|
「こういうキス、したことない?」
ちゅっ、と小さな音を立てて唇が離れたかと思うと尾栗がそんなふうに聞いてきた。
一瞬からかわれているのかと思ったが、その表情はひどく真剣でまっすぐに菊池の瞳を見つめてくる。
「気持ち悪い?」
「……そんなことは、ない」
「ほんとに?」
「ああ」
ただ慣れていないだけだ、と言いそうになったが、それが自分の経験のなさを示すことなのだと思うと恥ずかしくなり口を閉じた。
羞恥から視線を逸らせたことをどう思ったのか、尾栗は軽いキスを数回繰り返してから鼻や目に唇を落としていく。
目を閉じてされるがままにしていると、優しく触れてくるだけの唇に気持ちが溶けていってしまいそうだった。
あちこちに熱を落としていく唇が再び菊池のそれを塞いで軽く吸い上げてくる。
そうしてそっと忍び込んでくる舌に、菊池は羞恥を覚えながらも自分の舌をほんの少し差し出した。
最初は軽く触れる程度だった動きが次第に大胆になってくる。
そうなってくるともう尾栗の独壇場で、まだそれほど慣れていない菊池はただ相手を追いかけていることしかできなかった。
「ん…んっ……」
長いキスにどちらからともなく、くぐもった声が漏れてくる。
と、菊池はふいに脇腹のあたりに熱い感触を受けて身体を振るわせた。
それは肌を味わうように脇や胸のあたりを彷徨っている。
その僅かなくすぐったさに菊池は身をよじって尾栗の下から逃れようとした。
しかしほとんど乗りかかられている体勢のためそれは叶えられず、その間にも尾栗の指が菊池の胸の先端に触れてきた。
「んっ」
くすぐったいのとは違う、どう表現していいのか分からない微妙な感覚。
さらに身をよじるものの指は離れることなく小さな突起を転がしている。
「ちょっ……、こう、へ……んっ」
なんとか唇を離して抗議の瞳を向けた。
さすがに尾栗も動きを止めてじっと見つめ返してくる。
しかしそこから何を言っていいのか、菊池は戸惑ってしまった。
黒目がちの真剣な瞳にはいつもの悪戯っぽい色は見当たらない。
「俺、好き……なのかな?」
「え?」
「今、好きな女に触りたいってのと同じ意味で雅行に触りたい」
鼻先数センチにある尾栗の眉間が困惑したように少しだけ歪められている。
長いキスに乱れた息はまだ整わず、それが菊池の頬や唇にかかってきた。
「…………」
「あの、さ……。嫌とかOKとか、何とか言ってくんない?」
「……お前…………」
「うん」
「空気を読め」
「……は?」
しかし小さく早口で呟いた菊池はふいと横を向いて視線を逸らせてしまった。
「えっと……」
しばらく躊躇って、尾栗はちょこっと首を伸ばして菊池の唇にキスをする。
顔を離すと、菊池はちらりと視線を向けてきた。
もう一度、確かめるように軽く唇を合わせる。
さっきの深いキスが嘘だったかのような優しいそれに、菊池は目を閉じて笑みを浮かべた。
―― 優しいんだか、弱気なんだか……。
普段がお調子者なだけに、こんな尾栗の一面を見せられてふっと温かいものが心に触れたような気がした。
しかしそんな優しいキスも再び口内をまさぐってくる深いものに変わってくる。
Tシャツの下に潜り込んだ手が再び肌を彷徨い始めていた。
ひとしきり絡ませ合っていた唇が離れて耳や首筋を愛撫してくる。
と、尾栗はTシャツをたくし上げてそれを脱がしにかかった。
一瞬躊躇った菊池だが、促されるままに袖を抜き頭を抜いた。
にこりと笑った尾栗がぎゅっと抱きしめてくる。
初めて触れた素肌は熱くて、しかしどうしようもないほどに心地よくて恋しかった。
「なんか、すっげぇ嬉しい」
「……うん」
耳元で囁かれる言葉に頷くと耳朶にキスをされた。
そうして耳に彷徨っていた唇が次第に移動していき、胸の上で止まってその先端を啄ばむ。
一体何をされているのか目を閉じている菊池にははっきりと分からなかったが、焦れったいほどの感覚と時おり感じるちくりとした痛み。
尾栗の唇がもたらすものに菊池は鼻にかかったような甘い呻きを漏らしていた。
「気持ちいい?」
「……っていうか、へんな…感じ……」
快感というほど強いものではなく、焦れったいと言うのがぴったりの感覚に菊池は知らず知らずのうちに尾栗の身体の下で身じろぎをしては時どき腰を揺らしてしまう。
「ん、ん……あっ」
舌で愛撫され軽く噛まれるたびに声が零れる。
互いに半分ほど重ねた身体は、既に相手の身体が反応していることに気づいていた。
菊池の太ももには尾栗の硬くなったものが感じられるし、それは尾栗も同じはずだ。
ここからどうすればいいのか、どこまでこの行為がエスカレートしてしまうのか、多少の不安はあるものの今まで経験したことのない感覚に菊池は既に溺れ始めていた。
唇と一緒に胸を弄っていた指先が、つっとずれて脇腹をさすり腰から太腿を撫でる。
そうして腿の内側を辿った手が、スウェットの布を持ち上げている熱いその部分を覆った。
緩く抑えただけなのに、菊池の身体が過剰なほどにびくりと反応してひゅっと息を呑む。
そのままゆっくりとなぞるように撫でていると、尾栗の手の中で菊池の熱はあっという間に硬さを増していった。
「こ…へっ、まて……っ」
唇で胸を、手で一番感じる部分を同時に愛撫されて、一気に襲ってくる快感に耐えるように菊池は尾栗の肩をぎゅっと掴んだ。
自分の身体で尾栗の昂ぶりを感じたときから予想はしていたことだった。
それでも初めて他人から性的な欲望をもって触れられたことは、菊池にとってすぐには受け入れがたいほどの羞恥をもたらす。
唇を噛みしめて懸命に零れそうな声を堪えていると、ふいに頭を上げた尾栗がキスをしてきた。
「雅行、可愛いすぎ」
「ばか……っ」
自然と閉じていた目を開けると、目の前にはいかにも嬉しそうに笑う尾栗の瞳がある。
それが近づいてまた唇が塞がれて、しかし手の愛撫も続いていたためすぐに菊池は息苦しそうに喘ぐと唇を逸らしてしまった。
「人にされるの、初めて……だよな?」
そんなことに答えるつもりもなく、菊池はぎゅっと目を閉じて声を抑え込んでいる。
「声、少しくらいなら大丈夫だよ?」
横を向いてしまっている菊池の頬から耳にかけてキスをしながら、尾栗の手がすっとスウェットの中に入り込んできた。
「やっ!」
途端に背筋が反り返って菊池は喉元を晒すように顎を上げる。
直接に触れてきた手はゆっくりと上下に動き、時おり悪戯をするように濡れている先端を指が掠めていった。
「う…あっ、あ……っ」
「腰、少し上げて?」
空いてる方の手でスウェットのゴム口を引き下げると、その意図を理解したのか菊池は素直に腰を浮かせた。
下着と一緒に腿のあたりまで下げてから、尾栗は自分のトランクスも器用に脱いでしまった。
菊池の腿に触れてくる尾栗の欲望はひどく熱くて硬い。
それを感じ取ったせいか尾栗の手の中の熱が痛いほどに張り詰めてくる。
「こ…へっ、はなせ……」
「いきそう?」
「い……から、もっ……」
「いいよ、出して」
しかし菊池はニ、三度首をふって拒否をしてくる。
「大丈夫だって、ほら……」
敏感な先端に指を当てて濡れているそれを塗りつけるように動かす。
「あ……んっ、ばかっ、やめ……」
抗議をするように尾栗の肩にかけられた指に力がこもってくる。
先端を愛撫する指の動きがせわしなくなってきても、菊池は拒絶するように首をゆるく振りながら耐えていた。
普段の冷静な菊池からは想像もできないような艶やかな表情に、尾栗は瞬きをするのももったいないというほどに見入ってしまう。
そんな視線を受けているとも気づかない菊池は、ひたすら目を閉じて唇を噛んで、今にもはじけそうになっている快感に抗おうとしていた。
いつまでもそんな表情を見つめていたいと思うものの、尾栗の手は菊池を解放させるために更に動きを早める。
やがて限界が訪れた菊池は、歯を喰いしばるようにして「くっ」っと小さく喉を鳴らして身体を振るわせた。
同時に尾栗の手に温かいものが滴って、白い菊池の身体にもそれが飛び散った。
「んぁ…ぁ……」
強い快感を引きずるように菊池の半ば開かれた唇から熱い吐息が漏れてくる。
緩く目を閉じて脱力したように快感に浸っているその表情は、尾栗がそれまでに抱いた幾人かの女の子たちよりもずっと綺麗で扇情的だった。
解放の余韻がなかなか抜けず、その間菊池は身体の求めるままに荒い呼吸を繰り返しぐったりと目を閉じていた。
ふいに唇に柔らかいものが触れてくる。
漠然と尾栗の唇だと分かったものの、目を開けるのもだるくそのキスに応える余裕がない。
やがて唇は鼻や目に触れていく。
「こ…へ……」
突然、名前を呼びたくなった。
「ん? 大丈夫か?」
顔中に振ってくるキスと囁く声音に、菊池は無性にすがりつきたい衝動に駆られる。
なのに、そんな思いとうらはらに菊池の意識は強烈な眠気に包まれていった。
―― まだ……。
眠りたくない。
それでも途切れ途切れになっていく意識には抗えず、何かを呟こうとした菊池の唇は優しいキスの下で動きを止めてしまった。
2回目の夏期休暇...end
1←
(6.17.2005)
|