君は高嶺の花?
 

 

「なぁ、洋介。なんだと思う?」
「さあな」
「ちょっとは考えて返事しろよ」
「また説教されるようなことでもしたんだろ?」
「してねぇよ。だいたい雅行の説教はその場で始まるじゃないか」
「だったら……、ものすごく長い説教だな」
「…………マジかよ」

菊池から明日時間を取ってくれと言われたのはついさっきのことだ。
角松や他の同期たちも交えて一緒に外出したことはあるものの、菊池と二人きりなんてことは今まで一度もなかった。
ましてや菊池から声をかけてくるなんて、考えてもみなかったことだ。

菊池が単純に自分を遊び目的に誘うことなどあり得ないと思う。

雅行が俺に相談、……なんてしないよな。
バイクを一緒に見てほしいとか、……それもないな。
あ、もしかして参考書とか買わされる?、……ありかも。
なんだか前に参考書がどうのって話をしてたような気がするしなぁ。
でもだったら、あの場で目的を言ってもよさそうだよな。
それに、なんかあいつにしては歯切れが悪かったような気も……。

あーっ、わっかんねぇ。

そうやってぶつぶつと考えながら行き着いたのが角松の所だった。

「洋介、ホントに何か心当たりないのか?」
「あのな、誘ったのは雅行だろう。俺に理由を聞くなよ」
「そうだけど……」
角松の言葉が当然なのは分かっているのだが、どうにも落ち着かない尾栗は唇を尖らせてじっと角松を見てくる。
まさに子どもが拗ねたような表情で。

角松にしてみればそんな尾栗の様子がおかしくてたまらない。
尾栗と話せと菊池にけしかけたのは他でもない自分なのだから。
また菊池にしても昨日の今日で実行に移す素早さ、というか真面目さがいかにも菊池らしいと思う。
本人たちには悪いがここは少し楽しませてもらおうと、角松は特等席からの傍観を決め込んでいた。

「いっくら考えても分かんねぇ」
「だから長い説教だって」
角松がからかうようにニっと笑う。
「うーん、そうなのかなあ」
「お前も懲りないよな」
「ん?」
「いい加減、直そうって気はないのか? この前のいざこざは俺にも理解できるけど、飯んときに注意されるのはもういいだろう」
菊池が尾栗の行動に口を出すのは他の学生と問題を起こしたときだけではなかった。
構内で一緒に過ごす時間が多くなってからは、食事中に肘をつくなとか口にものを入れたまま喋るなとか、課業中は居眠りはするなとかペンを回すなとか……。
尾栗のそんな癖のようなものが菊池にはいちいち目について仕方がないらしい。
『康平……』という溜息交じりの菊池の声を聞くことは既に日常茶飯事になっている。
「そう言われてもなあ……」
「雅行を本気で怒らすと怖いぞ」
「え、そんなことあったの?」
「いや。でも冷静なヤツがキレると怖いと思わないか?」
「……まあ、な」
「だったらお前も少しは考えろ。そんなことになったら宥め役は俺だろ?」
そんな状況を想像してみると、確かに怒った菊池は怖そうだし、そんな彼を静めるのは角松の役目かもしれない。
とういうか、菊池の交友関係を考えると角松しかいないだろう。
尾栗は溜息をつくと脱力したように顎を上げて中空に視線を漂わせた。

「でもさ……」
そうしてぽつりと呟く。
「なんか、いい感じなんだよな」
「ん?」
尾栗の視線はどこを見ているでもないらしく、口元には薄っすらとした笑みが浮かんでいた。
「なんかさ、世話焼かれてるみたいで、いい感じ?」
ちらりと角松に視線を合わせて、しかしすぐに尾栗はまたあらぬ方向を向いた。
「俺、どっちかっていうと人の面倒見てきた方が多いような気がするんだよな、これでも。妹のことも、仲間うちでも」
子どもの頃、母親が仕事で遅くなるときはいつも康平が5歳下の妹の面倒を見ていたし、中高の仲間内でも妙に下の者に懐かれていた。
周囲の者もそれは承知していたのだろう。
気がつけば尾栗は仲間たちから頼られるような存在になっていたし、そんな彼に食事中のマナーや授業態度を嗜めるような者はいなかった。

「なんか、いいよなぁって」
そう言いながら尾栗が笑っているのは照れ隠しなのだろうと、自然と角松も一緒に口元を緩めた。
「雅行って見た目も中味も思いっきり優等生じゃん。そんなやつと一緒になることなんて今までなかったし、むしろそういう連中には軽蔑されて当然って感じだったからな」
尾栗の笑みが一瞬自嘲に変わる。
が、それもすぐに消えてしまった。
「だからさ、なんか妙に嬉しいんだよ。今みたいな状況?」
「お前……」
よく考えればそれは素直すぎて恥ずかしいセリフのように聞こえて、しかしそんなことをさらっと言ってしまえる尾栗に角松はささやかな尊敬の念を覚えていた。
「お前、マゾか?」
「なんだよ、それ」
角松がからかうと尾栗は見事に引っかかってきてくれる。
「洋介、人の話ちゃんと聞いてるか?」
「ああ、聞いてる」
笑いながらそう言う角松に、さすがに尾栗もからかわれていると気がついた。

結局、角松に聞いても埒が明かずいくら考えてもこれといったことに思い当たらない。
夕食時に当の菊池と顔を合わせても改めて目的を聞くことはできなかった。

***************

 

朝からどんよりと曇ってはいたものの、防波堤沿いには家族連れや若者の姿が見られる。
そんな中を周囲の雰囲気に合わせてか、二人とも構内にいるときよりも幾分ゆっくりとした足取りで歩いていた。
ここまでは何気ない会話できたものの、一旦それが止まってしまうと次に何を話していいのか分からなくなり、尾栗はすれ違うカップルや子どもに視線を送っては落ち着かない気分になってきた。
ちらりと隣の菊池の表情を窺ってみると、彼は何かを考え込んでいるのか眉間が僅かに寄せられている。

ふいに尾栗は背後に小さな衝撃を受けてよろめいた。
「え!?」
驚いて振り返ると、幼稚園くらいの男の子がすぐ後ろにいて尾栗を見上げている。
「すいません」
状況を把握する前に女性が男の子の手を引いて「こら、よそ見しないの」と小声で言った。
きっと子どもがよそ見をしながら走ってでもきたのだろう。
尾栗はまだ自分を見上げている男の子の頭をくしゃりと撫でて、「大丈夫ですよ」と笑ってみせた。
すいません、と女性はもう一度頭を下げてその場を離れて行く。
「アイスを持ってなくてよかったな」
男の子の後ろ姿を見送っていると、同じように視線を送っていた菊池のなんとなく和らいだ声が耳に入ってきた。
「アイス? ああ……」
尾栗は突然思い出したようにくすりと笑った。
「お前、やられたもんな」
菊池は以前、同じように子どもにぶつかられ、その子が手に持っていたソフトクリームを見事に制服のズボンにつけられてしまったことがある。
その時のことを思い出したのか、菊池の顔にも笑みが浮かんだ。
それは苦笑といえるものだったけれど、しかし硬かった菊池の表情が崩れたことは間違いなく、これ幸いと尾栗は話を切り出した。

「なあ、今日の目的って、何?」
「ああ、……うん」
その問いに一瞬、菊池の表情が元に戻ってしまったような気がした。
同時に、すぐ視線を伏せて菊池はぽつぽつと小さな声で口を開く。

「康平、俺はさ、……なんかお前のこと、なんとかしたいんだよ」
「はぁ?」
まるで意味不明の言葉に尾栗は唇を半開きにしたまま、ぽかんと菊池を見つめた。
「いや、だから。なんて言うか、心配っていうか……」
「うん……」
「お前は人に好かれる才能があるのに、なんでトラブルを起こす? 俺達はいずれ仕官になって部下を持つようになるんだぞ? それも普通の会社じゃない、自衛隊でだ。それが分かってるか?」
「ああ、もちろん分かってるよ」
「本当に?」
「本当だ」
「俺には、どうしてもお前が浮ついてるように見えるときがある」
菊池は小さく息を吐いて尾栗を見つめた。
「なあ、康平。お前のこと、聞かせてくれないか。どうして自衛官を目指したのかとか、これからどうしていきたいのかとか……」
尾栗は刺すような菊池の視線を受けて数度瞬きをしてからニっとした笑みを見せた。

***************

 

「おうっ、洋介! 今日も絶好調?」
背後からがばりと抱きつくようにしながら尾栗が角松をつかまえた。
「今日もテンション高いな」
「おうよっ!」

昨日の夜、角松は「雅行とのデート」から帰った直後の尾栗につかまり、はしゃぐ彼の相手をさせられた。
優等生の菊池が自分を気にかけてくれていたと、にこにこしている尾栗の話を角松もまた苦笑交じりに聞いてやる。
もう片方の菊池はとくにいつもと変わりなく、夕食の席では相変わらず尾栗に食事のマナーを説いていた。
それでも説教中、尾栗に対する菊池の表情が多少なりとも和らいでいるように思えて、「やっぱりこいつら面白いな」と角松は一人心の奥で笑いを堪えていたのだ。

「あっ、雅行みーっけ」
言うが早いか尾栗は角松の背中を離れて、今度は少し先を歩いていた菊池の背中にじゃれついた。
「うわっ、こら! こんなところでふざけるなっ!」

尾栗の勢いに押されてよろけている菊池の姿を見ながら角松は二人に近づいていく。

「なぁ、雅行ぃ、今度のデートいつ?」
「デートじゃないっ」
「今度は買い物でもしようぜ」
「人の話を聞け」

「康平、雅行」
呆れながら二人に追いついた角松は幾分きつい口調で声をかける。
「いい加減にしろよ」
そうして手にしていた本を掲げると、その背表紙で二人の頭をこんこんと続けて叩いてやった。
尾栗は「あ、このヤロ」と呟き、菊池はばつの悪そうな顔を見せてから「康平……」と尾栗を睨んだ。
「俺じゃないだろ、洋介だろ、この場合」
「元はお前だ。だいたいお前は落ち着きが足りない」

どんな話をしたにせよ、菊池の説教はこれからも続いていくらしい。

 

(5.14.2005)
 

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栗菊3作目です。
今回は栗から見た菊。
実は菊にかまってもらうのが嬉しい栗です。
「遊んでくれぇ」って尻尾ふってる犬コロのようなもの。
たまにオイタが過ぎて菊に怒られたり。
……それじゃあ、栗がバカっぽいですか?(笑)
そんな二人を温かく見守る松、っていうシチュエーションが大好きです。