それぞれの夏期休暇
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:: 康平の夏期休暇 ::
 

「こ…へ……」

小さく名前を呼ばれて、尾栗は一度唇を離して菊池の顔を覗きこんだ。
身体はまだ快感の名残に漂っているのだろう。
軽く開かれている唇は、何かを言いたがっているのか僅かに震えている。

「ん? 大丈夫か?」

そっと訊ねてみるが返事はない。
初めての経験にショックを受けてしまったのだろうかと、少しだけ不安になる。
嫌がっているようには見えなかったものの、真面目な菊池のことだから目を覚ましたら自己嫌悪にでも陥りかねない。
だからといって、今さら何もなかったことにはできるはずもないのだが。

 ―― こいつ、後悔、しちゃうかなあ。

時おり瞼の奥が動いたりしているのはまだ微かに意識があるのだろうか。
その瞼や鼻や唇にゆっくりとキスをしていく。
そうしていることがひどく気持ちよくて、いつまでもこうしていたいと思う反面、熱く疼いている下半身を持て余してしまう。
尾栗は布団の上に力なく投げ出されている菊池の手をとって、一瞬躊躇ってからそれを自分の欲望にそっと触れさせた。
「……っ!」
途端に這い登ってくる快感に思わず目を閉じる。
それからニ、三度、菊池の手を往復させてからゆっくりと布団の上に戻してやった。
「ごめんな」
既に意識のないらしい顔のあちこちに唇を落としながら、尾栗は自分自身を追い詰め始めた。

「く……っ」
本当は目の前の身体に縋りたかったけれどそんなことはできるはずもなく、ただぎゅっとシーツを握り締めてぎりぎりと声を抑えていた。
もうずっと張り詰めていた欲望は昇り詰めるのも早く、すぐに尾栗は限界を超えて放ったものがその手を濡らす。
荒くなっている息を抑えて薄っすらと目を開けると、目の前には静かに眠っている菊池の顔があった。
その頬に一度キスをして、ゆっくりと身体を起こす。
と、吐き出したばかりの精が腹の上をゆっくりと滴っていった。
視線を移すと菊池の腹にも彼が先ほど放った白いものが散っている。
尾栗は自分のまだ温かいものを指に取り、それを菊池の腹の上に持っていった。
じっと指を下に向けていると、やがて一滴、ぽとりと落ちて菊池のものと交じり合う。
倒錯じみた行為だと分かってはいるが、その様子は尾栗の心に満足感を与えていた。

尾栗が目を覚ましたとき、部屋の中はまだ薄暗かったもののカーテンの向こう側は僅かに明るさを含んでいた。
菊池は向こうを向いて、少しだけ身体を丸めて眠っている。
おそらく尾栗が蹴飛ばしたであろう足の方にまで落ちていたタオルケットを腰のあたりに引っ張りあげてやった。
その気配に菊池が気づいたのか、寝返りをうってこちらを向いた目は今にも開きそうに睫が震えていた。
菊池の目覚める瞬間、思いきりぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られる。
しかし起きた時に自分の方が先に目覚めていて、こうして寝顔を見ていたなんてことを知ったらきっと菊池は気まずい思いをするだろう。
じっと見つめているうちにもゆっくりと瞼が上がっていく。
それが開く直前、尾栗は目を閉じて眠ったふりを決め込んだ。

 

「ふぅ……」
尾栗は途中で買たペットボトルの水を何度も喉を鳴らして飲み込んでから大きく息をついた。
久しぶりに実家に帰ってきた途端、どこから情報を仕入れたのか地元の仲間たちから次々に連絡が入ってきた。
すぐに集合の話になるが、中には既に就職している連中もいるから集まるのは当然夜になってしまう。
以前だったらみんなで朝まで遊び歩いていたものだが、今は仕事を持っている者はさすがに徹夜ではいられないらしい。
「わり……」と言いながら帰っていく彼らを見送りながら、かつては四六時中一緒だった仲間でもこうして道を別にしていくのだと少しだけ切ないものを感じてしまった。
 ―― みんな何やってっかなぁ。
ふいに角松や菊池の顔が浮かんできた。
まさに今寝食を共に過ごしている仲間で、きっとこれからも同じ世界で生きていくはずの彼ら。
腕時計を見ると午前3時になろうとしていた。
声を聞きたいと思ったが、さすがにこんな時間では電話もできない。
「康平、いくぞーっ」
荒っぽく肩をつかまれ引っ張られる。
「おうっ」
尾栗は時計から目を離して隣に立つ仲間を笑顔で見やった。

始発で家に戻ってからすぐに寝て、目が覚めたのはそろそろ夕方に近いという時間だった。
窓は開けてあるものの、真夏特有のじっとりとした暑さが身体にまとわりつく。
無意識に首のあたりを手で拭うと、まるで脂汗のようなそれはぬるりとして気持ちが悪かった。
布団に寝転んだまま窓の外を見ると時間のわりに空はまだ青い。
「あ……」
尾栗はふと思いたったように起き上がると部屋の隅に置いてあった鞄から小さな手帳を取り出した。
それを手に電話の側まで行ってページを捲る。
角松と菊池の家の番号のところを開いたまま受話器を取ったが、なんとなく気後れして手を止めてしまった。
友人の家にかけるときはいつもそうだ。
かつて族などという集団に身を置いていたときの後遺症とでもいうのだろうか。
仲間の家に電話をして相手の家族が出たときなど、「悪い仲間が電話してきた」とでも言いたげな態度を取られることが多かった。
そのときの感情がいまだに心の奥にこびり付いているらしい。
だが二人に関しては学校の名前を出せば大丈夫だろうし、そもそも角松や菊池の家族には自分の過去など知られているはずもないのだ。
……いや、角松あたりなら「こんなヤツもいる」と喋っている可能性も大だが。
とにかく一つ大きく息を吸い込んで、まずは角松の家の番号を押した。
出たのは母親だったが、角松は既に学校の方に戻ってしまったということだった。
そういえば合宿がどうのと言っていたことを思い出す。
丁寧に礼を言ってから、今度は菊池の番だ。
心なしか角松のところよりも緊張してしまった。
菊池自身があんなだから、その両親ともなればさらに厳格そうに思える。
数回のコールの後、『菊池です』という低めの声が聞こえてきた。

「あ、じ、自分は大学校で、えー、雅行さんと同期の……」

妙に焦っていると小さく笑う声が聞こえてくる。
『康平?』
その一言で相手が菊池だと悟る。
途端に肩の力が抜けて自分でも間抜けな声を出してしまった。

 

部屋に戻った尾栗はとりあえず荷物の整理をした。
さすがに今から家を出ることはできないが、明日の朝早めに出れば遅くても夕方前には横須賀に着けるだろう。
菊池はもともとあっちの人間だが、角松も既に向こうに行ってると思うとなんとなく気が急いてくる。
自分一人が取り残されているような気分になるのだ。
もちろん家族や以前の仲間たちと一緒にいるのは落ち着けるし楽しい。

だが、今の自分にとっての居場所は別の所にあるのだと、尾栗はこのとき初めて気がついたのだった。

 

それぞれの夏期休暇...end

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(7.5.2005)
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栗菊8作目です。
「2回目の夏期休暇」の続きみたいな感じで。
松が出てきませんが、彼は彼で元気にやってると思いますのでご心配なく。
このシリーズ、松の出現率低すぎですね(笑)。
栗は帰省の際は新幹線自由席かな。
飛行機は早いけど高い?
新幹線使わないとどれくらいの時間かかるんでしょうね?
あ、夜行バスって手もあったか(笑)。