双子
 

「男児ですぞ!」
月明かりが煌々と差し込む長い廊下に医師の声が響いた。
落ち着かない気持ちを歩きまわることでしか解消する術のなかったスパーダがその声に振り向けば、重々しい扉から半分ほど身体を覗かせた医師の穏やかな顔がある。
「そうか……」
妻の初めての出産に緊張しきっていた彼は一気に力が抜けたような表情で一つ大きく息を吸い込んだ。
扉の奥から年配の女が白い布にくるまれた赤ん坊を連れてくる。
紋章をモチーフにした金色の刺繍が施されているそのおくるみは、代々屋敷の当主となる長男が生まれた時に使われてきたものだ。
その柔らかい布を慎重に受け取ったスパーダは眼尻に笑みを浮かべながら弱々しい鳴き声を上げている男児を見つめた。
「産み月より早目のせいか少しお身体は小さいようですが、とくにご心配におよぶようなこともないと思われます」
「ああ……エヴァは?」
「大変お疲れではいらっしゃいますが大丈夫ですよ」
「そうか……」
小さなおくるみに頬ずりするようにぎゅっと抱きしめてスパーダは大きな安堵の溜息をつく。
その様子に笑みを浮かべていた医師ではあったがすぐに表情を引き締めて父親になったばかりの彼に一歩近寄った。
そうして「実はまだ……」と耳打ちするように小さな声で告げようとしたときだった。
「先生!」
扉の奥から切羽詰まった声が医者を呼ぶ。
振り向けばさっき赤ん坊を連れてきた年配の女が不安そうな顔で扉を開けていた。
その表情に何を聞くまでもなく次第を理解したらしい医師は「少しお待ちを」と言い残して足早に部屋の中へと入って行く。
扉が閉められ廊下に取り残されたスパーダは、それでも腕の中で小さくもがくように泣いている我が子に視線を戻し初めて経験する幸福に浸っていた。

数分後。
再び開いた扉から医師に呼ばれたスパーダは部屋に一歩を踏みいれた途端、その光景に唖然として言葉を失った。
目の前に立つ医師がもう一つのおくるみをその腕に抱いている。
それを見つめてから彼は自分の腕の中に視線を落とした。
「やはり双子でした」
医師の沈痛な声に目を上げ部屋の奥のベッドを見れば、淡い蝋燭の光の中で妻が静かに眠っている。
ゆっくりと医師の傍に近づいたスパーダはただの白い布にくるまれたもう一人の赤ん坊を見つめた。
最初の子と同じように目を閉じ弱々しいながらも泣いている姿に「そうか」と呟きその小さな手に自分の指を触れさせる。
途端に赤ん坊は条件反射のようにその指をぎゅっと握ってきた。
「いかがいたしますか?」
医師の残酷な問いかけだった。
けれどそれに答えることのできないスパーダはただ無言で腕の中の赤ん坊を抱き、自分の指を捉えて離さないもう一人の赤ん坊を見つめながら佇んでいた。

 

 

双子は禍を呼ぶ。

それはこの地方では当然のことのように受け入れられてきたことだった。
とくに信仰の深い地域では迷信めいたことが過去において現実に起こったことのように伝えられていることも多い。
双子のことにしても医療の全く発達していなかった昔、多胎妊娠に耐えられなくなったため死産したことやあまりの早産になり産まれたものの無事に育つケースが稀だったということが、いつの間にか禍を呼ぶと言われるようになってしまったものだろうと地方の伝承や民族に詳しい学者たちは解釈していた。
けれど古くからある言い伝えはどれほど信憑性に欠けていたとしてもその地方にとっては既に変え難い不文律のようなものになっていることが多い。
スパーダが領主を務めるこの地にあってもそれは変わらず、双子が生まれた家は片方をひっそりと育てある程度の年齢になってから街へ労働者として売り渡すか、育てる余裕のない家はシティの教会などに赤ん坊を置き去りにして運を天に任せるといったことが当然のようになっていた。
そのとき対象になるのはいつも最初に生まれてきた赤ん坊だった。
先にこの世に出てくるのは同時に命を授かりながらももう一人を押しのけて出てきたという生命力の強さを表している。
であれば、その強さこそ大きな禍を呼ぶに違いないという考え方によるものだった。

 

医師にどうするかと問われたものの返事などできるはずもなく、スパーダはただじっと佇むことしかできなかった。
一度抱いてしまった我が子を手放せるわけもなく、ぎゅっと指を握ってくるもう一人も間違いなく自分の血が流れる我が子なのだ。
そもそも双子が禍の元だなどと信じているわけもなく、けれど領主たるものがそれを全く無視するということもできない。
ましてや民の中に根付いている信仰を自分の一言で覆すことなど到底無理だ。
かといってここで公に自分の双子を認めてしまえばどんな反発が起こるかなど目に見えている。
けれどスパーダの中に双子のどちらかを選択するなどという考えは爪の先ほどもなかった。
そうして長い時間黙り込んでいたスパーダは腕の中でいつの間にか眠りについていた赤ん坊の額にゆっくり唇を落とすと「大丈夫だ」と呟いて医師に決断の視線を向けた。
「その子にこれを」
傍にいた女に手伝わせ刺繍の入ったおくるみを剥ぎ、それで医師に抱かれていた子を包み込む。
代わりに質素な布でくるまれ直された腕の中の子に頬を寄せもう一度「大丈夫だから」と言って抱きしめた。
「このことを知っているのは先生と彼女だけ?」
医師と年配の女を交互に見てスパーダが尋ねる。
「はい。あとは奥様のみです」
「そうか……。先生、すまないがダンテを呼んできてもらえないか」
「かしこまりました」
軽く頷いた医師は女に赤ん坊を預けようとしたがそれをスパーダは遮りその子をも自分の腕に抱きとめた。
「大丈夫」
そうしてそれぞれの額に頬を寄せる。
「二人とも離したりはしないから」
やがて扉が開く音とともに医師と、その背後に長身の男が入ってきた。
男はスパーダの抱える二つのおくるみに気づき僅かに驚きの表情を見せたものの何も言わず後ろ手に扉を閉める。
「ダンテ」
無表情に赤ん坊を見つめる男とは裏腹に、スパーダは穏やかな笑みを浮かべて彼の傍に歩み寄った。

 

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2009/05/25


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