目を見開く。
「生憎、腕がうまく動かなくてな」
「こういうときだけ怪我人ぶるのか?」
至近距離で睨んでくる菊池を無視して、角松は鼻から頬、頬から耳へと唇を移動させていく。
「脱げよ」
いつもこうだ。
何か従わせたいことがあると必ず耳元で囁く。
そんな言葉と刺激に菊池が弱いのだと、角松は確信しているのだ。
菊池はゆっくりと作業服の釦を外し、袖を抜く。
それから一瞬躊躇って下に着ていたTシャツも脱いで床に落とした。
学生の頃から裸を見せることなど慣れているはずなのに、なぜこの状況になると羞恥が出てくるのかといつも思う。
その間にも耳を彷徨っていた角松の舌が、今度は鎖骨から胸へと降りてきた。
胸の先端を捉えて軽く歯を立てる。
「……っ」
舌で転がされると同時に、角松の左手が反対の先端を弄び始めた。
―― 左はしっかり動くじゃないか……。
そんなことを考えながら、菊池はくすぐったいのと感じてるの中間のような曖昧な刺激に喉を仰け反らせる。
しかしそんな中途半端な刺激でも確実に下腹部を煽られて、自分のそこが次第に熱くなっていくのを菊池は感じていた。
しばらく胸に留まっていた舌が下に移動してくると菊池も自然と身体を緊張させる。
次に角松のすることが分かっているから、それによって与えられる快感を考えただけで熱が一気に身体の中心に集まってきてしまうのだ。
「ベルト、外して」
脇腹や綺麗に窪んだ臍の周囲に唇を這わせながら角松は呟く。
羞恥はあるものの、既に菊池も身体に溜まり始めた熱を抑えることはできない。
軽く唇を噛みながらベルトに手をかけてそれを外した。
が、そこから手が止まってしまって動かない。
「それだけか?」
菊池の戸惑いを面白がるように角松はベルトの上に置かれたままの菊池の指に唇を寄せた。
指の間を掠める舌が酷くこそばゆい。
そんな舌を絡めさせたまま、菊池はファスナーを下ろし前を寛げる。
露わになった白い下着と、その奥で存在を主張している熱い塊に角松は唇を移し軽く咥えてやった。
「ん……っ」
その刺激に自然と菊池の腰が引けてしまうのだが、すぐ後ろにある机のせいでそれは僅かな動きにしかならなかった。
左腕で菊池の太ももを抱えるようにしたまま、角松は下着の上から刺激を与え続ける。
菊池は両手で机の端を掴んで、ときおり大きく深呼吸をしては這い登ってくる快感に耐えようとしていた。
それでも次第に強くなってくるうねりに腰が揺れてくる。
それは菊池自身にも、既にどうしようもないことだった。
「洋介……」
菊池ができるだけ声を出さないように、吐息だけで震える言葉を紡ぐ。
その意図を理解したのか、角松は左手だけで器用に下着をずらすと熱く起立している熱に唇を添えた。
ダイレクトな感触に菊池の喉が鳴る。
机の端を握る指が震えていた。
ゆっくりと先端を口に含んでやると抱えていた菊池の足に緊張が走るのが分かる。
そのまま舌でつついたり舐めたりの愛撫を繰り返していくと菊池の息遣いが激しくなり更に艶を帯びていった。
やがて片手が角松の頭に添えられて僅かに髪を引っ張ってくる。
もう我慢ができない、という合図だった。
それを心得ている角松は愛撫を速めて菊池の快感を追い上げ始める。
髪をまさぐる手がせわしなくなり、それが声を出せない菊池の限界を知る手段となっていた。
僅かに喉をひきつらせるような声が聞こえてくると、角松は解放を促すように先端に軽く歯を立てて幾分きつめに吸ってやる。
「く……っ、……んぁっ」
ほんの小さな歓喜の声に続いて塞き止められていた欲望が口内に放たれる。
「は…んっ……」
解放の快感に勝てず声を漏らしてしまうものの、それでも少しでも早く自分を静めようと菊池は荒い息の下、目を閉じて何度も深呼吸をしていた。
と、そんな息も収まらないうちに菊池は腕を軽く引かれてはっとする。
目の前で膝をついていた角松がベッドの前に移動しようとしていた。
そのままベッドを背に菊池を促す。
菊池は心得ているように広げられた角松の足の間に膝をつくと、目の前の作業服の釦をゆっくりと外していった。
しかし2つほどで外したところでふと手が止まる。
紺色の向こうに真っ白な包帯が見えていた。
菊池の眉根が歪むのを見て角松は苦笑する。
「包帯、気になるか?」
「当たり前だ」
「だったら上は着たままでもいいか?」
菊池はほんの僅か包帯を見つめたかと思うと、
「いいや」
と言って釦を全て外し角松の肩から服を落とした。
そのままゆっくりと触れるか触れないかのように包帯の上を指先でなぞってみる。
「傷口はどこだ?」
無言のまま角松は左手である一点を示した。
菊池はその上に指を滑らせる。
「痛む?」
「いや」
指をそのままに、今度は唇をそっと包帯に寄せた。
さっき医務室で取替えられたばかりのそれは消毒薬の臭いがまだ強い。
角松が示した場所に舌を触れさせると、僅かに力を入れて押してみた。
「……っ!」
予想通りの反応に見上げてみると、痛みに少しだけ口元を歪めている表情が自分を見下ろしていた。
「なんだよ」
「痛かったか?」
「当たり前だ」
「無茶しすぎるからだ」
しれっとした顔でそんなことを言う菊池に角松は苦笑する。
そのまま顎に手を添えて上を向いた菊池に唇を寄せた。
啄ばむように何度も何度も繰り返すうちに身体の熱が再び上がり始める。
「ん……」
次第に深くなるキスに菊池の鼻を抜けるような甘い音が重なってくる頃、角松は菊池の手を取って自分の欲望へと導いた。
抵抗するふうもなく、菊池の指は角松のベルトを緩めていく。
そうして露わになったそこに顔を近づけていったものの、唇が触れる直前で肩を抑えられ菊池の動きが止められてしまった。
え? と不思議そうに見上げてくる菊池にもう一度唇を重ねると、
「もう我慢、できない」
と角松は告げてきた。
ベッド下の小さな引き出しから取り出した潤滑剤を指に乗せると角松はそれを菊池の秘所に当てがった。
座っている角松に跨る格好の菊池は、いつもなら目の前の広い肩に両手を置いているのだが怪我人相手に今それはできない。
肩の向こう、ベッドの柵に手をついているが、それは酷く心もとない感じだった。
ゆるゆると周囲を探っていた指がつっと中に入ってきて菊池は瞬間、身体を強張らせる。
それでも角松は指の動きを止めようとはせず、ゆっくりと中に沈めてしばらく菊池の表情を見つめた。
このときばかりは角松も慎重になる。
焦れったくなるほどに静かに抜き差しをしては、時々指を抜いて周囲を解すように探ってくる。
その奥に感じる部分があることを知っている身体はそこへの刺激を欲しがって疼いているというのに、それでも角松はなかなかそこに触れようとはしない。
悪戯に焦らされているのかとも思うのだが、そんなときの角松の表情は酷く注意深そうで自分を見つめてくる瞳には心配の色が浮かんでいた。
潤滑剤を足しながら指が増やされていくが、利き腕ではないからだろうか、時々ぎこちない動きになっては感じる部分を掠めたりしていく。
その度に菊池の身体はびくりと跳ねて指を締め付けてきた。
体温でとろけた潤滑剤が粘着質な音を立てるのが菊池は酷く気になった。
その音も自分の吐息も完全に足から抜けきっていないズボンの衣擦れの音も、全てが部屋の外にまで響いているように思えてならない。
「はやく……」
そんな焦りも相まって、菊池は切羽つまったような瞳で角松を見つめた。
「んっ」
中で蠢いていた指が一気に抜かれたことに思わず声が出てしまった。
角松は念を入れるように自分の起立したものにも潤滑剤を塗って、左手を菊池の腰にそっと添えた。
「今回ばかりはお前に動いてもらわないと」
悪戯そうに歪む口元に菊池はその意味を悟って小さく唇を噛んだ。
おずおずと腰を上げて、角松の熱に手を添えるとゆっくりそれを自分の中に沈めていく。
痛みを伴うものの、それは最初のうちだけだ。
そのひっかかりを過ぎてしまえば後はすんなりと呑みこまれていく。
目をぎゅっと閉じて突き上げてくる圧迫感に耐えるように唇を噛み、そうして菊池の中が熱で満たされると大きく息を吐いて僅かに表情を緩めた。
「大丈夫か?」
心配そうな顔が見つめてくる。
角松はこのときいつも頬に手を添えてそう聞いてくるのだ。
それからベッドの柵を握っていた菊池の右腕を取って自分の左肩に添えさせる。
「こっちなら平気だ」
言われるままに肩に乗せた手に力を込める。
人肌がとても心地よかった。
「動けるか?」
頭一つ分上にある菊池の顔を見上げて、角松はそっと胸の突起に指を絡めた。
小さな刺激に身体が反応して角松を締め付けてくる。
「雅行?」
「ああ……」
吐息混じりに頷くと、菊池はゆっくりと腰を動かし始めた。
濡れた音が羞恥を煽ってくる。
互いの息が上がっていく中で、菊池は自分の内壁を探るように腰を揺らして時おり息を詰める。
「んぁ……っ」
我慢できない声が漏れるたびに熱い襞が角松にまとわりついて二人の表情を歪ませた。
強すぎる快感と、それに身を任せきれない苦痛。
場所が場所だけに理性を飛ばすことなどできない二人の意識の一部は常にドアの外に注がれていた。
こんなときに菊池は酷く切ない表情をする。
いっそ手放してしまいたい理性をなんとか繋ぎとめているのだろう。
何にも邪魔されることなく情交の快楽に身を任せる菊池の姿など滅多に見られるものではない。
そんな時の菊池を知っているからこそ、抱き合うときはいつでもそんな状態にしてやりたいと思うのだがこればかりは角松にもどうしようもなかった。
菊池は腰を上げて浅い部分で角松を受け入れ身体を揺らしている。
息遣いは甘く激しいものになり、菊池の欲望も震えてしっとりと先端を濡らしていた。
角松は手を伸ばすとそこに触れ、滲み出てくる体液を塗りつけるように動かしてやる。
「やめ……っ!」
肩にかけられていた菊池の手が無意識のうちに角松の左手首を握った。
それでも指は動きを止めず快感を煽ってくる。
声を上げないように唇を噛み、いやいやをするように幾度か首を振る菊池の姿は酷く扇情的で艶かしい。
角松が少し腰を動かすと、それだけでもどうにかなりそうなほどに手首を強く握り込んでくる。
「んっ、……んっ!」
腰を落として深く角松を迎え入れながら菊池は身体を揺らして互いを高めていく。
身体の内と外からの刺激を受けて菊池の内壁が震えるたびに、それは角松にも伝わりその表情を歪ませた。
「雅行……っ、いいか?」
小さな掠れ声を捉えて菊池は頷く。
それを確認すると角松は菊池に添えていた指を大胆に動かし始めた。
はっと息を呑む声と同時にきつく締め付けられて、熱に包まれている角松も既に限界に達しそうだった。
菊池はぎゅっと目を閉じて角松の肩をつかみ、身体を折り曲げるようにして額を角松のそれにぴたりと合わせる。
その間も堪えきれない快感に腰を揺らし、一気に自分の身体を限界に持っていこうとしていた。
やがて菊池は喉を引きつらせてから息を止める。
瞬間、白濁した欲望が角松の手を濡らし、それに反応した襞に堪えきれず角松も低く呻いて欲望を解放した。
強烈な快感を引きずりながら、二人はしばらくの間息を整えようと無言で額を合わせていた。
「傷は?」
「ああ、興奮したせいかな。ずきずきする」
「ばかだな」
「そうか?」
身なりを整えて、二人並んでベッドに寄りかかりながら共に苦笑する。
ふいに角松は菊池の頭に手をかけて自分の方に引き寄せた。
心臓のあたりに耳を寄せさせるとしっかりと菊池の肩を抱く。
「それでも、生きてるだろ?」
規則正しい鼓動が伝わってくるのを菊池は目を閉じて感じていた。
「なあ、雅行?」
「ん?」
「俺たちがこの時代の人命を救うってことは、結局歴史を変えてしまうことだよな」
「…………」
「それは……、草加が歴史を変えようとしていることと同じなんだろうか?」
菊池は小さく息を吐いてから僅かに身じろぎをした。
「俺たちは歴史を変えたいわけじゃない。そうだろ?」
「……ああ」
「弱気になるな。この時代を一番知っているお前がそんなふうになったら艦全体にそれが伝わる」
「そうだな」
「弱気な洋介なんて、俺の前だけにしておけ」
そう言った菊池が自分を見上げてくる気配がして、角松は腕の中の彼に目を向けたが視線が合ったのはほんの一瞬だった。
菊池はすぐに視線を伏せてしまい表情を覗くことはできない。
それでも、僅かに合ったその目が笑みをたたえていたのは確かだった。
「絶対に死ぬなよ」
「ああ」
「死んだりしたら草加だって追いかけられない。それこそ無責任男で終わるからな」
「ああ」
「お前の代わりにあちこち飛び回るのはゴメンだぞ」
「ああ」
「分かってるのか?」
菊池は角松の返答に次第に可笑しそうな声が混じってくることに不審そうな目を向けてきた。
「ああ、分かってる」
やはり笑みを含んだ声音に眉を小さく顰めると菊池はまた床の上に視線を落とした。
「また艦を出るようなことがあっても……」
「ん?」
「絶対に戻って来いよ」
「ああ」
「生きて戻って来い」
「もちろんだ」
肩にかけられた手に力が篭る。
菊池は角松の傷に障らない程度に体重をかけてよりかかり、じっと目を閉じて静かに鼓動が刻まれるのをその耳に捉えていた。
証の鼓動...end
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(5.24.2005)
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