執事 (3)
 

とうに日付が変わり自室のベッドに戻ったバージルだったが一向に眠気は訪れなかった。
今日一日であまりに周囲が変わりすぎて、どこか自分一人が置き去りにされているような気がする。
カーテンを開け放した窓から射し込む弱い月明かりの中で天井を見上げていると、馴れない部屋のせいか現実感が伴わずさっきの継承式のことも閻魔刀のことも全てが夢だったのではないかとさえ思えてきた。
さまざまなことが頭を巡り、どうやっても眠れそうにないと思ったバージルはベッドサイドの灯りをつけて本棚に向かった。
何かを読んでいれば気持ちも落ち着いて眠れるかもしれない。
そう思いながら薄暗い中でしばらく背表紙を見つめていると、ふいに背後で小さな物音が響いた。
慌てて振り向いてみたが室内にはなんの変わりもない。
そこでもう一度耳を澄ましてみれば、どうやら音は食器室の方から聞こえてくるようだ。
不埒な者が出入りでもしているのかと、急いでランプを手に扉を開けて「誰かいるのか?」と灯りを向けてみた。
「あ……」
ぼんやりとした灯りの輪の中にいるのはダンテだった。
「お前、何をしている?」
てっきり食器を盗もうとする輩かと思っていた緊張感が抜け、バージル自身も驚くほどに呆れた声が出てしまった。
暗闇の中、馴れない狭い部屋でつまずいたらしいダンテは片膝をついて愛想笑いを浮かべている。
「何をしているんだと聞いているんだが?」
冷たくなったバージルの視線と声に、はいはいと両手を上げて立ちあがったダンテは軽く膝を払うとおどけるように肩を竦めて見せた。
「なんか眠れなくてさ。もしかしてバージルも眠れないんじゃないかなと思って」
「それで?」
「いや、一緒にいれば眠れそうかなってさ」
「まったく」
溜息を残してバージルが部屋の扉を閉めようとしたのを見てダンテは慌ててその間に足を挟んで阻止する。
「こら、ここはお前がくるような所じゃない。早く部屋に戻れ」
「いいじゃん、今夜くらい一緒にいたって」
「主が執事の部屋に出入りするなんて聞いたことがないぞ」
「そんなの今は関係ないだろ」
そんなふうに戻れ嫌だの応酬を繰り返し扉をがたがた言わせていた二人だが、先に業を煮やしたのはダンテの方だった。
「命令だよ、バージル。部屋に入れて」
「……っ」
その言葉にぴたりと動きを止めたバージルはそれまでの態度が嘘のように素直に扉を開いてダンテを迎えた。
ダンテもその様子にはさすがにばつが悪かったのか遠慮がちに一歩入ってから「ごめん」と小さく呟く。
「今夜だけだぞ」
大きな溜息をつきながらベッドに腰掛けるとダンテは嬉しそうに頷いてその隣に腰を下ろした。
「バージル、これから本当にずっと一緒だよな」
「ああ」
そう答えた途端、ダンテに抱きつかれた勢いで一緒にベッドに倒れ込む。
既に馴れた重みを受けながら自然とバージルの手はダンテの背中に回っていた。
こんなふうにダンテを受け止めながら月を見上げるのも何度めだろうとぼんやりと窓枠越しの夜空を見つめる。
「本当はさ」
バージルの胸に頭を乗せたままダンテは言った。
「執事なんかじゃなくてちゃんとこの家の人間として暮らせるのが一番いいのに、……ごめん」
きゅ、とバージルの夜着の胸元を掴んだダンテはもう一度ごめんと呟く。
その声があまりに小さくて沈んでいきそうで、バージルは背中に回した手を宥めるように僅かに動かしてやった。
「お前が謝ることじゃない。それに」
ダンテの表情を覗き込むように少し顔を上げる。
「そうなったら俺がここの主ってことになって、お前は家を出ていかないといけなくなるぞ」
「あ?」
「当たり前だ、次男がいつまでも屋敷にいるのはおかしいだろう。普通なら結婚して新しく家を興すものだ」
顔を上げてしばらくきょとんとしていたダンテはそんなバージルの言葉に苦笑した。
「確かにそうだな」
そうしてぎゅっと抱きつきその首筋に頬を埋めてくる。
「でもバージルはそれでいいのか?」
「ん……」
少しかさついた唇の感触が柔らかい肌に触れてくるのがくすぐったくてバージルは肩を竦めて身をよじった。
「バージルは執事のままでいいの?」
「ああ……」
これまでの生活を変えることも、よもや自分が貴族の生活を始めることもバージルの頭にはこれっぽっちもなかった。
貴族であるという証はついさっきダンテたちによって取り行われた継承式で受けている。
それを二人が知っていてくれるだけで今は十分だった。
「ダンテ」
バージルの声に僅かな甘さが混じり始める。
首筋に当たる吐息や唇が肌をくすぐり、背筋にぞくりと粟立つような感覚を覚えたバージルは妙な焦燥感に捉われていた。
「どけ、これじゃ重くて余計に眠れない」
ダンテを押しのけようと目の前の肩に手を当ててみるが「嫌だ」と言ったダンテは余計にぎゅっと抱きついてくる腕に力を込めた。
「いい加減にしろ」
「嫌だ」
こんなダンテの甘え癖は今に始まったことでもない。
身体の奥に得体の知れない疼きを感じつつも本気で嫌がっているわけでもないバージルは、しばらくこのまま放っておけばダンテもすぐに眠ってしまうかもしれないと小さな吐息をついてまた腕を背中に回してやった。
けれど同時に顔を上げて覗きこんできたダンテの表情にバージルは眉根を寄せる。
湖の側の塔で初めて唇を合わせられたときもこんな顔をしていたのを思い出した。
なにか思いつめているようにほんの少し目を細め唇を引き結んで、じっと見つめてくる瞳はベッドサイドの淡い灯りを薄らと反射させて僅かに揺らいでいる。
「好きだよ」
「ん?」
「すごい好き」
そうして軽く触れてきた唇に一瞬身体を硬くしたものの、それはすぐに離れてまたバージルを見つめてきた。
「どんなことがあってもさ、バージルがいてくれるって思うだけで平気。ずっとここにいてくれるだろ?」
「ああ」
頷くバージルに笑みを見せたダンテだがそれはいつものはしゃぐようなものではなく、相変わらず眉間を寄せた表情がそれをどこか寂しげに見せていた。
「どうした?」
いつもと違う様子にそう訊ねてみるがダンテは小さく首を振るだけで何も言わない。
「何でも話すという約束だ」
「……そうだな」
けれどダンテはすぐにまた顔を寄せてくる。
「あとできっと話すから、今はキスさせて? もっと、触らせて?」
なんとなくいつもと様子の違うダンテを少し気にしながらも、バージルは落ちてくる唇を受けながらゆっくりと目を閉じた。
確かにこうしていることは嫌いではないし、どちらかといえば触れ合っていることに対する安心感は心地がいい。
しかし道徳観念からしてみればやはりおかしいに違いないという思いが心の奥に背徳感を生みだして、どうしても後ろめたい気持ちを拭い去ることはできなかった。
「ずっと一人で生きていくんだと思ってた」
唇から離れたそれが今度は耳を掠めながらそんなことを呟いた。
「だから、ほんとにバージルがいてくれてよかった」
自然とダンテの頭に触れた指先が柔らかい髪を梳き始める。

ここで働き始めて分かったことがあった。
大勢の使用人に囲まれ世話を焼かれながらも屋敷の人間は意外に孤独なのだ。
どんなにいい主だったとしても彼らが持っているのは愛情ではなく忠義だ。
幼い頃に両親を亡くしたダンテにはそれを与えてくれる者はいなかったのだろう。
片や、自分こそ一人だったと思っていたバージルにはダンテがいた。
何かに縋りたくなったときにそれを受け止めてくれる腕があったのは幸せなことだったのだと、そんなことに気付いたのはこの屋敷に入ってなかなかダンテと会えなくなってからだった。
傍からみれば遥かにダンテの方が恵まれているはずなのにその立場は全く孤独なものだったに違いない。
そう思うと指先に触れている髪にも愛おしさが湧いてくる。
「ダンテ」
弟の名前を呟いてみれば、不思議と暖かいものが心に溢れてきた。
耳元を彷徨っていた唇が再び口づけてくる。
そんな淡い触れ合いの中、ふいに軽い痺れが走ってバージルは小さく呻いた。
「な……?」
気がつけば夜着の前が半分ほど肌蹴られている。
そこから差し入れられたダンテの指先がバージルの胸先を摘まんでいた。
緩く擦られているそこからくすぐったいような、けれど腰のあたりにまとわりつく痺れが起きて思わず身をよじる。
「ダンテ……っ」
その手を離そうとダンテの手首を掴もうとしたが、逆にその手は捉えられベッドの上に押し付けられてしまった。
「バージル、大好きだよ」
唇を離してそう言ったダンテの瞳はひどく真剣な色を帯びている。
「だから嫌がらないでよ、バージル」
「ダンテ?」
「ずっとずっとあんたに触りたかったんだ」
すっと伸びた手が腰の脇から腹の上を撫で上げていく。
夜着の上からとはいえその感触に驚いたバージルの身体がびくりと震えた。
「頼むから嫌がらないで、……どこにも行くな」
再びの口付けはさっきまでの軽いもとのは違っていた。
唇を舐められ差し入れられ、それは歯列を割ってバージルの舌を捉えようとしてくる。
「んっ、ん……ふぁ」
唇を塞がれているバージルは呼吸をすることさえままならず、それでも隙をついては息を整えるのに必死で意識はすっかりそのことに向いている。
と、いきなり全身の血が一気に逆流するような感覚が湧きあがりバージルは喉の奥でくぐもった悲鳴を上げた。
「……っ」
なんとか唇を離そうと首を振ってみるがそれは叶わずますます息が乱れる。
そんな口付けを続けながら、ダンテの手は夜着の裾を捲りあげバージルの下半身を彷徨っていた。
足の付け根や太腿を這い、ときおり陰茎に触れながらその周りを擦り上げてくる。
嫌がるように足をばたつかせたり閉じようとしてみるが、あっという間に高まっていく快感がバージルの抵抗を次第に鈍くさせていった。
「ダンテ! なにをして……っ」
やっと離された唇で一度深呼吸をしたバージルは、それまで髪を梳いていた手でぎゅっとダンテの肩をつかみ必死にその顔を見上げた。
けれどその間にもダンテの手は快感を煽るようにバージルに触れ続けている。
快感に不慣れなそこは少しの刺激ですっかり熱を帯びて硬くなり、痛々しいほどに震えては先端を滑らせていた。
「ダンテ……ダンテ、ばか……なんで……」
耐えきれず思わず腰を揺らしながらもバージルはダンテの意図を理解しきれず抵抗の言葉を口にする。
「大好きだから」
さっきから何度も繰り返してきたことを言いながらダンテは一度だけ口付けを落とした。
「でも、こんなこと……、んぁっ、も……はなせ!」
「離さないよ。気持ちいいだろ、このまま感じてればいい」
「いやだ、あぁっ、ダンテ……だ……て」
荒くなっているバージルの呼吸を邪魔しないように唇の周りに口付けながらダンテは手の動きを早めた。
途端に大きく跳ねた身体はもうそろそろ限界で、必死に肩をつかんでくる手にもさらに力がこもる。
拒絶するように首を振ってはいるが、既にぎりぎりの快感に抗うこともできずダンテに縋りつくことでなんとかそれに耐えているようなものだ。
「バージル、大好きだよ、バージル」
唇や頬や耳元に唇を落としながら囁いてくる言葉がさらに身体と気持ちを煽ってくる。
「あ、も……っ、だ……あぁっ!」
一際大きく身体を仰け反らせて悲鳴にも似た声を上げた直後、ダンテの手に熱い迸りが放たれた。
「あ、あぁ……」
幾度か緊張に震えた身体はやがてくたりと沈み、ダンテの肩をつかんでいた手もぱたりとベッドに投げ出される。
それでも続く快感の余韻に整わない呼吸をしながらバージルは薄らと目を開けた。
「大丈夫?」
言葉とは裏腹に嬉しそうな笑みを浮かべたダンテの肩を押しやろうとしたがどうにも腕に力が入らず、その代り「ダンテ」と非難の声を浴びせてみるがやはりダンテは嬉しそうなままで口付けを一つ落としてきた。
「どういうつもりだ」
ダンテを押しのけようとしたが逆にのしかかられ小さく呻く。
「言っただろ、大好きだから」
「だからってこんなこと……」
鼻についてくる異臭が自分の放ったものだと気付いたバージルは、これまでにないほどの大きな羞恥心に襲われ唇を噛む。
「ずっとずっとこうしたかった。学校に行っててもバージルのことばっかり考えてたよ」
胸元から首筋を撫で上げられ身体が竦んだ。
その手が胸の先端を捉え擦り始めるとバージルの身体に再び緊張が走る。
「もうやめろ」
胸の上で遊ぶ手を掴むと今度は意外なほどあっさりと離れた。
「嫌?」
「というよりはおかしいだろう?」
「どうして?」
「こういうことは……女とするものだ」
「違うよ、好きな人とするんだ」
じっと見つめてくる視線を感じながらも羞恥を拭えないバージルはどうしても目を逸らせてしまう。
「もうふざけるのはこれで最後にしろ」
「ふざけてないよ!」
両頬を捉えられ無理やり視線を合わせられた。
「ふざけてるんじゃない。本気だよ」
「だったら一時の気の迷いだろう。きっとそういう時期なんだ」
「違うってば!」
「もう少し時間が経てば落ち着いて……んっ」
続く言葉はダンテの唇で塞がれてしまった。
そうしてしばらくの口付けをしてからダンテが見下ろしてくる。
「学校での話、聞きたい?」
あまりに唐突な言葉に訝りながらもその真剣な瞳にバージルはもちろんと頷いた。
「嫌な話だよ、きっとバージルは呆れる」
「そんなことは聞いてみないと分からないだろう」
するとダンテはぱたりとバージルの上に倒れ込んできて、これまでのように胸の上に頬を乗せると目を閉じた。
「喧嘩だけじゃない」
「ん?」
「ダンテからどんなことを聞いたか知らないけど、上の連中にされるのは暴力だけじゃない」
ふいにバージルの胸に大きな不安が過る。
「さっきみたいなことも強要されるし、反抗すればもっと酷いこともされる」
「ダンテ、お前……」
「いいから黙って聞けよ」
押し殺すような声に思わずバージルも口を噤んでしまう。
「プライドも何もかも滅茶苦茶だよ、暴れれば暴れるほどあいつらは調子に乗るしな」
くっ、と小さく笑った声には自虐の色が浮かんでいた。
「連中にいいようにされながら何考えてると思う? あんたのことだよ、バージル。最初のうちはバージルがここに居てくれるって思うだけで耐えられた、家に帰ればまた会えるって」
「ダンテ」
「聞いて。でもそのうちさ、同じことをバージルにしたくなった。別に嫌がるのを無理にしたいわけじゃない。ただ……なんていうか、あんなのじゃなくて、バージルとだったらすごくいいんじゃないかって、そう思った」
顔を上げたダンテは真っ直ぐに見つめてくる。
「なあ、本気で嫌だった? 気持ち悪かった?」
自分がどれだけ卑怯なことを言っているか気付いていないのだろうかとバージルは思った。
一人で寂しかったと言われ今度はこんな話をされて、自分にとってもたった一人の弟を拒否できるはずがないだろうに。
けれどそれだけではないことにもバージルはとっくに気付いている。
嫌ではなかった。
こうしてダンテの重さを受け止めているのも唇を合わせるのも、さっきのことでさえ羞恥を上回るほどの快感はバージルの身体をあっさりと取り込んでいまだに甘い疼きを残している。
一度知ってしまった快感はもう忘れることなどできないだろう。
けれどそれも自分が相手に好意を持っているからこそだとバージルも感じていた。
おそらく全くの他人にされたらおぞましいだけに違いない。
「バージル?」
けれどダンテに顔を覗きこまれるとやはり自分の見せた行為への羞恥が湧いてくる。
目を合わせることができず視線を逸らせて、けれどほんの小さな声でバージルは呟いた。
「嫌ではないが、一言断れ」
それだけ言うのが精一杯だった。
ダンテのように素直に好きだとかいうことはとても言えない。
それでも嬉しそうな顔を見せたダンテはぎゅっと抱きついてから唇を合わせてきた。
すぐに深くなる口付けにバージルはまた息苦しさを覚えてダンテの肩をぎゅっとつかむ。
「なあ、バージル?」
ふいに唇を離したダンテが不思議そうに見つめてきた。
「あのさ、鼻で息するんだよ、キスのときは」
「う、うるさい、それくらい……」
「分かってるならいいけどさ」
見通したようにくすりと笑ってもう一度唇を寄せてくる。
舌を捉えられて深くなっていく口付けは驚くほどに官能的で欲情を煽ってくるものなのだと、やっとまともに息が継げるようになって気がついた。
翻弄されてばかりだった舌を僅かに動かしてみれば、それに気付いたダンテがさらに激しく絡ませてまるで貪るように吸いついてくる。
同時に腰のあたりを彷徨い始めた手が再びバージルの下腹に伸びてそれを捉えた。
「ん……っ」
びくりと身体が震える。
「バージル、今度は一緒にさせて?」
「え?」
いまいち言っている意味が分からずにいたバージルは、身体を起こして手早く服を脱ぎ始めたダンテをぼんやりと見つめていた。
服を投げ捨てると今度はバージルの夜着のボタンに手をかける。
「おい……」
「服なんかない方が気持ちいいよ」
ボタンの外れた夜着が落とされバージルの肌が露わになるとダンテはその身体を抱き起して強く抱きしめた。
「あ……」
初めて触れた素肌どうしの心地よさにバージルの唇から思わず溜息がもれる。
ゆっくりとダンテの背中に手を回してみれば、服とは違うさらりとした滑らかな感触が伝わってきた。
「バージル、俺たち生まれる前から一緒にいたんだよ、こうやってさ」
「ああ、しかも元々は一つの身体だった。不思議だな」
今はこうして離れているが、間違いなく相手は自分の半身。
この世に存在するもう一人の自分。
抱きしめる腕に力を込めてその存在を確かめながら暖かい首筋に頬を埋める。
その心地よさには背徳感さえあっさりと消えてしまいそうだった。
「いい、バージル?」
やがてひとしきり抱きしめ合ってからダンテは互いに触れ合っていた下半身に手を伸ばし、既に熱を持ち始めていた二人のそれを掌でゆっくりと擦り合わせていく。
「ん……っ、ダンテ!」
止めようとするのか促そうとするのか、ダンテの手首をバージルはぎゅっと握りしめてきた。
「バージル、バージル……感じてる? 気持ちい?」
あっという間に快感が溢れて全身に回り始める。
ダンテの声も上ずり掠れていた。
一度達しているバージルもすぐに昂り始めた身体を、今度は抗うことなくダンテにしがみつきながら受け入れていく。
「ダンテ、ダンテ」
肩口に唇を押しつけながら弟の名を呼び続け、擦られているだけでは物足りないかのように腰を揺らしてはダンテに押し付けてしまう。
まだ理性の残っている部分でそんな自分を自覚して、それが羞恥を高め羞恥はさらに欲情を煽っていく。
もう意味のなさない声にダンテの上ずった声が重なり荒い吐息が互いの耳を刺激しあう。
「も……いきそ、……バージルは?」
答えるのもすでに無理なのか、バージルはただこくこくと頷いてくる。
そんなバージルの喘ぐ唇に吸いついてダンテは舌を絡めた。
「んぁ……だ……て、ふ、ぁっ」
ダンテの手が強く早くなり、それにバージルも耐えきれないかのようにさらに腰を揺らし始める。
互いに触れ合っているところから背筋へと痺れるような快感が走りゆっくりと指の先まで駆け抜けていく。
いつしかバージルの手もダンテの熱を嬲る手に添えられていた。
やがて限界を超えた二人は互いの手に欲望を吐きだし身体を震わせる。
びくびくと欲を放つそれを宥めるようにゆっくりと擦りながら、ダンテはバージルの目を見つめて嬉しそうな笑みを浮かべていた。
荒い息を抑えきれないながらもくったくのない笑顔に思わずつられて口元を綻ばせるバージルだったが、やはり拭いきれない羞恥心が先に立ってつい目を逸らせてしまう。
それでも名前を呼びながら抱きついてくるダンテとともにベッドに倒れ込んだバージルは、まだ残る快感の余韻に浸りながらダンテを抱きしめ返してゆっくりと目を閉じた。

 

重たい瞼を開けると見慣れない天井が目に入ってきた。
一瞬どうしたことかと思ったがすぐにここが執事私室だということを思い出す。
そして半身に触れてくる温かさに少し横を向いてみれば、隣には気持ちよさそうに寝息を立てているダンテがいた。
途端に先ほどまでの行為を思い出し全身がかっとなるほどの恥ずかしさを覚える。
けれどいつまでもこうしているわけにもいかなかった。
外を見れば空は薄らと白み始めている。
「ダンテ」
だるい身体を起こしてダンテの肩を揺さぶる。
「ダンテ、起きろ」
「ん……」
「ほら、早く」
「なに?」
ゆっくりと目を開けたダンテはバージルの姿を認めると寝ぼけながらも嬉しそうな笑みを浮かべて「バージル」と呟く。
「早く部屋に戻れ。もう夜が明ける」
「えー? もう少し」
甘えるようにバージルの腰に抱きついてくるダンテだったが、その髪を引っ張りむりやり顔を上げさせた。
「他の者たちが起きてきては面倒だ。早く戻れ」
甘さの欠片もないバージルの声にぶつぶつと文句を言いながらダンテはようやくのそりと起き上がる。
床に落ちていた服を拾いそれをダンテに投げつけるとバージルもさっさと夜着を着て食器室に続く扉に向かった。
「急げよ」
「はいはい。あーあ、朝陽の中で目覚める恋人同士ってやつをやりたかったのになぁ。酷い仕打ち……」
バージルに聞こえるような声でぶつぶつと言っているダンテに苦笑しつつも早くと急きたてて扉を開ける。
適当に服を着こんだダンテが側に来てその両頬を捉え唇を重ねてきた。
が、それは二度、三度と軽く触れ合っただけで離れていった。
「バージル、またあとでね」
そう言ってダンテは軽く手を振り部屋を出て行く。
残されたバージルはゆっくりと扉を閉じるとそこに背を預けて深い溜息をついた。
ベッドに戻りシーツに目を落とすと昨夜の名残があちこちに見られる。
起きるにはまだ少し早いがもう一度眠れるわけもなく、バージルは皺の寄ったシーツを引きはがして洗濯用の籠に放り投げた。
そうして次第に明るさを増してくる空をしばらく見つめてから気持ちを切り替えるように一つ深呼吸をする。
顔を洗いベッドを整えクローゼットを開ける頃にはすっかり仕事のペースになり、手早く今日一日の支度を始め身なりを整えるとチェストの上の懐中時計を手に取った。
が、そこで改めて自分が執事になったことを思い出す。
本来なら顔を洗うための水や服は執事付きの使用人が用意するものだ。
申し訳ないことをしたなと思ったが今さらどうしようもない。
ダンテになんだかんだと文句を言いつつも自分こそ執事の自覚がなかったことに苦笑して、バージルは手の中の懐中時計を開いて時間を確認する。
台所付きの使用人たちは既に起きている時間だ。
とりあえずコーヒーをもらうついでにそこから様子を見ようと決めたバージルは、ぱたりと時計の蓋を閉めてそれを懐にしまう。
最後に大きな鏡に向かってそこに映る自分の姿をじっと見つめた。
弟でありこの屋敷の主でもあるダンテと同じ顔、血と身体を分け合った自分。
そんな鏡の中の相手に一つ頷いて見せてから、バージルは私室の扉を開けて新たな一日の仕事へと向かうのだった。

 

 

 

ダンテの寝室の扉を開ければそこはまだ少し薄暗い。
手にした紅茶と新聞の乗ったトレーをベッドサイドに置いてまずは部屋のカーテンを開けていく。
「んー……?」
急に射し込んできた明るい陽射しに気付いたのか、ベッドで丸くなっていたダンテがもぞもぞと動きだした。
全てのカーテンを開けると部屋はすっかり明るくなり、バージルの足元についさっきまでダンテが着ていた服が脱ぎ散らかされていたことに気付く。
それを軽くたたんでベッドの端に置いてからサーバーの紅茶をカップに注ぎ始めた。
カップを満たしてベッドの方を見てみれば、さすがに目が覚めていたらしいダンテがすでに半身を起してバージルの手元を見つめている。
「おはようございます、御主人様」
ソーサーに乗せたカップを差し出すが、まだ少し寝ぼけているらしいダンテはぼんやりとそれを受け取るものだから手元が危なっかしくて今にカップを落とすのではないかとひやひやしてしまう。
「本日の御予定でございますが、午前中はとくに何もございません。ただ学校の方から前回の試験の成績が悪かったということで特別に課題が出されていらっしゃるようですので……」
それを聞いたダンテが小さく呻いたがバージルは無視をして先を続ける。
「午前は課題を済ませていただきます。昼食後は各農地の代表がお見えになりますので御挨拶いただいて」
「バージル?」
「はい」
「あのさ、二人のときは普通に喋ってくれない?」
「…………」
「ね? 命令する気はないからお願いなんだけど」
「……分かった」
嬉しそうに頷くダンテを横目に予定の続きを始める。
「代表者との懇談が終わったらお茶の時間、早めに済ませて中央教会に出向いて神父様に挨拶をして」
「あのさ、バージル」
「ん?」
「それ全部今日一日でやるの?」
「そうだ」
「予定詰めすぎじゃない?」
「お前には学校があるだろう? 早めに帰らないと授業も遅れる。ダンテと話し合って決めた予定だ、文句を言うな」
仮とはいえ長年にわたってこの屋敷の主を務めてきたダンテの名前を出されてはさすがに何も言えないらしい。
肩を竦めて紅茶を一口啜るとダンテは
「じゃ、着替えるから手伝って」
と言ってきた。
「それは従者の仕事だろう」
「えー、いいじゃん、バージルがやってくれても」
「使用人には使用人のルールがある。主ならお前もそれに従え」
今朝ほどの自分の失態がちらりと頭を過ったがそれはそれでとりあえず置いておく。
「じゃ、キスして」
「……」
「あ、命令じゃないよ? お願い」
まったくと溜息をついたバージルは身を屈めてダンテの唇に軽くそれを触れ合わせる。
もちろんすぐに離れるつもりだったのだが、いきなり首の後ろに伸びたダンテの手がそれを許さなかった。
結局、長く深いものになってしまった口付けを解かれるまでにそれなりの時間を要してしまう。
「仕事中は我儘を言うな」
こういった行為の後ではやはり視線を合わせずらいバージルは、すっかり濡れてしまった唇を手袋の甲で拭いながらそれだけ言って一歩下がった。
「もうすぐ従者が参りますのでお待ち下さい」
軽く一礼して扉に向かおうとする。
「バージル」
背後からかけられた声に振り向いてみれば、眩しいほどの朝陽がダンテの銀色の髪を照らしていた。
そしてそれに負けないほどに明るく屈託のない笑顔が自分に向けられている。

「ずっと一緒だよ」

何度も聞いたその言葉にバージルも口の端に僅かな笑みを見せる。
そうして視線を合わせた直後、胸に手を当てたバージルは軽く頭を下げて誓いともとれる言葉を唇に乗せるのだった。

「承知いたしております、御主人様」

 

 

-- 完 --
 


 

後書きみたいな、言い訳みたいな

2009/08/29
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