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いつの間にか角松や尾栗とつるむようになって、それでも菊池はまだ尾栗のことは上辺だけしか見ていなかった。
中学でも高校でも、彼のような生徒はクラスに必ず一人はいただろう。
明るくて調子よくて少しうるさくて、たまに小さな問題を起こしては担任を困らせるような生徒。
教師からはちょっとした問題児と見られるかもしれないが、クラスの連中からは好かれるやつ。
尾栗康平に対する最初のイメージはそんなものだった。
菊池にとっては、正直言って苦手なタイプだ。
菊池は先に角松と親しくなり、その角松と当時一番親しかったのが尾栗で。
要は角松を間に知り合ったようなものだった。
これだけ厳しい環境にあってたまに馬鹿をしでかす尾栗に菊池は何かというと説教をせずにはいられなかった。
もともとそういう性格であったことも確かだが、それでも高校の頃はかなり抑えてはいたのだ。
誰だって注意をされればいい気持ちはしない。
それでも相手の誤った行動に目を瞑れない菊池は、余計な嫌悪感を与えないように素行に口を出すことを高校での3年間で覚えた。
しかし、そんな気遣いはここでは不要だった。
自分たちは普通の学生とは違う。
いずれは任官して日本の防衛の一端を担うことになるのだ。
小さなミスや気の緩みが命に関わる事態になるとも限らない。
そんな場所に身を置くからこそ、徹底的に規律を守り周囲の者との信頼関係を築いていかなければならないはずだ。
それを尾栗は理解しているのだろうかと思わずにはいられない。
そもそも、どうしてこいつは自衛官になることを選んだのか。
一度、説教ついでにそれを聞いたことがあった。
それに対して尾栗は、
『日本を守るって、でっかいじゃん』
と、にやりとした表情で答えたのだ。
しかし何度も同じことを言わなければならないこの男に、菊池は自分の中で「いい加減なやつ」という烙印を押していた。
だから彼のそんな言葉さえ、菊池はふざけているのかと思わずにはいられなかった。
一つ納得できないのは、角松が妙に尾栗を庇うことだ。
角松に対する菊池の認識は尾栗とは正反対のものだった。
普段の素行にしても成績にしても、何よりときおり見せる強い意思を菊池は心から信頼できると思っていた。
その角松がたまに菊池の説教を「そのくらいでいいだろう」と制することがあるのだ。
それでも必要なことなのだと頑張ってみるのだが、気がつけば角松と尾栗の二人がかりで上手いこと丸め込まれていたりする。
「洋介、どうしてそうやって康平を庇うんだ?」
「ん? ああ……」
角松のそんな行動にどうしても違和感を覚えて、菊池は尾栗のいない所を見計らって正面きって聞いてみたことがあった。
眉を顰めた菊池の視線を受け流すように、角松は後ろ頭をかきながら少し言いよどみ、
「別にいつも庇っているわけじゃないだろう」
と悪戯がばれた子どものような表情をした。
「確かにいつもじゃないが、だったら庇うことに理由があるってことだろう。何故だ?」
「んー……」
角松は口元に拳を持っていき考え込むようなポーズを見せる。
菊池にはなんだかそれがもったいつけてでもいるように感じられて、少々苛立ちを覚えた。
「なあ、雅行。お前こそ、どうして康平に対してそんなにムキになるんだ?」
「は?」
思ってもみなかった言葉に唇を半開きにしたまま、菊池は角松の顔をぽかんと見つめてしまった。
―― ムキになる?
その言葉を胸の内で繰り返してみるが、当然菊池にはそんなことの心当たりはない。
「ムキになってるつもりはないがな」
戸惑うように言うと角松は、「そうなのか?」と言いながらくすりと笑った。
「洋介には俺がそんなふうに見えるのか?」
笑われたことに少し憮然とした表情を見せて菊池は問い返す。
「たまに、な」
「…………」
そうなのだろうかと、菊池は視線を伏せて考え込んでしまった。
そんな様子に角松はぽんと菊池の肘を小突いて、
「康平のことが心配なんだろ?」
と顔を覗き込んでくる。
ん? といった感じで同意を求めてくる角松のにっと笑った口元がなんだか子どもっぽく感じ、菊池は思わず思考を中断して苦笑交じりの小さな吐息をついてしまった。
「俺は……、正直言って康平のように問題を起こすようなやつは苦手だ」
「うん」
「だが嫌いというわけじゃない。むしろ、憧れてる部分の方が大きいかもしれない」
「憧れぇ?」
目を丸くしてじっと人の顔を見てくる角松の視線から逃れるように、菊池は唇を不満そうに歪めてそっぽを向いた。
「憧れというか、その……、羨望、かな」
「お前が?」
「あいつはあれで結構まわりから好かれているだろう? なんていうか、人の心を掴むのが上手いっていうか。計算ずくなのか無意識なのか分からないが……、まあ無意識だろうな」
「だな。何も考えてないだろう」
角松のそんな言葉に、お互い顔を見合わせてくすりと笑う。
「俺には到底できないことだ。別に人気者になりたいわけじゃないが、それでも康平のそういう社交的な部分がひどく羨ましいと思う」
「際立ってるよな」
「ああ。いずれ人の上に立つようになったとき、それはあいつの大きな武器になるだろうな。……だからこそ俺は……っ!」
ふいに菊池の言葉に激情が走る。
角松はそんな菊池の様子を黙って見ていた。
一瞬、はっとした菊池は言葉を切って大きく息を吸い込みゆっくりと自分を落ち着かせるように深呼吸をする。
「それだけの資質を持っていながらヘタをすれば全てを棒に振りかねない。確かに一つひとつは小さなことだろう。だがな、これから先のことを考えれば些細な気持ちの緩みだって……」
「なあ、雅行」
次第に激昂してくるらしい菊池を抑えるかのように角松の静かな言葉が割って入った。
「一度康平と話してみたらどうだ?」
「いつも話はしてるだろう」
「いや、説教じゃなくてさ。康平のことが羨ましいって、そういうこと」
「そんなこと……っ」
いつも説教している相手に実は羨ましいと思っていますなんて、そんなこと言えるはずがない。
気まずそうに菊池は黙り込んでしまった。
「自分を見せる気にならないと、相手だって同じことはしてくれないだろ? ……なんてな」
角松は自分の言葉に照れたように軽く笑って鼻の頭をこすった。
そんな仕草に菊池の心が緩む。
「洋介は康平からいろいろ聞いてるみたいだな。だから庇おうって気になるんだろう?」
「そうだな」
「それを俺に、自分で聞けって?」
「ああ」
角松の表情に揺るぎない自信が浮かぶ。
だが菊池は、はぁ…と短く溜息をついて視線を伏せた。
「だが俺はどうだろうな。あいつには説教ばっかりしてるんだぞ、煙たがられているんじゃないか?」
「聞いてみないと分からないだろう?」
その悪戯そうな言い草に、菊池は拳を角松の頬に当てて軽く殴る真似をしてやった。
「康平」
「ん?」
「明日、時間取れるか?」
「いいけど……。え、何?」
「少し出かけないか」
「出かけるって、どこへ?」
「いや、どこってわけでもないが……」
「……いいよっ。雅行から出かけようなんて珍しいもんな」
「すまない」
「なんの、なんの。じゃ、明日は雅行とデートってことで」
「デートじゃないっ!」
「まあ、まあ」
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(5.9.2005)
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