「ほら、腕上げて」

雅行に促されて康平は右腕を少し上げた。

「もう少し上げないと洗えないだろ」
二の腕あたりを掴んで更に上に持ち上げさせると、雅行は泡のたっぷりついたタオルを目の前に晒されている脇の下に滑らせた。
「うわぁ、くすぐってぇ」
反射的に閉じようとする脇を「こら」と言って開かされる。
「自分で洗ってる時はなんともないのになあ……」
「自分で洗って自分で感じてたら世話ないな」
背後でくすりと笑う気配を感じて、この時点で康平は雅行の様子がいつもと違うことを感じ取っていた。

 ―― 少し飲みすぎてるからか?

前の鏡を見れば、そこにはやけに楽しそうに康平の身体を洗い始めた雅行がいる。

 ―― でも、これはこれで美味しいシチュエーションじゃね?

にまっと鼻の下が伸びそうになるのを、康平は慌てて引き締めた。

 

 

その日、夕食を済ませて雅行が一通り片づけを終えたところで風呂に入った康平だが、まさかこういう展開になるとは思ってもみなかった。
シャワーを使っているところに「背中流してやるよ」と雅行が浴室のドアを開けたのだ。
これまでにも一緒に入ろうと誘ったことは何度もあったのに、成功したのはたったの一回。
雅行から入ってきたことなど一度もない。
それだけに嬉しい反面、何か裏でもあるのかとしばらく様子を窺っていたのだが、当の雅行は口元を緩めて嬉しそうにボディソープを泡立て始めたのだ。

「ほら、ちゃんと腕上げてろよ」
「なんか新婚さんみたいだよなぁ」
「新婚? まあ、一緒に住むようになって3ヶ月だからな。新婚っていうのも間違いじゃないかもな」
「うわぁ、雅行がそんなこと言うなんてびっくりだな」
「そうか? なんなら、このまま新婚さんごっこでもするか?」
「はぁ? 新婚さんごっこって……、え、ちょっ……!?」
ふいに雅行の手が伸びてきて康平の鎖骨から胸のあたりに触れてきた。
泡の付いている掌が滑るように動き回り、やがて一点をみつけてゆっくりと弄び始める。
「あの……さ、雅行。酔ってる?」
「多分な」
同時に耳を舐められて思わず息が詰まった。
耳に吐息と舌を差し入れられ、焦らされるように胸を摘まれ、たったそれだけのことなのに康平の身体がすぐに反応を見せ始める。

 ―― 今夜はどれくらい飲んでたっけ?

食事前に康平に付き合って350の缶ビールを1本空けていた。
その後、食事の用意をしながらカウンターに置いてあった缶を時折口に運んでいたのを見たが、あれは空になったのだろうか。

雅行もこう見えて酒は好きだ。
酒が好き、というよりは飲んでいるときの雰囲気が好きなのだと本人は言う。
そのせいか部屋で康平の晩酌に付き合っているときでも飲みすぎるということはなく、いつも顔色を変えずに康平の一日の仕事の様子などを頷きながら聞いていたりするのだ。
それでも稀に酔いが回るくらいまで飲むときがある。
そうなると何がおかしいのか突然くすくすと笑ったり、人のグラスに手を出してきたりする。
そうして更に酒が進むとそのまま寝入ってしまうのだ。

康平にとって一番面白いのがその笑い出すあたりだ。
しかしどれくらいのアルコール量でそうなるのかがいまいち把握できていない。
しかもそんな状態に陥るのには本当に微妙な量の差があるらしく、突然笑顔がこぼれたかと思うと「眠い」と呟きながらベッドに潜り込んでしまったりする。

まさに今の雅行がそのご機嫌の状態にあるのは間違いなく、康平は懸命に頭の中で空いたビールの缶を数えようとしていた。
が、身体のあちこちを雅行の手が滑るものだからとても記憶をたどることに集中できない。
「なあ、雅行?」
「ん?」
「さっきさ、ビールどれくらい飲んだ?」
「んー、忘れた」
まだ泡のついていない肩口に唇をつけたまま答えて、雅行はまた小さく笑った。
「2本は空けた?」
「だから忘れたって言ってるだろう」
唇の触れている部分に僅かな痛みを覚える。
鏡を見ると雅行は目を閉じて康平の肌にぽつぽつと紅い跡を残していっているらしい。
とりあえず背後の酔っ払いに好きなようにさせておきながら、もう一度風呂に入る前の雅行の行動を思い返そうとした。
が、そのとき腰の辺りを彷徨っていた手が康平の中心に伸ばされる。 「あのぉ、雅行さん。それ、されちゃうとちょっとマズいんですけど……」
何が、と呟きながらも雅行の指は熱を持ち始めているそこに絡みついてくる。

 ―― 仕事、持って帰ってきちゃってるんだよなぁ。

明日の朝のミーティングで使うヤツだから絶対に今夜中に上げないといけないんだぞ。
あぁ、でも俺、すっかりその気になってるし。
だいたいこんな雅行目の前にして我慢できるはずないよなぁ。
とりあえずヤる前に目覚まし4時にセットしておけば……、うん2時間もあればまとめられるはずだ。
だいたい、どうよ、この雅行ってば。
このままいけばすげぇ乱れちゃったりして……。

雅行の悪戯っぽい指に翻弄されながらも、康平の頭の中では仕事の件も早起きをするという単純な方法を見つけて納得し、あとは風呂場で少しいちゃいちゃしてそれからベッドに行って……とこれからの行動をシュミレートして楽しんでいる。
肩口にかかる雅行の吐息も、さきほどよりずっと熱く激しくなってきてるように感じた。

 ―― 俺って、マジで幸せもんじゃねぇ?

そうして僅かに振り返って雅行の唇を捕らえようとしたそのとき、康平の背中にその雅行がぐったりとよりかかってきた。
「雅行……」
甘えてふざけているのかと思った康平は、仕方ないなあとばかりに半分濡れかかっている雅行の髪をがしがしとしようとしたのだが……。
「雅行……?」
康平によりかかっていた身体がずるずると崩れていった。
「おい! ちょっと、大丈夫かよっ!?」
慌てて雅行の身体を支えて顔を覗き込む。
浅い息を繰り返しているのは、どう見ても性的な興奮からではない。
「まさか……、のぼせたのか?」
とりあえず浴槽の縁に腰を下ろさせ、シャワーを水に変えて足元にかけてやる。
その冷たい感覚にゆっくりと雅行の瞳が開いて、すぐ側に膝をついている康平を見下ろしてきた。
「大丈夫か?」
「気持ちいい……」
「まったく」
「康平」
「ん?」
「好きだ」
「……………………」
「康平?」
「……ほら、身体拭いて。ベッド行って少し寝てろ」
「ベッド行ったら、したい」
バスタオルを取りに立ち上がった康平に縋るように抱きついてくる。
両腕を首に回して、肩口にぎゅっと頬を押し当ててくる。

「雅行。自分の言葉に責任持てよ?」
僅かに頷く。
「ベッド行った途端、寝ちまったりするのはナシだからな」
もう一度頷く。

康平は手を伸ばしてバスタオルを取り、そっと雅行の身体を包んでやった。

 

 


甘ったれの雅行を書くのはとっても楽しいです。
お前、幾つだよ! と言いたくもなりますが、お風呂の雅行はどう見ても
高校生なので、まあいいでしょう(笑)。
何より、雅行が幸せならそれでオールオッケーなのです。
(8.9.2005)
 

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