別れ道
 

ここ数日、ダンテは屋敷の使用人たち、とくに馬丁にはダンテが一人で馬に乗ることを自分が許可したのだと伝えておいた。
ついでになんでも一人でやりたいようだから特に手を貸す必要もないと。
真面目な馬丁長にとって屋敷の者に馬の用意をさせるなど職務怠慢も甚だしいところではあるが主人の言葉とあれば従わざるを得ない。
仕方なく頷いた彼は、小さなダンテが周囲の様子を窺いながら鞍をつけ一人でなんとか馬の背によじ登り厩舎から離れていく姿をいつもはらはらしながら見守っていた。
それは乳母にとっても同じで彼女は自分がダンテの所在を常に把握できていないのは落ち着かないようではあったが、それさえも「あの子は何でも一人でやりたい年頃なんだろう」の一言で姿が見えない間の詮索はしないようにと言い含められていた。
あと半年もすればダンテは寄宿制の学校に入学することになっている。
そこから先は格式ある貴族の家の主として過ごしていかなければならないのだ。
血を分けた双子とはいえ、もう簡単にバージルとは話すことさえできなくなってしまうに違いない。
なんの隔てもなく一緒にいられるのは今のうちだけだろう。
それに二人にはもう本当のことを話してしまった方がいいとダンテは判断していた。
スパーダの遺言を無視するつもりはなかったが、ダンテとバージルがこんなに早く顔を合わせることはさすがに予想外の出来事だったし、こうなった以上はやはり二人にはそれを知る権利があると思うのだった。

 

いつもより早く塔に行ってみれば案の定、ダンテの仔馬がそこに繋がれていた。
いつものように馬から降りて階段を上って行くが上からは何の物音も聞こえてこない。
きっと自分の馬の気配を察してさぞ驚いているだろうと部屋に入ってみれば、奥のベッドに腰かけた子どもが二人同じ顔をしてじっとこちらを凝視していた。
その姿を見た途端、スパーダの腕に抱かれていた二人の赤ん坊がダンテの脳裏を過り胸の奥が熱くなる。
泣きそうな顔のダンテと苦しそうな顔のバージル。
そんな二人を安心させるように、ダンテは軽く肩を竦ませてから溜息とともに軽い笑みを浮かべてみせる。
そうして一歩一歩二人の傍に近づき、ベッドの前までやってきたダンテはそこに膝をついたかと思うとその両腕を広げゆっくりと彼らを抱きしめた。
どちらからともなく息を詰める気配が伝わってくる。
きっと怒られるに違いないと思っていたのだろう。
とくに最近のバージルの様子は見ていても痛々しいほどに嘘をついていることに苦しんでいた。
全てを話すことがその苦痛を取り除くことになるのか、新たな苦痛を与えることになるかは分からない。
けれど既にその決意をしていたダンテはやがて二人から離れると机の前にあった椅子に腰をかけ一つ大きく深呼吸をした。
「バージル」
唇を一文字に引き締めたバージルが僅かに見上げてくる。
「自分の顔を見たか?」
ベッドの手近な場所に置かれていた鏡に視線を向けたダンテの言葉にバージルは無言で頷いた。
「ねえ、ダンテ」
つられて同じように鏡を見ていたダンテが語気を強めて座っていたベッドから少し身を乗り出すようにして口を開く。
「どうしてバージルはここから出ちゃいけないの? 他の人たちと一緒にあっちで暮らしちゃいけないの?」
「ダンテ……」
まるで文句のような口調にバージルが驚いて制しようとしたがダンテはそれを無視して言葉を続けた。
「夜なんか真っ暗なんだよ? そんな所に一人でいるなんて可哀そうだよ。バージルがあっちで暮らせないなら俺がこっちに来るよ、ずっとバージルと一緒にいる!」
「ダンテ!」
思わず声を荒げたバージルに二人のやりとりを見ていたダンテの方が驚いていた。
苦しそうに泣く姿もこうやって大きな声を出すことも少し前には見られなかったことだ。
偶然だったにしろこの二人が出会ったことはきっといいことだったに違いないと確信する。
「バージル、ダンテ」
なだめるような静かな声に二人は同時にダンテの方に視線を向けた。
「これから話すことをよく聞いてほしい」
その真剣な表情と眼差しに呑まれたように一瞬きょとんとした二人だったが、これから何か重大なことが始まるのだと分かったのだろう。
ダンテは小さく頷きバージルは無意識に居住まいを正す。
そんな彼らの青い瞳を交互に見つめ、ダンテはあの夜の覚えている限りのことを二人に話し始めた。

 

全てを聞き終えてからの双子の行動は対照的だった。
「バージル、俺達兄弟なんだよ!」
飛びあがらんばかりに喜んでダンテはバージルに抱きついた。
しかし抱きつかれた方のバージルはじっと動くことなく俯いている。
「聞いただろ? バージルは俺の兄さんだよ!」
「……ああ」
「すごいや、俺に兄さんがいたんだ!」
あまり反応のないバージルに焦れたようにダンテはその両肩を掴んで惜しげもない笑顔を向ける。
「バージル、嬉しくないの? 俺たち兄弟だよ?」
「ああ」
「俺が弟じゃ嫌?」
「そんなことない、ただ……急すぎて」
バージルは明らかな困惑の瞳を机の方にいるダンテに向けた。
それを受けたダンテは椅子から立ち上がりベッドに近づくと、いまだしっかりとバージルの肩を掴んでいるダンテの頭をくしゃくしゃと撫でて「ダンテ」と軽くたしなめた。
「お前はそろそろ戻れ」
「えー、もう少し」
「乳母が心配する。これからもバージルに会いたいのなら時間は守れ」
「あ……」
ここに来ることの許可とも取れるその言葉にダンテの不満そうな顔がぱっと輝く。
「分かった」
その笑顔をバージルに向け、ダンテはぴょんと弾みをつけてベッドから飛び降りた。
そうしてもう一度ぎゅっとバージルに抱きつく。
「また明日ね、……兄さん」
その言葉が自分でも恥ずかしかったのか、ダンテはえへ、と小さく照れたように首を傾げてから身を翻した。
小走りに部屋を出て行く姿を見送りながら、今度はダンテがバージルの隣に腰を下ろす。
バージルはダンテの消えていった階段のあたりをただじっと見つめていた。
「驚かせすぎたな」
僅かに眉根を寄せているその顔を覗き込みながら、ダンテはバージルの頭に手を置いて銀色の髪を軽く梳く。
あまりに唐突すぎる話にそれを受け入れることができないでいるのかバージルはそれからもしばらく無言でいたのだが、やがてぽつりと呟きダンテを見上げた。
「俺は……ここにいない方がいいの?」
苦しげな言葉にダンテは小さな肩を抱きそっと自分の方に引き寄せた。
「そんなことはない」
されるがままに身体を預けてくるバージルの肩を軽くさすってやる。
「しかし、いつまでもここに一人でいるわけにはいかない。分かるな?」
「ん……」
「9月になったらダンテはここを離れて学校に行く」
バージルは少し目を見開いてダンテを見上げた。
「お前も学校に行かせようか考えたんだが」
「学校?」
「ああ。だがな……」
ダンテは大きく溜息をつく。
「お前の知識はもう相当なものだ。今さら同じ年頃の子と一緒に勉強してもな……。それにいきなり集団の中に入って生活できるかどうかも心配だ」
ダンテの後半の言葉はバージルの核心をついていた。
ほとんど記憶のない幼少の頃に世話になった乳母を除けば、バージルがこれまでに知っていた人間はダンテだけだ。
おかげで数日前にいきなり飛びこんできた子ども一人に対しても実はかなりの神経を使っていて、決して不快ではないものの心は相当疲れてしまっている。
そんな状態でいきなり知らない人間だらけの集団に入るなど、バージルにとっては想像すらできない事態だ。
そもそもダンテと離れて暮らすことを考えただけで恐ろしくなり身体が震えてしまう。
無意識に服の裾をぎゅっと掴んできたバージルの手に気付いたダンテは安心させるように肩に回した腕に力を込めた。
「それで考えたんだが……屋敷で少し働いてみないか?」
「屋敷? ダンテのいる所?」
「ああ。大勢の人と一緒になるのは同じだが、こっちの方が俺の目が届きやすいし便宜も図りやすい。どうだ?」
どうだと聞かれたところでバージルはすぐに答えることができなかった。
学校にしろ屋敷で働くにしろ、本だけは読んできたから知識としてはあるもののそれが自分のこととなると全く想像がつかない。
「まだ急いで決める必要はない。ゆっくり考えればいい」
「うん」
「バージル」
ふいに抱き寄せられダンテの広い胸に頬が当たった。
「心配しなくていい。お前のことは必ず守るから」
「ダンテ?」
バージルは思わず顔を見上げようとしたがすっかり抱きすくめられているためにそれは叶わなかった。
そのまましばらくじっとしているとぴたりと頬を寄せた胸から一定の音を刻む鼓動が伝わってくる。
その切ないほどの安心感に目を閉じて、バージルはもうすぐやってくる新しい生活への覚悟を決めた。

 

 

それからの半年ほどの間、ダンテとバージルは午後の短い時間を常に一緒に過ごしていた。
最初こそ一緒にいられるとはしゃいでくっついてくるダンテをもてあまし気味だったバージルだが、やがてその興奮も落ち着いてくると二人でいることが意外に楽しいことだと感じ始めた。
ダンテの話す屋敷での生活も興味深かったし、まれに外に出ては湖で泳いだりすることもあった。
生い立ちを聞いたときは兄弟ということを意識していたものの、一緒にいる時間が長くなってみれば二人とも兄弟というこだわりはあまり持つこともなくなっていた。
それでもふとした瞬間、不思議な感覚に捉われることがあった。
同時に同じことを口に出してみたり、なんとなく考えていることが似ていたり。
そんなときはやはり自分たちは同じ身体を分けた存在なのだと、普通の兄弟ではなく双子という出生に計り知れない神秘さを感じていた。

やがて季節が夏から秋へと変わりダンテが屋敷を離れる日が近づいてくる。
やはり新しい生活に不安を覚えているのか、ダンテはしきりに学校ってどんな所だと思う? と聞いてきた。
本だけの知識なら豊富にあるバージルは物語などで読んだ学校の様子を話して聞かせるが、話している本人が実際に知っているわけではないのだからどうにも説得力に欠けてしまう。
「バージルも一緒だったらいいのに」
「無茶を言うな」
「バージルだったら絶対に学校で一番になれるよ、何でも知ってるもん」
「お前が勉強してないだけだろう?」
「だってバージルに聞けばなんでも分かるし」
「自分の知識にしないと意味がない」
「バージルはすぐ面倒くさいこと言うよな」
「ダンテがもっと勉強すればいいだけのことだろう?」
気がつけばいつも甘えたことを言い出すダンテに小言を言っているような気がするものの、それはそれでバージルには楽しいことだった。
ダンテにしてもそれを分かっていたのだろう。
わざと馬鹿なことを言ってバージルの小言を引き出してはにこにこしていることもしょっちゅうだ。
それまで環境は違えど一人で過ごしてきた彼らにとって、それは互いの存在を認め合うことのできる遊びの一つとなっていた。
「でもまたバージルは一人になっちゃうよな」
いつものようにベッドの上で壁に寄りかかり本を開いているバージルを、その足元に寝ころんでごろごろしていたダンテが見上げた。
「俺は新年の休みまで帰ってこられないし」
「…………」
「また本ばっかりになるな」
「俺は」
ぱたりと本を閉じたバージルはそれを手元に置いて膝を抱えた。
「屋敷に行って仕事を手伝うんだ」
「え!?」
初めて聞く話にダンテは飛び起きてバージルに詰め寄った。
「それほんと?」
バージルの膝に手を掛けて、なんで? いつから? 何するの? と質問攻めにするダンテにバージルが落ち着けよと文句を言う。
「何をするかはまだ聞いてないけど、ダンテが学校に行ってからだよ」
「なんで? もっと早くだったらずっと一緒にいられたのに」
「馬鹿だな。俺は手伝いに行くんだから、お前と一緒になんていられるわけないだろう」
「そうだけどさ……」
少し気が抜けたのか、ダンテはのそのそと身体を離す。
それでもどこか嬉しそうにバージルの隣で同じように膝を抱え壁に寄りかかりながら「でもよかった」と小さな溜息をもらした。
「俺が学校に行ってる間にどこか行っちゃうんじゃないかって、少し怖かったんだ」
「どうして?」
「分かんないけど、なんとなく」
「どこにも行かないよ。……行く所もないし」
「行かなくていいよ! バージルは俺と一緒にここにいて!」
「でもずっと一緒ってわけにはいかないだろう」
いつまでもここにいるわけにはいかない、そうダンテに言われたことを思い出す。
バージル自身もそれは分かっていることだ。
「駄目だよ、どこにも行かないでよ」
「ダンテ……」
膝を抱えたバージルの腕をぎゅっと掴んでダンテはいつになく真剣な瞳を向けてきた。
「18歳になったら俺はこの家の主人になるんだ」
「……ああ」
「そうしたらバージルと一緒に暮らす。誰にも文句は言わせない」
「無理だ」
「無理じゃない」
「ダンテの話を聞いただろう? 双子は禍をもたらすって」
「何も悪いことなんか起こってないよ、ただの迷信だよ!」
「でも古いしきたりはそんな簡単に……」
「もう決めたんだ。俺はずっとバージルと一緒にいる!」
「……能天気だな、お前」
「バージルがわからず屋すぎるんだ」
互いに口をへの字にして睨みあうがそれはほんの僅かな間だけだった。
結局ダンテはバージルに甘えるように腕を掴んでくるし、バージルはそんなダンテを暑苦しいといって退けようとする。
けれど、そんなことは不可能なのだと分かっていてもダンテの無邪気すぎる言葉はどこか心地よくバージルの中に沁み込んでいった。

そうしてダンテが屋敷を出る前日。
ダンテは夕陽が傾き始めた広大な敷地をいつものようにバージルのもとへと馬を走らせていた。
後方に流れていくのはすでに見慣れてしまった景色のはずなのに、今日はいつも以上に気持ちが高揚して一分でも一秒でも早くバージルの顔を見たいと思ってしまう。
きっと駄目だと言われるに違いないと思っていたわがままが意外なほどあっさりと許されたことにダンテは舞い上がっていた。
『明日の夜だけ、バージルと一緒にいてもいい?』
その言葉を聞いたダンテは一瞬驚いた顔をしたものの、直後に小さな溜息とともに『一晩だけだぞ』と言ってくれたのだ。
きっと乳母はダンテが夜に寝室にいないなどとんでもないことだと思うだろうが、それはきっと主人であるダンテが上手くやってくれるに違いない。
なんといっても彼は屋敷の主で使用人たちのご主人様なのだから。

「バージル!」
いつになく騒々しく駆け入ってきたダンテがベッドに飛び乗り抱きついてきた。
「い……っ」
その勢いで背後の壁にしたたか頭を打ち付けてしまったバージルは思わず呻いて「なんだよ!」と声を荒げる。
けれど頭を打ったことにも気付いていないらしいダンテはバージルの腰のあたりにくっついたまま全開の笑顔を向けていた。
「今夜はずっと一緒にいられるよ!」
「ん?」
「ダンテがいいって言ってくれたんだ、朝まで一緒にいていいって!」
「朝まで?」
「そう!」
「大丈夫か、お前?」
「何が?」
「夜になったらここは真っ暗だぞ、蝋燭なんかないんだからな」
「平気だよ、バージルがいるもん」
でしょ? とばかりに見上げてくる瞳が嬉しそうな笑みを浮かべている。
一人でいるとき、ふとこの弟のことを考えると真っ先に浮かんでくるのはこの嬉しそうに笑っている顔だった。
以前は何がそんなに嬉しいのか分からないことも多かったが、最近はなんとなくそれが分かってきたような気がする。
理屈ではないのだ。
ただ一緒にいるのが感覚として嬉しかったり楽しかったりする。
そんな感覚をバージルも時折感じるようになっていた。

「いつもこんなことしてんの?」
「ああ」
すっかり陽が落ちてからしばらく、二人は肩をぴたりとくっつけ合うようにして狭い窓から夜空を仰いでいた。
もう少しで満月になろうとする月明かりが彼らの顔を青白く照らしている。
その月とバージルの顔を交互に見やりながらダンテは小さな溜息をついた。
「月見て面白い?」
「ああ、面白い」
「何が?」
「月にはいろいろな神話や伝説があるからな。それを考えていると面白いよ」
「ふぅん……」
全く意味不明だとばかりにダンテは窓枠に置いた腕に顎を乗せてあくびをする。
「星が見えていればもっと面白いんだけどな。今夜は月が明るすぎる」
「へぇ……」
「神話の本とか読まないのか?」
あまりにふがいない返事にバージルは呆れる。
ちらりと視線を移せば夜空を見るどころか腕にぺたりと顔を乗せて目を閉じていた。
「まったく……」
こういうところはやっぱり大人とは違うんだなと思った。
こうして話しているのが大人のダンテだったら、きっと一緒に月や星の話をしてバージルの知らないことを教えてくれるだろう。
こんなふうに二人で夜空を見上げたことはないが、それでもそれは楽しいに違いないと思える。
今度ダンテと会ったら星の話をしようと考えたときだった。
「うわっ!」
いきなり抱きついてきたダンテの勢いに押されてバージルはどさりとベッドに倒れ込んでしまった。
いきなり視界がひっくり返ったことに驚いているとダンテが馬乗りになってじっとバージルを見下ろしている。
「なんだよ、お前はいつも……」
「だってバージル一人で楽しそうなんだもん」
「だったらダンテも星のこと勉強すればいいだろう? そうしたら一緒に星の話ができる」
「……学校に行ったらちゃんとやるよ」
ほんとにバージルは、と小さく文句を言いながらダンテはそのままバージルの胸に頬を乗せた。
「重いよ」
「あ……」
「どけってば」
「ねえ、声が響くよ。もっと何か喋って」
「…………」
「ねえ、喋っててば」
「ダンテの馬鹿」
それでもダンテはバージルの胸に耳を当てたままくすくすと笑っていた。
「すごい、何か音がする」
「心臓だろう?」
「心臓の音? こんな音がするの?」
「……だと思うけど」
それきりダンテは口を閉じてじっとしていた。
そうしていつまでたっても喋らないし動こうとしないダンテに、バージルは眠ってしまったのだろうかと思い少し首を起こしてその顔を覗いてみる。
いかにも満足しきった表情のダンテはやはり目を閉じていた。
「ダンテ?」
「ん?」
しかし意外にもすぐに返事が返ってくる。
「もう眠ってるのかと思った」
「ん、少し眠くなってきたかも。……すごく気持ちいいよ」
こっちは重いのにと文句を言いながらも、どういうわけかその重さをいつまでも感じていたいとバージルは思っていた。
「ねえ、バージル」
眠いというのは本当なのだろう、ダンテの言葉が少し舌足らずになっていてそれが甘い声音になっている。
「ずっと、一緒にいよう」
ぽつりと呟かれた言葉に、そんなの無理だと昼間のバージルだったら言っていたに違いない。
けれど今はそんなことを言いたくはなかった。
ベッドの上に投げ出したままの腕をそっと持ち上げてダンテの背中に置く。
規則正しく上下する背中の動きを感じながらもう片方の手を胸の上の頭に差し入れ、いつもダンテがしてくれるようにその柔らかい髪を梳いてみた。
指の間をするりと通る髪の感触は思いのほか気持ちよくバージルは何度もそれを繰り返す。
そうしているうちにいつしかダンテは眠りこんでしまったようで、僅かに開かれている唇からは静かな寝息がもれていた。
それでもバージルはダンテをそのままに髪を梳くこともやめず、頭上の窓から射し込む月の明りをじっと見つめていた。
明日になればダンテは屋敷を出て、それと入れ替わりのように今度はバージルが使用人として屋敷に入る。
初めてダンテと会ったときのことを思い出してバージルはそのときの自分の慌てように苦笑した。
同時に随分と変わってしまったとも思う。
ずっと一緒にいようというダンテの言葉はきっと叶えられないだろう。
古い土地に染みついた因習はそう簡単に変えられるものではない。
だったら自分はいったいどこへ行けばいいのか、見えない未来への不安に思わず身体が震えた。
『お前のことは必ず守るから』
ふいにダンテの言葉が脳裏を過る。
それを何度も頭の中で繰り返し思い出しながら、けれどバージルは目を閉じて小さく呟いた。
「無理だよ」
どうしてダンテたちはそんなことが言えるのだろうと不思議に思いながら、バージルはの指は無意識のように銀色の髪を弄び続けていた。

 

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2009/05/25


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