「まさゆきぃー、まぁーさぁーゆーきぃ〜?」
キッチンにいる雅行の耳に、さっき風呂場に行ったばかりの康平の声が聞こえてきた。
シャンプーやボディソープがまだ切れていないのは昼間に確認したばかりだ。
康平に風呂場から呼ばれるとロクなことにならないと既に見切っている雅行は、とりあえず聞こえないふりを決め込んで食事の後片付けを続けいていた。
それでも康平の声は止むことがなく、いつまでも騒がれていては煩いだけだと諦めた雅行はため息をついて風呂場のドアを開けた。
「なんだ、うるさい」
少し声を低めに脱衣所の先の曇りガラスのドアをあける。
「なっ……! 康平、なんだその色は!?」
雅行の目に飛び込んできたのは濃いピンク色をしたバスタブだった。
というより、湯がピンクに染まっているというべきか。
その中に身体を沈めた康平が嬉しそうにこちらを見上げている。
浴室内には、仄かに甘いフローラルの香りが漂っていた。
「今度は何の入浴剤だ?」
ドアに背を預けたまま雅行が少し呆れ顔で聞く。
風呂好きの康平はよく入浴グッズや入浴剤などを買ってくる。
定番の温泉の元から何に使うんだ?と頭を捻ってしまうようなものまで、あれこれと買い込んできてはこうして嬉しそうに雅行を呼んだりするのだ。
「ちょっとこっち来てみろよ」
「足が濡れるから嫌だ」
「脱いじゃえばいいじゃん」
「遠慮する」
無愛想に雅行が答えてドアを閉めようとした瞬間、首のあたりにぴしゃりと暖かいものが飛んできた。
あっ、と思ったときにはもう遅く、続けて足元の辺りにもそれが飛んでくる。
しかしそれはただの湯ではなく、暖かく触れたものが首筋をゆっくりと伝い落ちてくるのを感じた。
思わず手で触ってみる。
ぬるりとしたものが指先に触れて、雅行は慌てて自分の指を凝視した。
「なんだ、これは?」
それのついた指先を摺り合わせてみると、淡いピンク色をしたものがトロリと指を伝い落ちていく。
「ゼリーだよ」
「なに?」
視線を向けるとバスタブの中の康平は楽しそうに「ほらー」と言いながら腕を上げて見せた。
指先や肘からゆっくりとピンクの液体が滴っている。
「面白いだろ?」
無邪気に得意満面の笑顔を見せる康平に、雅行は大げさなため息を向けてやった。
「お前は面白いかもしれないがな。誰が掃除をするんだ、誰が? お前がやってくれるのか?」
「大丈夫だよ、そこの溶剤を入れればちゃんと湯に戻ってそのまま捨てられるんだって」
康平の指差す先の出窓には小さなボトルが置いてある。
それにチラリと目を向けてから、
「じゃあ、ちゃんと湯に戻しておけよ。それから出たあとは新しい湯を入れておけ」
と言い残してドアを閉めようとした。
「あっ、雅行ぃ。一緒に入ろうってば」
「お前と一緒に入るといいことないから嫌だ」
この前は無理な体勢を取ったせいで滑って頭をぶつけたし、その前はのぼせて行為の最中に鼻血を出してしまった。
きっと今度だって……。
しかし過去の過ちを反省する雅行を無視して康平は嬉しそうにはしゃいでいる。
「えぇ? だって服だって濡れちゃったじゃん。いいから来いよぉ」
「誰がやったんだ、誰が!?」
「後の掃除は全部俺がやるからさあ。ほら、雅行が入ると思ってこれだけしかお湯入れてなかったんだぞ?」
確かに浴槽には半分ほどしかピンクのゼリーは入っていない。
雅行が入ればちょうどいいくらいになるのだろう。
「本当に全部掃除するか?」
「するする」
「排水溝までちゃんとやるか?」
「やるやる」
「………………」
なんだかんだと言いながら少し興味を覚えていた雅行は、わざと眉を顰めて見せてから一旦軽くドアを閉めた。
「うわ……、なんか、これ……」
「妙な感じだろ?」
「なんというか……、微妙だな」
ゆっくりと身体を沈めると暖かいゼリーが肌の上を這うようにまとわりついてくる。
全身にくすぐったい感覚が走って雅行は僅かに身体を緊張させた。
暖かい胸に背中を預けて落ち着くと、さっき康平がしていたように腕を上げてみた。
指先から滴ったゼリーが落ちて再び浴槽の中に戻っていく。
「面白いだろ?」
康平は何度もゼリーをすくい上げては滴らせている雅行を後ろから抱きしめて耳朶に唇を寄せた。
そのまま掌を身体のあちこちに這わせてみる。
「康平……っ」
肩を竦めた雅行が好き勝手に動き回る腕を掴んで止めさせた。
「ん? 感じちゃうって?」
「っていうか……、なんか、やっぱり微妙……」
「普段と違っていいじゃん」
何度も重ねてきた行為でも、さすがに身体中をゼリーに浸して愛撫されるなど初めてのことで、確かに康平の言う通りいつもと違う感覚に雅行も身体の奥が熱くなってくるのを否定はできない。
胸やわき腹を探られるたびに響いてくる粘着質な音が浴室に響く。
その音の記憶はあっという間に雅行の気持ちを押し上げて、気がつけば緩い快感に乱れた息遣いがその音に混じり始めていた。
「このまま、やっちゃおうか?」
身体を擦り付けるように抱きしめると、雅行のそこに康平の堅い熱が当たった。
そのまま秘密の場所を焦らすように小さく腰を揺らしてやると、康平の腕を掴んでいた雅行の手にぎゅっと力が入ってくる。
「こう…へ……」
背後にいる康平に雅行の表情は見て取れないけれど、きっと唇を噛んで目を閉じて、この後に訪れるであろう衝撃に備えているに違いない。
本当は正面から抱きしめてそんな表情を堪能したいのだが、風呂の中ではこの体勢が一番落ち着くものだから仕方がない。
顔を見ながら抱くのは後でもいいだろう。
嬉しいことに明日は休みだ。
しかも今日はそれほど忙しくなかったから身体も疲れてはいない。
せっかく雅行もその気になっている。
全ては康平にいいように流れていく。
「雅行……」
耳を甘く噛みながら舌を差し込むと、きゅっと肩が竦んで身体に力が入るのが分かる。
むらむらと湧いてくる苛めてやりたい衝動。
きっと期待しているであろう雅行のそこに熱を当てがったまま、康平はゼリーよりも上品な桃色に染まっている肩に唇を落として囁いた。
「そんなに欲しい?」
答える代わりに、雅行の身体は小さく震えた。
つづく…………、かな?
とりあえず、パラレル連載の設定で。
(7.26.2005)