ミドウたちが司祭館に向かってからしばらく、ホンダとタイチはここぞとばかりに大声を交えながら波と戯れていた。
なかなか目的を遂げられない旅にストレスを溜めていたこともあるが、自国が内陸にある彼らにとっては海というものが珍しくて仕方がないのだ。
ホンダがこれまでに海を見たのは一度だけ、タイチにいたっては生まれて初めてのことだ。
波の音、少し生臭い匂い、足首にまとわりつく泡、砂が足の裏を流れていく感触など全てがなんとも言えず面白い。
何より少しの時間といえどもお堅いミドウから解放されることが彼らにとっては何よりのストレス解消だったのだ。
そうしてしばらくの間、波に呑まれそうになりながらも楽しげに騒いでいたタイチの視線がふいに浜辺の一点に注がれた。
よほど興味を惹かれたのか海から上がりゆっくりとそれに近づいて行く。
タイチの行動に気づいたホンダも見慣れないその物体に目を凝らした。
「なんだ、あれ?」
「見たことないっすね」
彼らの数メートル先には子どもがすっぽりと入れる程度の赤茶けた壺があった。
ついさっきまで何もなかった浜辺に突然現れたのだから魔物の類である可能性は十分にある。
用心しつつ近づいてみると、その気配を察したかのように壺はごろんごろんと二、三度左右に揺れ動いた。
一人で勝手に動いた壺に二人はぎょっとなって足を止める。
「どうしようか、あれ」
「どうするったってなぁ……」
ぼりぼりと頭をかきながらホンダが唸る。
本音としては見たこともないヤツに手を出してみたくて仕方がないのだが、身の危険を感じた時以外の勝手な戦闘はミドウに固く禁じられていた。
しかし……。
「どう見たってただの壺だよな?」
一度は止めた足をホンダは一歩、二歩と進めていく。
が、今度は何の反応も見せない壺にとうとうホンダはあと数歩のところまで近づいていってしまった。
「ホンダさん、大丈夫そ?」
そんな様子を一歩も動かずに見ていたタイチが声をかける。
「あー、とりあえずは平気っぽいけど……」
そうしてホンダは相手に近づきすぎずに探るにはどうすればいいかをしばらく考え、服の釦を一つ引きちぎって壺の中に投げ入れてみることにした。
放った釦はうまい具合に壺の中に入りカランと乾いた音を響かせる。
その数秒後、独りでにぐるりと一回転した壺から何かが投げ出されてきた。
思わず首を竦めて一歩後ずさったホンダだったが、その足もとに転がってきたのは街のショップでよく見かける傷薬の入った小さな貝だった。
壺の様子を窺いながらホンダは僅かにかがんでそれを手に取ってみる。
間違いなく傷薬だ。
ただし、一番安いものだったが。
「ホンダさん?」
相変わらず後ろの方で様子窺いのままのタイチが首を伸ばしながら声をかけてくる。
「釦を投げたら傷薬が出てきた」
「え?」
ほれ、とホンダが投げてきた貝の入れ物を手に取ったタイチはそれをじっと見つめる。
と、カランカランと続けざまに乾いた音が響きそちらに視線を向ければ、ちょうど壺の中から小さな物が二つホンダの足もとに放り出されるところだった。
「何?」
凶暴性はないと判断したのか、タイチがそろそろと近づきホンダの手の中を覗く。
そこにはやはり傷薬入りの小さな貝が二つ乗っていた。
「おい」
「ん? ……あーっ! 何すんっすか!? ちょ……!」
気づいたときには既にホンダはタイチの服についていた深緑色の釦を引きちぎり壺へと放り込んだ後だった。
「ちょっとホンダさん、勘弁してよ。あれマーガライトだよ?」
「どうせまた貰えるんだろ、山のお仲間さんから……と、きた!」
ぽんと軽い砂煙を上げて足元に落ちたそれをホンダが拾い上げる。
それは小さなガラス瓶だった。
中には透明度の高い赤い液体が入っていて、目の高さにかざしてみると赤色の向こうでタイチの顔が揺れていた。
「なんだ、これ?」
「千里眼っすよ」
眉を顰めて首を捻っているホンダから小瓶を奪い取ったタイチが、今度はそれを陽の光に晒して目を細める。
「これを飲むとだいたい半径100ライル以内で、どこにどんな魔物がいるか分かるようになるらしいけど……制限時間つきでね」
「分かるって、どうやって?」
「んー、匂いとか音とか……とにかく感覚で分かるようになるって」
「ふぅん。で、高いのか、それ?」
「あんまり売ってんの見たことないけど…、2,000リルくらいかなぁ?」
「2,000……か」
呟きながらホンダはじろじろとタイチの上着を見つめる。
「なんすか?」
その視線を警戒するようにタイチは数歩後ずさった。
「いや、釦よりカフスの方が高かったかなって」
「絶対ダメ!」
「ケチだなぁ。どうせ貰いもんのくせに」
「ダメです」
「ちっ」
釦やカフスを隠すように背を向けるタイチに冗談混じりの舌打ちをしながらホンダは壺に向かって口を開いた。
「なあ、お前さ」
それに答えるように壺はごろんと一回転する。
「他に何持ってんだ?」
しかしその問いには何の反応も示さない。
さすがに喋れない壺相手に複雑な意思疎通は無理かもしれないと思いつつ、それでもホンダは危険がなさそうなのをいいことにもう一歩近づいて声をかけた。
「例えばさ、ビーマの右腕とかないの?」
「な……、何言ってんすか、ホンダさん!?」
「いいだろう、別にくれって言ってるわけじゃ……」
慌てたタイチにホンダが振り向いた瞬間、ぽん、と砂煙がその足もとに立ち上った。
「え……」
二人同時に視線を下げれば、白い砂の上には白銀に輝く腕輪が落ちていた。
タイチが思わず一歩後ずさる。
「これ……、え、まじかよ?」
自身の重みで半分ほど砂に埋まった腕輪を取り上げ、ホンダは信じられないという面持ちでそれを凝視した。
細身の腕輪だが手にしてみると見た目以上にずしりと重い。
細かい装飾が施されているように見えるのはどうやら絵文字のようなもので、おそらくはこの腕輪に込められた呪文なのだろう。
「すげ……」
きらりと陽の光を反射するそれから目を離すことができず、ホンダは思わず溜息をついた。
拳闘の勇者の名を受けたこの腕輪は武闘家たちの憧れだ。
価格的には決して手の届かないものではないものの、それを使いこなせるかどうかは持主の資質に依存するところが大きい。
せっかく手に入れても全くの無駄になってしまうこともありえるものだった。
じっと見つめているうちにも手の中の腕輪は次第に重みを増し、まるで肌に吸いついてくるかのような僅かな引力を感じることができる。
ぎゅっと握りしめてみればぴりりとした痺れが掌に広がった。
それはやがてじんわりとした温かさに変わりゆっくりと身体の中へと流れ込んでくる。
目を閉じると暗い視界の中に小さなオレンジ色の光がぽつぽつと明滅し始めた。
「ホンダさん!」
「あ?」
腕を掴まれ揺さぶられてはっと目を開いたホンダだったがその瞳はどこかぼんやりとしていて焦点が合っていない。
「早く返した方がいいって、それ」
「は?」
「だから! その腕輪!」
「あ? ああ……」
これこれと握りしめた掌を指さされてやっとホンダも意味を理解したらしい。
壺はといえば、まるで腕輪の代価を要求するようにごろりごろりと転げまわっている。
「俺らそんな金持ってないんだからさ、早く返してよ」
「ああ、……そうだな」
名残惜しい気持ちはあるものの、さすがにこれはどうしようもない。
さらに熱を帯び始めた腕輪を一瞬見つめてからホンダは壺に近づきそれを差し出した。
「せっかくで悪りぃけど、金ないから返すわ」
そう言って壺の口にほいと腕輪を投げ入れる。
が、壺はごろりと動き肝心の腕輪は虚しく砂の上に落ちてしまった。
「なんだよ?」
それを拾って再度入れようとするが壺はまるで拒否するように動き回ってホンダから遠ざかっていく。
「おいっ! 返すって言ってんだろ?」
しかし壺はそうはさせじと逃げていき、それを追いかけるホンダとちょっとした鬼ごっこのようになって周囲に砂を巻き上げる。
砂を被ることを避けたタイチはますますむきになるホンダを眺めていたが次第にその光景が馬鹿らしく思えてきて溜息をついた。
「ホンダさん、もう諦めようよ」
しかしその声は届かないらしい。
「そろそろミドウさん達も戻ってくるかもしれないし」
「え?」
少し声を張り上げたせいかミドウという名前に反応したのか、ホンダがぴたりと動きを止める。
その数歩先で壺は相変わらずごろりごろりと転がっていた。
「でも諦めるたって、お前なんか持ってんのか?」
「んー、この上着の釦とカフス合わせても……どうかなぁ」
善意で貰ったものだけにこんなことに使うのは心苦しくはあるのだがこの際他に方法がない。
それにミドウが戻ってきてこの状態を見られてしまってはまたどんな説教をくらうか考えただけでも面倒くさい。
「どうかなーって、俺は金目のものは持ってないし金はミドウのヤローが管理してるし……」

『カネハミドウノヤローガカンリシテルシ』

「は?」
「え?」
ぼそりと響いた声にホンダとタイチが顔を合わせる。
今のお前? と指を指してくるホンダに違う違うと顔の前でタイチは手を振った。
そうしていつの間にかぴたりと動きを止めている壺に視線を合わせる。

『カネハミドウノヤローガカンリシテルシ』

やはり声は壺から響いていた。
「なんだお前、喋れんじゃん」
「いやホンダさん、今はそういう問題じゃなくて……」
「喋れるんなら俺の話も分かるだろ? 俺ら今金持ってないしだな……」

『カネハミドウノヤローガカンリシテルシ』

同じ言葉を繰り返して壺がごろりと一回りした。
と、壺の上にどこからともなくひらひらと幾枚もの札が舞い始めたのだ。
それらはしばらく空中を漂った後、見えない力を受けたかのようにすーっと壺の中に吸い込まれていった。
「なに、今の?」
壺を見つめたままタイチが呟く。
「金、だったよな」
「あーっ!」
呟き返したホンダとほぼ同時にタイチは今度は自分の身体をあちこち叩きながらきょろきょろと視線を彷徨わせる。
「んだよ?」
「釦がない……、カフスも!」
「あ?」
「全部なくなってる!」
その言葉通り、タイチの上着からは釦とカフスが全て消えていた。
「ピアスもなくなってるな」
「え?」
反射的に耳に手をやったタイチが愕然とする。
「もう……勘弁してよ。なんで俺ばっかり」
恨みがましそうな視線を送られてホンダも念のため自分の身なりを確認してみるが、そもそもホンダの服には金になりそううな装飾品など一切ついてはいない。
が……。
「あっ!」
懐に手を入れたホンダが叫んで服をばさばさと揺すり始めた。
「やろ……」
異変に気づいたホンダは歯ぎしりをして壺を睨みつける。
「なに?」
「メダルがない」
「国営大会の?」
「ああ」
「まあ、確かにあれなら金になるかもね」
「なに他人事みたいにお前は!」
「他人事ですよ! そもそもホンダさんが余計なこと言うから!」

『カネハミドウノヤロー』

互いに言い合うその下で再び低い声が響き二人はぎょっとして言葉を止める。
壺は満足したかのようにくるくると回りながら足元から遠ざかっていき、やがて回転速度を増して自ら砂の中に潜り込んでいってしまった。
「おい……、おい、コノヤロー!」
慌ててホンダがその地点に駆け寄り砂を掘り返す。
しかし細かい砂は掘ったそばからさらさらと崩れてきて穴を掘ることなどとてもできない。
それでも諦めきれないホンダはしばらく砂を掻き続けたものの、すぐに虚しい作業に盛大な溜息をついてどかりと腰を降ろしてしまった。
「ホンダさん」
そんなホンダの傍にやってきたタイチも力なく砂の上に座り込み肩を落とす。
「金、見たっすよね?」
「ああ」
「あれって、やっぱり……」
「……だろうな」
ホンダはちっと舌打ちをしてタイチは呻いて頭を抱える。
「またぐちぐち嫌味言うんだろうなあ、ミドウのやつ」
自身のメダルとタイチの装飾品、そして旅の資金まるごとと引き換えになった腕輪を指先でつまみ陽の光にかざしてみる。
反射してきた光が眩しくホンダの目を射た。
「まいったなぁ……」
「ホンダさん、声嬉しそうだから」
結局取られ損のタイチは再度大きな溜息をついて空を仰ぎ見るかのように砂の上に倒れたのだった。

 

 

 

 

ことの顛末を聞いたカツヤが真っ先にしたのはミドウの表情を盗み見ることだった。
が、彼は腕を組んでじっと眼を閉じているだけで何の反応も示さない。
すっかり話すこともなくなった二人も黙りこんでいる。
恐ろしいほどに居たたまれない空気ではあったが、だからといってカツヤに何ができるということもなくただ立ちすくむきりだ。
やがてミドウの予想外に落ち着いた声が飛ぶ。
「アキ」
一瞬後、さっと吹いた風がミドウの髪を揺らしたかと思うとその背後にアキが立っていた。
「お前も見ていたのか?」
「うん、見てたよ」
腕を後ろで組んで首をちょこんと傾げるアキはそれを思い出したかのようにくすりと笑って二人を見やる。
「その壺とはなんだ?」
「ジャックポット」
「魔物か?」
「魔物っていうよりは商人かな」
「商人?」
意外そうにミドウは振り返る。
「うん、人間にとってはだけどね。物々交換したものをまた転売したりしていくんだけど、本人は儲けがどうのっていうよりその交換の過程が好きみたいだよ」
「ほう?」
「あいつらは食べ物いらないから、趣味で行動してるようなものかな」
「なるほど? その趣味に君たちは付き合ってやったわけだ」
考え事をするように顎に手を当てながらミドウは二人をじっと睨みつける。
事実なだけに何も言い返せない彼らではあったが、そんな時でもホンダはタイチほどには神妙な表情を見せてはいなかった。
「実に呆れた話ではあるが……」
背後のアキにもういいと軽く手を振るとその意を察したアキは再び僅かな風を残して消え去る。
「とにかく君たちには責任を取ってもらう必要があるな」
「責任?」
無言攻めから抜け出せたことにホっとしているのかタイチの声には安堵の色が混じっていた。
「金を稼いでこいってことだろ?」
言うが早いかホンダが身を翻して歩き出す。
「ホンダ?」
「ちょっと、ホンダさん!」
タイチも慌ててその後を追う。
「ホンダ、当てはあるのか?」
「酒場にでも行けば何か張り出してあるだろう? きっちり稼いできてやるよ」
カツヤの問いに振り返りもせずホンダは片手を上げてずんずんと街の盛り場の方へと向かっていく。
その少し後ろを行くタイチが振り返って肩を竦ませて見せた。
「あの、ミドウさん。オレ……」
「構うな」
「…………」
一緒に行って手伝います、と言おうとしていたカツヤだったが先制されて言葉を失う。
「でも……」
「放っておけ」
「……はい」

そうしてホンダたちが携えてきた仕事はプロップゼリー集めだった。
プロップは浜辺に生息するゼリー状の大人しい生き物で危害を加えられたりするとその反動で体を分裂させてしまう。
その分裂した体の一部を集めるのが彼らの仕事だった。
集めたゼリーを濾して精製すると女性に人気の美肌美容液の原料となり、その商品はこの地域の特産品ともなっている。
プロップなど初めて見る生物ではあったがそれでもなんとかコツを捉え始めた二人は砂の中から黄色く半透明なゼリーを探し出しては本体ぎりぎりの地面を棒で叩いたり槍で突き刺したりして彼らを分裂させていった。
その分裂した一部を拾っては急いで波打ち際に差し込んである網に放り込んでいく。
本体から離れた体は海水につかっていないとあっという間に干からびてぺらりとした皮に変化してしまうのだ。
そんな仕事を始めて既に二時間。
本を読むミドウの隣でカツヤは青い空を見上げながら既に遠く離れてしまった故国を想い目を閉じた。

 

滅亡から逃れるために時間を止めてしまった自分の故国。
それを救う手段を探すために国中から多くの魔法士や剣士たちが集められ、あやふやな伝説とも噂ともつかないものを頼りに世界へと旅立っていった。
あれから既に三ヶ月が過ぎようとしている。
もちろん簡単な旅でないことは承知していたが、こうも一向に手がかりが掴めないとなると焦りの気持ちを抑えることも難しくなってくる。
いくら老練な上級魔道士といえども、いったいいつまで時間を止めていられるだろう。
例え自分たちが役目を果たして帰国したとしても、既にそこに国は存在していないかもしれない。
自分を育んでくれた全てが荒れはて崩れ落ちる様が脳裏を過り、カツヤの全身がぞくりと寒気に覆われた。
思わず自分を抱きしめるような格好になる。
「焦っても仕方がないぞ」
ふいにかけられた声にカツヤは隣のミドウに視線を向けた。
が、ミドウは素知らぬ顔で本に目を落としている。
そうしてしばらく文字を追っていたミドウだったがカツヤの感じた深い不安と焦りを感じ取っていたのだろう、じっと見つめてくる彼に応えるようにぱたりと本を閉じて視線を合わせてきた。
いつもの薄らとした紫の瞳が次第に濃く深い色に変わっていく。
その変化に見入っていたカツヤの目を、ミドウは手を伸ばしてそっと覆ってしまった。
やがて触れ合った部分に軽い圧迫感を感じると同時に暖かいものが少しずつ流れてきて全身を満たし始める。
気持ちを落ち着かせストレスとなる物質を体内から取り除いてくれる回復魔法の一つだった。
その感覚は重力の作用しない水の中に浮いているのと似通っている。
胸の奥に沈み込んでいた塊が霧散して安堵感をもたらす術は、確かに今の状態のカツヤには有効な手段だ。
しかしミドウにこれをやられるとほっとすると同時になぜかカツヤは切なく泣きたい気分になってくるのだった。

「……ったぁーっ!」
すぐ近くでホンダの声が響いた瞬間だった。
視界を塞がれながらも細かい砂とともに何かが頬を掠めていったのを感じたカツヤは咄嗟に傍に置いてあるはずの剣に手を伸ばす。
そうして一気に鞘から抜こうとしたその手の甲に、ぽよんと冷たい何かがまとわりついてきた。
「え?」
圧迫を受けたせいでなかなか定まらない視界ながらも、自分の手に黄色いゼリーのようなものが乗っているのが見てとれる。
が、それは目の前にいたホンダにすぐさま取り上げられてしまった。
「よっしゃーっ!」
すくうようにして乗せた掌の中のゼリーに一声吠えて、ホンダは一目散に波打ち際へと走り去って行く。
その勢いをくらってホンダの蹴り上げた砂が再度カツヤとミドウに降りかかった。
もうもうと立ち上る砂煙の中からむせ返りつつその場を離れた二人は、しばらくは目も開けられないままに咳き込み満足に息もできない状態になっていた。
なんとか砂を振り払い痛む目を開けてみれば、ホンダは何事もなかったように棒切れを振り回している。
思わずムっとして文句を言いそうになったカツヤだったが、隣から漂うただならぬ怒りの気配を感じてその言葉を呑み込んだ。
ゆっくりと視線を向けた先のミドウは一見静かに目を閉じているように見えるものの、こめかみのあたりに薄らと浮いた血管がひくひくと震えてその怒りの深さを表していた。
「カツヤ」
「は……はい!」
抑え込んだ声にカツヤは思わず背筋を伸ばして姿勢を正す。
「今夜の宿を探しに行く」
「え? ちょ……、ミドウさん!?」
しかしミドウは振り返りもせずさっさと歩きだしていた。
いまだ砂浜で悪戦苦闘している二人を横目にカツヤも慌ててその後を追う。
「でもまだお金が……、オレたち一文無しなんですよ?」
「今ああしてあいつらが稼いでいるんだろう? 何も私たちまでここで付き合っている必要はない」
「でも……」
背後の仲間を気にしつつもカツヤはミドウの後をついていく。
と、そんな二人に気づいたのだろう、タイチが大声で叫び出した。
「あーっ! なに、どこ行くの!?」
「えっと……」
つい立ち止まって振り返るカツヤだったがミドウは素知らぬ顔で前進を決め込んでいる。
「先に行って宿を確保しておくから」
言い訳をするように手でごめん、とジェスチャーしながら答えるカツヤに動きを止めたホンダも喰ってかかった。
「なんだよ、薄情だな。仲間なら手伝えよ!」
「そうだよ、カツヤさん!」
元来頼まれると嫌とは言えない性格で、さらに気の弱さも手伝って他人の意見にはあまり異を唱えないカツヤはこの個性の強いメンバーの中にあってしょっちゅう板挟みにあっていた。
そうして今も二人とミドウの間でおろおろとしてしまうカツヤだったが、それを見かねたミドウが大股に戻ってきてぐいとその腕を取ってしまった。
そうしてやや強引に引っ張りながら立ちつくしている二人に冷たい視線を向ける。
「そもそもの発端は君たち二人だ、責任を取りたまえ。頑張って稼げよ」
ふん、とばかりに嫌味を残してミドウが再び歩き出す。
ミドウに片腕を取られているカツヤも、仕方なしに片手でごめんと合図をしながら大人しく引きずられていった。
相変わらず後方では二人が騒々しくしていたがこうなってしまってはどうしようもない。
なんだかんだ言っても運動神経に関して彼らは折り紙つきだ。
陽が暮れるまでにはそれなりの金を持って宿に現れるに違いない。
怒ったふうなミドウにしてもそれは十分承知しているのだろう。
ホンダもミドウも本当は相手の力量を認めているはずなのに互いに不器用な部分が衝突して波風を立ててしまう。
幸いなのはその波風が今のようにどうでもいいときにしか現れないということだろうか。
それどころか魔物を相手にしているときなど、こんないざこざが起こったことなんかありえないかのように息のあった戦闘ができるのだ。
その個々の波長の合い方はカツヤがこれまでに参加した二つのパーティとは比べようもないほどにしっくりとくるものがある。
そう思ったとき、カツヤの胸にぽつりと希望の光が灯ったような気がした。
さきほどまでとは違う前向きな気分はミドウの回復魔法のせいかもしれない。
いまだ握られている手首に視線を落して、そのミドウの手の暖かさにふっと笑みが浮かんだときだった。
「うわっ!」
突然カツヤの足に衝撃が走ったかと思うとその身体がものすごい勢いでひっぱられたのだ。
一瞬にして視界がひっくり返り足に受けた衝撃は痛みへと変わっていく。
「カツヤ!?」
自分の身に起きたことが理解できないまま、驚きのあまり声も出ないカツヤの数メートル下でミドウが自分を見上げて叫んでいた。
痛む右足に目を向ければ茶褐色の細いものが幾重にも足首に巻きつきぎゅうぎゅうと締めつけてくる。
振り回されて揺れる視界の中、なんとか定まらない視点で周囲を見回せばホンダたちのいる浜辺にも同じようなものが砂浜から突き出されてのたうち回っていた。
白く立ち昇る砂煙の中、ホンダとタイチも突然のことに戸惑いつつも茶褐色の物体を上手く避けている。
カツヤもなんとか自力で脱出できないものかと腰の剣に手を伸ばそうとしたのだが、その手にさえ茶褐色の物体が巻きついてきて自由を奪われてしまった。
「カツヤ、じっとしていろ!」
なんとか振りほどこうともがくカツヤに御堂の声が飛んでくる。
「ミドウさん!」
なんとか下方に無理やり視線を向けてみれば、やはり足もとにうねる物体を避けているミドウの姿が視界の端に見て取れた。
そうしてなんとか安全な位置を見つけたらしい彼は、すっと背筋を伸ばして唇に指先を当て呟くように魔法のスペルを唱え始めたのだった。

 

 

2008/09/19
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