「お前なあ、あんまり隣にちょっかい出すのはやめておけよ」
「んっ……、なんですか、ちょっかいって……」
「とぼけんな、昼間のことだよ」
「だから何のこと……あぁっ」
既に限界に達しそうなほどに張り詰めているその先端を焦らすように弄ばれて、速水は天井を仰ぐように背筋をしならせながら嬌声を上げた。
同時にその身体の奥に納めていた欲望を締め付けられる衝撃に低く呻いてから、深町は一度深呼吸をしてなんとか達しそうになるのを抑える。
そうして波が過ぎ去るのを待ち視線を上げて自分の上に跨っている速水を睨みつけた。
「馬鹿ヤロ……、キツいだろうが」
「あなたがそんなこと、するから……っ」
「そんなこと? イイくせに」
激しいほどに甘い刺激に揺れる腰をしっかりと押さえながら、深町は更に感じる場所を突き上げてその表情を見つめる。
「も…やっ、あ、あ……っ」
もう耐えられないというように腰に添えられている両手をしっかりと握り締め、それでも深町の動きに合わせて身体を揺らしていく。
互いに容赦のない欲望に速水が先に達し、続けて深町がその後を追った。
背筋を突き抜ける快感に震えながら速水はぎゅっと目を閉じて、それが緩やかなものになっていくのをじっと待つ。
深町も同じように大きく胸を上下させて軽く目を閉じながら荒い息をついていた。

「だから、あまり覚えてないって言ってるじゃないですか」
「ホントかよ、それ?」
「本当です。気がついたらベッドにいて部屋は暗くなってるし、驚いて隣に行ってみればもうお開き直前だし……」
はぁ、と大きくため息をついて速水は恨めしそうな視線を隣に向けた。
「始めるときに起こしてくれればよかったのに」
「起こしたぞ?」
「どうせちょっと声かけた程度でしょ。あなた面倒くさがりだから」
「……俺のせいかよ」
まったく、と呟きながら深町は半身を起こして煙草を取り出しそれを咥えた。
それをぼんやりと見ていた速水だったが、ライターに火を点けようとする様に慌てて起き上がり咥えていた煙草を取り上げる。
「寝煙草は禁止でしょ」
いつも手近に煙草を置いてはいるが、ベッドにいるときだけは咥えても火を点けることはなかった。
「なんだよ」
が、今日は不貞腐れたような顔をして再度煙草を取り戻し慣れた手つきでそれに火を点けてしまう。
眉を顰めている速水に深町は気持ち良さそうに煙を吐き出して呟いた。
「今日はお前の言うことは聞かんからな」
「もう、子どもじゃあるまいし」
「うるせぇよ」
もう一度大きく吸って吐き出し、たったそれだけで小さな灰皿に煙草を押し付けてしまった。
普段置いてない灰皿がそこにあったということは、深町は始めからここで煙草を吸うつもりでいたのだろう。
あえて禁止だと口うるさく言っている速水に見せるために。
「まったく……」
呆れたように小さく息をついた唇を塞がれる。
それはすぐに深い口付けになって、さっき欲を解放したばかりのそこに手が伸びてきた。
「んっ……、ちょっと、またやるんですか?」
無理やり唇を離した速水が非難めいた言葉を口にしたがそれは思いきり無視される。
「待ってくださいって……っ」
「うるせぇ。今日はお前の言うこと聞かないって言ったろ?」
両肩に手を置いてその身体をシーツに押さえつけながら、深町はにっと笑みを見せて抗議を続けようとした唇を吸い上げた。

 

 

 

 

「よお」
背後から聞きなれた声が飛んできて、エントランスから出ようとしていた尾栗が振り返るとそこに出勤姿の深町と見送りをするための速水の姿があった。
「おはようございます」
反射的に調子よく挨拶をしたものの、「おはよう」とにこやかに笑みを浮かべている速水の表情を見て康平は思わず眉間にシワを寄せてしまった。
それでもなんとか営業マンの自制心でもって笑顔を作り出してみせる。
「あれ、菊池くんはどうしたの?」
いつもエントランスホールまで一緒に出てくる雅行の姿がないことに速水が周囲を見回してみせる。
お前が言うな、お前が……と思いながらも「そろそろ来るんじゃないですか?」と白々しい口調でエレベーターの方に目を向けた。
それにつられて深町と速水が振り返ったところに上から降りてきたエレベーターの扉が開いて、案の定、その中から慌てた様子の雅行が出てきた。
「こうへ……、あ、おはようございます」
一緒にいた二人の姿を認めて思わず立ち止まり軽く頭を下げる。
それから足早に康平の側に寄って、手にしていた携帯とカード入れを乱暴に押し付けた。
「お、サンキュ」
「こんなもの忘れるな……」
「いやぁ、ほとんど徹夜だったじゃん。なんかボーっとしちゃって」
あはは、と後ろ頭をかきながら笑う康平をじろりと睨みつけてから雅行は「じゃあな」と俯き加減でエレベーターに戻ろうとした。
が、
「どうしてマフラーなんかしてるの?」
という速水の問いに思わず足を止める。
「まだそんなに寒くないだろう?」
続けてくる深町の声に雅行は気まずそうに首に巻きつけていた薄手のマフラーに手をかけた。
「あ……、少し風邪っぽくて……」
視線を伏せながら呟く雅行に康平がくすりと小さく笑う。
途端にきっと睨みつけられたがそんなもの気にするふうもなく、康平は「んじゃ、行ってきまーす」と手を振ってエントランスに足を向けた。
それに続いて深町も「じゃあな」と後を追う。
「行ってらっしゃい」
外に向かう二人の背中に明るい速水の声と、ぼそりと呟くような雅行の声が重なった。

「マフラーの下、気になるね」
二人が出て行ってしまった後、速水がそう言いながら悪戯そうな笑みを浮かべてその首元をくいと引っ張った。
「ちょ……っ」
緩くほどけたマフラーの下に、あちこちに紅い跡を残した肌が顕になる。
くすりと笑う速水に眉を顰めながら雅行は慌ててマフラーを首に巻き直した。
「彼の言ってた『徹夜』って、そういうこと?」
「…………なんでもないですよ」
こうなっては何を言っても無駄だとエレベーターの方に足を向けて強引に話を終わらせようとする。
「こういうの、持ってないの?」
そう言いながら速水が追いかけてくる。
思わず振り返ってみると、彼はハイネックで隠されている自分の首のあたりを指しながら、
「まあ、薄手といってもセーターだってまだ早い時期だけどね」
と笑っていた。
「でもマフラーよりは不自然じゃないと思うよ?」
と首を傾げながら付け加える。
「…………善処します」
そうして部屋の階のボタンを押しながら雅行が小さくため息をついた途端、速水はそっと顔を寄せてその耳元に囁いた。
「君がホイップしてくれた生クリーム、今度はちゃんと味見させてもらいたいな」
「……………………」
こういう状況で何を言えばいいのかとひたすら悩む雅行と楽しそうに笑いを堪えている速水を乗せたエレベーターは静かにそのドアを閉じた。

 

 

「あいつがちょっかい出したみたいで、悪かったな」
並んで駅に向かう途中で深町がぼそりと呟いた。
「酔うとどうも癖が悪くていけねぇ」
ぼりぼりと首の後ろあたりをしきりにかきながら、あらぬ方を向いてため息をついている。
「まあ、雅行も押しに弱いところありますからね……」
同じように康平もため息をつく。
「にしても、そっちは徹夜で泣かせてたのか?」
「うわ、深町さん。その言い方、おやじ臭いですよ」
「俺はおやじだからいいんだよ。マフラーの下にちょっと見えたぞ、紅いの」
「あはは……」
「困ってたじゃねぇか、可哀想に」
「ま、おしおきってことで。どうしても部屋から出たがらないからわざと携帯置いてったんですよ。あいつの性格からして、忘れ物は許せない性質だから」
「で、俺たちに見せ付けようってか?」
「見せ付けるっていうか、俺の自己満足です。……ガキみたいですけど」
そう言って俯いた表情には僅かに自嘲の笑みが浮かんでいる。
それに気づいた深町は康平の頭をがしがしと掴んで「いいんじゃねぇか、それで」と笑ってやった。
「にしても、深町さん。そっちももしかして寝てません? 目の下、クマできてますよ?」
自分より高い位置にある顔に視線を投げながら康平はその目元を覗き込んだ。
「あ? ああ……、まあ、なんだ。こっちも似たようなもんだ」
慌ててその視線から逃げるように深町は顔を逸らす。
「速水さんはすごく元気そうでしたけど……?」
なおもじっと見つめてくる康平に深町は再度その頭を掴んでがしがしとしてから今度は乱暴に突き放す。
「…………歳の差ってもんがあんだよ」
「ミイラ取りがミイラですか?」
「それちょっと使い方違うだろ。もちっと勉強しろ」
そうして「ちっ」と舌打ちをしてどんどんと速度を速める深町の後を、康平は小さく苦笑してから慌てて追いかけていった。

 

 

『なーにが、覚えてないだよ。
 絶対に覚えてるに決まってるじゃねぇか。
 だいたいお前が酔って記憶なくすなんてこと、
 今まで一度だってねえだろうがよ。
 まったく……。
 …………………………。
 一人で元気な顔しやがって。 
 甘ったらしいこと言うのはガラじゃないんだからな。
 それくらい分かれってんだよ
 …………くそ、眠いじゃねぇか』

 

 

『雅行のやつ、結局口割らなかったよなぁ。
 やっぱ頑固だぜ。
 にしても二人で残してきちゃったけど、大丈夫かよ。
 ほんとに、何であんなに押しに弱いかなあ。
 仕事じゃガチガチに真面目なくせに。
 でもなあ、そういうとこも可愛いと思うんだから……。
 あぁー、溜まんねぇ。
 すっげぇ、好き』

 

 

... end
 

 

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