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「ホンダさん、そっち1匹行った!」
「あぁ? そんなのお前がなんとかしろ!」
「ちょ……っ、逃げられちゃうじゃん!」
「こっちも手一杯なんだよ!!」
泡立つ波が打ち寄せる砂浜でホンダとタイチが喚きながらばたばたと走り回っていた。
遠目には男二人がはしゃいでいるように見えなくもない光景だが、本人たちにとってそれは大真面目な「仕事」だった。
ホンダは浜に打ち上げられていた棒きれを、タイチは愛用のシルバーランスを振り回しては時おり地面に叩きつけている。
走ったり武器を振り下ろすたびにパウダーのように細かい砂が舞い上がり煙となってあたりを白く染め二人の視界を奪ってしまう。
それでも懸命に足元や周囲を伺ってはまた武器を振り下ろすの繰り返し。
じりじりと照りつける陽射しの中、かれこれ2時間もこうしている彼らから少し離れた木陰ではミドウとカツヤがその根に腰を下して暑さを凌いでいた。
「あの……、やっぱりオレ手伝って……」
そう言って腰を上げかけたカツヤにミドウは「必要ない」とぴしゃりと言い放った。
「あいつらの自業自得だ。やらせておけ」
「でも……」
「必要ないと言っている」
「……はい」
仕方なく中途半端に浮かせた腰をまた木の根におろしてカツヤは小さく溜息をついた。
確かにそもそもの発端はあの二人だから仕方がないと言えば仕方ないのだが、それにしても二人より4人の方が断然早く終わるに違いないのだ。
ましてやミドウの時間魔法を使えばものの数十分で終わるだろう。
が、この場合、ミドウが一度口にした言葉を取り消すとは到底思えない。
「はぁ……」
理解し難い文字で記された本を読みふけるミドウの邪魔にならないようにカツヤはそっと小さな吐息をついた。
真っ青な空を見上げれば突き刺さるほどに眩しい陽射しに目を細めずにはいられない。
―― こんなところで時間くっちゃってていいのかなぁ……
絵の具で色をつけたような鮮やかすぎる青空を見ていると嫌でも遠く離れてしまったのだと思い知らされる。
どんなに晴れた日でも薄らとした水色にしか染まることのなかった故国の空が脳裏に浮かんできた。
そうしてゆっくりと郷愁の想いに沈み始めたカツヤの視界の片隅ではホンダとタイチが相変わらず砂にまみれて四苦八苦している。
こうして足止めを喰らっていることの発端は数時間前、この海岸に出た直後のことだった。
* * * *
「うっわ、すっげぇ……」
森の中を一時間ほど歩いてきた彼らの目の前で突然視界が開け真白な砂浜と青い海が広がった。
雲ひとつない空はこれまで見たことがないほどに高く青く澄みわたっている。
一面の砂は何かしらの鉱物を含んでいるのか砂自体が鉱物なのか、陽の光を受けて小さな輝きを放っている様子は薄暗い森から出てきたばかりの彼らには眩しすぎてしばらく直視できないほどだった。
そんな砂上に真っ先に飛び出したのはタイチで、奇声を発しながら波に向かって走って行く。
カツヤとホンダも自然とその後を追うように歩き出したのだが、途端に細かい砂に足首ほどまで呑み込まれ前進するのが容易ではないことを知った。
「カツヤさーん、早くおいでよー!」
しかしそんな砂をものともせず、あっという間に海に辿りついたタイチは波に足を遊ばせてはしゃいでいる。
「あいつ、どんだけ身軽なんだよ」
筋肉質なうえに背も高いホンダは自重もあってかかなり歩きづらいらしく両肩を怒らせるようにして一歩一歩を踏み出していた。
あとに続くカツヤも身軽な方ではあったがさすがタイチには敵わない。
波と戯れるその姿に幾分心が逸るせいもあるのだろう、一歩踏み出すごとに深くまとわりついてくる細かい砂に身体のバランスを崩しそうになりながらもなんとか歩みを進めていく。
と、数メートルを進んだあたりで背後からミドウの声が飛んできた。
「カツヤ、遊んでいる場合ではないだろう」
「はい?」
振り返ればミドウがやや不機嫌な顔で腕組みをしていた。
「この先に司祭館があるはずだ。まずはそっちだろう」
「あ、はい。……今行きます」
少し先を行くホンダに残念そうな視線を向けたカツヤは「ちょっと行ってくるよ」と言って踵を返した。
ホンダも「しゃーねぇな」と肩を竦めてみせてから、一瞬にやりとした笑みを浮かべて派手に手を振りながらミドウに向かって大声で叫ぶ。
「ミドウさーん、俺たちこのへんにヤバいもんがいないかチェックしときますんでー。ごゆっくりどうぞぉ〜」
せっかくの海で遊びたい気持ちを白々しい言葉で隠しながらホンダは再び波に向かって歩き出す。
「ホンダ……」
いつものこととはいえ、いかにもミドウを挑発するような言動にカツヤは胃が縮む思いをしてしまう。
視線を移せばミドウの不機嫌さもいささか増しているようだ。
無論そんなことで派手に感情を表に出すミドウではないのだが、それでも余計な摩擦を避けたいカツヤにとっては気の重くなる出来事ではあった。
そうしてミドウとカツヤが異変に気付いたのはそれから半刻ほどが過ぎた頃、司祭館を出る際に慣例となっている寄付金を渡そうとミドウが懐中から財布を取り出したときだった。
「…………」
「どうしたんですか?」
「金が……ない」
「は?」
森に入る前の街で魔物から奪い取った薬や武器の材料などを換金したためかなりの金額が入っていたはずなのに、今ミドウが手にしている袋は確かに薄っぺらく何の重たさも感じさせないものだった。
中を覗いてみればコイン一枚すら入っていない。
あまりの出来事にミドウも唖然として言葉を失っていた。
服の構造上、故意に財布を取り出さなければ落ちるはずなどないし、ミドウが最後に財布をしまったのは街の道具屋で金を受け取ったときだ。
「どういうことだ」
「まさかどこかで盗まれた……わけないですよね」
「そんなはずがあるか」
「でも……」
一級魔法士のミドウから何かを盗むなど普通のスリや盗賊には一生かかっても無理な話だし、同等の魔法士や格上の魔道士が近づけばその気配をミドウは感じ取ることができる。
けれど現実に財布の中身はなくなっているのだ。
仕方なく寄付金なしで司祭館を出た二人はひとまずホンダたちがいる砂浜に戻ることにした。
途中、万が一のことが無きにしも非ずと注意深く足元を見ながら歩いてはみたものの、やはりそれらしい金はどこにも見当たらない。
金を手にするには魔物を倒すのが一番てっとり早い方法ではあるのだが、どういうわけかこの辺りに駆除すべき魔物は生息していないらしいのだ。
さっき通り過ぎてきた森にしても一向に邪悪な気配は感じられなかった。
金を稼げないとなれば今夜の宿どころか明日からの旅もままならない。
最悪、通り過ぎてきた街や街道に戻ってまた魔物を相手にしなければならないかもしれない。
ここまでも順調な旅とは言い難かったが、やはり来た道を戻るのは一番避けたいことだった。
どうにも納得できない面持ちで二人が戻ると、さっきまで波打ち際ではしゃいでいたホンダとタイチが森の入口あたりに大人しく立ちつくしていた。
金がなくなったことを説明すれば、きっとホンダあたりはミドウに嫌味の一つも言うに決まっているだろう。
またいらぬ気を遣わなければならないのだろうかとカツヤが溜息をついたときだ。
「申し訳ありませんっ!」
二人が同時に頭を下げてそう言ったのだ。
2008/06/18
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