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理由なら前にも言ったじゃん。
『日本を守りたい』からって。
あ……、もしかして信じてない?
でも、けっこうマジだよ、俺。
んー、まあ日本っていうよりは大事な人、かな。
家族とか友達とか、他にも俺と関わったりする人たちを守りたいって感じ?
俺さ……。
けっこう酷かったんだ、中学から高校にかけて。
学校行っても授業には出ないで屋上でサボってたり、たまに校舎の裏の方にある鳥小屋でチャボとか兎と遊んだりしてな。
そのうち学校自体に行かなくなって、私服に着替えてゲーセンとか?
もちろん親や先生にはさんざん小言を言われたよ。
とくに他人の先生にとやかく言われるのは我慢ならなかったな。
俺のことなんか何も知らないくせに、って思ってさ。
ウチは母親だけだったろ?
今なら女一人で俺と妹を育てるのに必死だったんだって分かるんだけど、あの頃はそれが分かんなくてさ。
俺より仕事が優先で、夜もけっこう遅いことがあったな。
俺達のことなんかどうでもいいんじゃないかとか、いや、いっそ子どもがいることを疎んじてるんじゃないかなんてまで考えてた。
そんなふうに考えちまうと、なんだか自分の居場所がないような気がしてきたんだ。
だからいっつも仲間とツルんでた。
あいつらは俺のことをちゃんと見てくれるし話を聞いてくれる。
一緒にいるのがすごく楽しくて落ち着けて、ここが自分の場所なんだって思えた。
その頃はさ、そいつらと一緒にいることが一番大事なことだったんだ。
高校に入った頃が最悪だったかな。
あ、一応学校にはそれなりに行ってたぜ? 半分くらいは屋上だったけど。
それにカツアゲとか万引きとか、そういうことは一切してねぇぞ。
まあ、夜中にバイク飛ばしたり喧嘩したりして近所に迷惑かけたことは申し訳なかったって思ってるけど……。
ほ、ほんとだよっ、反省してる。
でさ、そんなことしてるうちに、俺の弟分みたいだったやつが事故ってな。
ほとんど、即死。
そいつ、親父さんから暴力受けてたりしててさ、なんだか分かんないけど俺に懐いてたっていうかなんていうか。
すっげぇ素直で、ほんとは気の小さいやつでさ。
いつだったかみんなで、「俺が死んだら俺らの旗を棺桶に入れてくれよ」なんて話をしてたんだ。
旗ってのは俺達自身みたいなものだったからさ。
もちろん死んだらなんて本気じゃなかったさ。
自分が死ぬなんて、誰も思ってなかったからな。
だからあいつの葬式の日に、俺はダメ元でその旗を持っていったんだ。
ウチの親もそうだったろうけど、こんな不良の友達なんて顔も見たくないんじゃなかったかな。
さすがに俺にだって自分のしてることに対しては多少後ろめたい気持ちがあったからさ、なんか葬祭場にも顔出しづらかったな。
でもやっぱり線香だけでも上げたかったから……。
そうしたらさ、やつのお袋さんが棺に張り付いて泣いてたんだ。
ずっとあいつの名前呼んでた。
『うちの家族は誰も俺のことなんて心配してないっすよ』
むくれた顔でそんなこと言ってたのを思い出したよ。
俺も同じこと思ってたからさ。
だから余計にこいつらは俺にとって大事な存在なんだって思ってたんだ。
それがさ、どんなに諭されてもお袋さん棺から離れないんだ。
暴力を振るってたっていう親父さんまで、祭壇の前で泣いてたよ。
バカだなぁって思った。
俺も、あいつも……。
なんでこんなことになっちまったのかなぁって。
たった16年で、人生なんにもしてないようなもんじゃん。
そんなんで死んじまって、あんなふうに親を泣かせて。
俺達が大事だって言い張ってたものって何だったんだろうなって思ったよ。
結局、旗は持って帰ってきた。
なんだか急に必要ないような気がしちゃってさ。
それから変わったな、俺達。
今まで通りにツルんではいたけど、前ほどバカはやらなくなったよ。
それからよく将来のこととか話してたっけ。
そうするとさ、必ず死んだあいつの顔が浮かんでくるんだよ。
あいつにはもう未来はないんだって、そう思うと辛かったなぁ。
ついでにさ、なんでだか親の顔まで思い出しちまったりしてさ。
自分がこれから生きていくんだってことを初めて考えたんじゃないかな。
話、長いよな、俺。
んで、やっと海自を目指した理由。
そんな頃に、道端の掲示板にあった自衛隊のポスターを見てさ。
そこにあった「守る」って言葉に反応しちゃったわけ。
親とかダチの顔が浮かんできてさ、俺がみんなを守るんだって考えると、なんだかすげぇ興奮したんだ。
やっぱ大事な人たちを守るって、カッコよくねぇ?
まあ、制服がカッコいいとか、銃が撃てるかなとか、そんなこと考えたのも事実だけどさ。
防大にした理由?
だって、やっぱ偉くなりたいじゃん。
あ、見得とかじゃないぞ。
仲間を守るには偉くならないとダメだろ?
どんなに正しくて立派なこと言ったって、下っ端には組織を動かす力はないからな。
偉くなってればその立場を使って理不尽なことを正すこともできる。
発言権だって大きいだろうし、無視されることもないじゃん?
んー、そんな感じかな?
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ぽつりぽつりと話してきた尾栗がにっと笑って菊池の方に視線を向けた。
しかし菊池はそれに気づかないかのように、じっと自分の足元の地面を見つめている。
「雅行?」
あまりに無反応な態度に窺うように問いかけると、「康平」と小さく呟きながら菊池が顔を上げてきた。
その表情は酷く暗い。
「なに、やっぱ、……あれ?」
自分に向けられた視線に、尾栗はこれから説教を受ける子どものように小さく肩を竦めて上目遣いに見やってきた。
「あれ、って?」
「いや、ほら……。ゾク上がりなんて、最低……だろ?」
「お前は自分が最低だと思うのか?」
「え、いや、確かに酷いときはあったけど……。今は……、違うよ」
「うん、俺もそう思う」
菊池の言葉に尾栗の顔が一気に綻ぶ。
「さっきも言ったけど、俺はお前の態度が浮ついているように感じていたんだ。何度も同じこと言わせるしな」
「あー……、それは……」
「だけど、康平がいい加減な気持ちでここにいるんじゃないってことは分かったよ」
「雅行……」
ふっと緩んだ菊池の表情に尾栗は一瞬目を奪われた。
レンズの奥の瞳がふわりと笑みを浮かべている。
「だがな」
ふいに口調がきつくなったかと思うと、途端にその笑みが消えていつもの説教モードの眉を顰めた視線が戻ってきた。
「だったらなおさらだ。どうして小競り合いのような問題を起こす?」
「起こしたくて起こしてる訳じゃねぇよ。俺にだって貫きたい自分の信念みたいなもんがあるんだ。それを曲げてまで黙ってる必要はないだろう」
「それなら話し合え。子どもじゃないんだからすぐに手を出すな」
「仕方ねぇだろう、そういう性格なんだから」
「それじゃ困ると言ってるんだ。俺も性格だからな、そういうのを見過ごしてはおけないぞ」
お互いにむっとした顔で視線を合わせて、しかしすぐに尾栗は唇をとがらせてふいとそっぽを向いてしまった。
そんな態度に菊池の眉根が僅かに寄せられる。
「構わないよ」
ぽつりと尾栗が呟いた。
「は?」
「俺、お前に説教されるの、結構好きだもん」
―― なんなんだ、こいつは。
尾栗の言葉の意味を汲みそこなって、菊池はきょとんとその横顔を見つめてしまった。
その気配に気づいたのか、尾栗が振り返って「へへ……」とにやけた顔を見せる。
「馬鹿か、お前は」
「な、なんだよぉ」
菊池はにやける顔を一瞥してさっさとその場をあとにしてしまった。
「ちょっ、雅行ぃ」
追いかけてくる尾栗を振り返りもせず歩を早める。
そんな菊池の唇はへの字に曲げられていて眉間にも小さな皺が寄っていた。
が、それはいつまでも続かなかった。
「雅行ぃ?」
背後から聞こえてくる尾栗の情けない声を聞いた途端、その表情は苦笑にとって変わっていた。
見えないものに手をのばそう...end
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(5.12.2005)
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