晴れ渡った1月の海岸沿いに尾栗と菊池は駅前で調達したレンタカーを走らせていた。
長く続く海岸線からは僅かに波立つ海が気持ちいいほどに広がっている。

海など飽きるほどに見ているくせに、それでもやっぱり海が見えると嬉しくて、どっちが運転するかをジャンケンで決めた。
無事に助手席を確保した菊池はウィンドウ越しに射し込んでくる眩しい光に目を細めながらも、あちこちに小さく白い波を立てている海原を見つめていた。

雑誌に載っていた伊勢海老カレーを出す店で昼食を取って、そこの駐車場に車を止めたまますぐそばにある岩場に下りてみる。
潮が引いている時間なのか短い砂浜の先の岩が随分と露出していて、それを見た尾栗は嬉しそうにぴょんぴょんと岩の上を次から次へと渡り始めた。

「雅行も来てみろよ、なんか魚とかいるぞ」
興味深そうに腰をかがめたままの尾栗に呼ばれて、まんざらでもない菊池は「ああ」と答えて岩の上を渡っていく。
海の上にいる時間が多いのは確かだが、こんなふうに岩場で遊ぶことなどいつ以来だろうか。
尾栗の隣に座り込んで足元の潮溜まりを覗くと、縞模様の小さな魚やカニがちょろちょろと動き回っていた。
「あー、何これ?」
素っ頓狂な声にふと顔を上げると「ほらほら」と尾栗が隣の潮溜まりを指差している。
「ラーメン捨てられてる?」
指の先を見ると、確かに黄色っぽいラーメンが落ちていた。
が、菊池は驚いている尾栗に苦笑しながら、
「アメフラシの卵だよ」
と教えてやった。
「えっ、マジ? あれが卵!?」
「ああ、アメフラシだったかウミウシだったか忘れたけど。とにかくそういうやつの卵」
「どう見たってラーメンだろ、これ……」
場所を移って信じられないとばかりに指を伸ばしてつついている尾栗の姿はまるで子どものそれだった。
「俺たちがいつも見てる海とは全然違うよなぁ。艦の上からじゃこんなの見られねぇもん」
「そうだな」
「いっちょまえの船乗りのつもりでもさ、やっぱ知らないこといっぱいあるよな」
「ああ」
穏やかだったり荒かったり、優しかったり怖かったり。
子どもの頃に図鑑で深海の様子を描いたイラストを見て以来、菊池はずっと海に惹かれ続けていた。
表面から見ただけでは見えないものを抱えている海に憧れていた。
何度海に出てもそれは変わらず、それどころかますます海を知りたいと思っている自分に気づく。
「本当だよな」
とぽつりと呟いて、菊池は冷たい潮溜まりの海水に指先を浸してみた。

「雅行、たんぽぽだ」
「は?」
また突飛もない言葉に隣の尾栗を見ると、口を僅かに開けたままぽかんと中空を見ている。
「なに?」
「だから、たんぽぽ。っていうか、たんぽぽの綿毛?」
ほら、と言って差し出してきた尾栗の指先には小さな小さなたんぽぽの綿毛が抓まれていた。
「ほんとだ……」
そうして周囲を見回してみると、確かに白く小さなものがふわふわと飛んでいた。
「今、1月だよな?」
目の前を飛んでいく綿毛を不思議そうに眺めながら尾栗が呟く。
「ああ……、でもこのへんは暖かいから……、菜の花も咲いてたし」
「でも綿毛ってことは、花はもう咲いちゃったってことだよな?」
「そうだな」
「はや……」

冷たい風に乗ってふわふわと漂っている綿毛はそれだけでとても不思議な存在だった。
しばらく無言のままに白い綿毛を見つめていると、ふいに尾栗が菊池の前髪に手を伸ばしてくる。
「……っ」
驚いた菊池は思わず肩を竦めて目をつぶってしまった。
少しの間のあと「ほら」と言われてそっと目を開けると、差し出された指先にはやっぱり綿毛が抓まれていた。
「ついてた」
しかしよく見れば尾栗の髪にもぽつぽつと白いものがついている。
「康平の方がたくさんついてるよ」
え? と上目遣いになって自分の髪を見ようとしている尾栗が可笑しくて笑ってしまう。

たった一日の休日。
滅多に会うことのなくなった相手と過ごすにはあまりに短すぎる時間。
それでも真冬に飛ぶ綿毛を見たことは、きっと……

 

―― いつまでも忘れないよな。

 

 

(1.1.2006)


栗菊、童心に返ってみたり ..:*・☆

 

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