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「あ……」
隣で小さく呟かれた声に目を向けると菊池が掌をじっと見つめていた。
「どうした?」
尾栗が聞きながら一緒に掌を覗き込む。
そこには小さな丸い銀色の包みが乗っていた。
「なに?」
「チョコ……、かな。多分」
「もらったの?」
「昼間、売店に行ったときに。おばさんが『今日は特別だから、みんなに1個ずつね』って」
「バレンタインのチョコか」
「……ああ。ポケットに入れてそのまま忘れてた」
かさりと小さな音を立てながら包みを開けると中はハートの形をしたチョコレートだった。
あまり節の目立たない指がそれをつまみ上げて、ほんの僅かにチョコを見つめてから口にぽいと放り込む。
「あーっ」
途端に尾栗の非難めいた声がして菊池は「ん?」と不思議そうな顔をした。
「あに?」
チョコを口の端に追いやりながらしゃべったせいで間の抜けた発音になってしまう。
「俺にくれるのかと思ってたのに」
「…………」
「冷てぇな」
「………………」
しばらくもごもごしていた菊池だったが、やっと話ができるくらいにチョコが小さくなったらしくため息をついて口を開いた。
「俺がもらったんだぞ。俺が食べないとくれた人に失礼だろう」
「じゃあ俺のバレンタインはどうなるんだよ」
「どうなるって……」
「一個しかもらえなくておしまいなわけ?」
「一個?」
「そ、一個」
「……もらったのか?」
「もらったよ」
なぜか自信ありげに胸をはる尾栗に、男ばかりのこの状況で一体誰からもらったのかと考えてみる。
菊池だって忘れていたわけではない。
街に出たときにカラフルな色に染まったチョコ売り場を眺めながら、イベント好きの尾栗のことだからきっと自分がそういうことをすれば喜ぶのだろうとは思った。
思ったのだが、それでもチョコを買わなかったのは自分たちは男同士なのだという後ろめたさがあるからだ。
男女でやるからこそ、その様子が絵になるのであって……。
「気になる?」
「ん?」
「誰にもらったのか」
「……べつに」
それでも尾栗は菊池の考えていることなどお見通しなのだろう。
なんとなく不機嫌そうになった口元を見ながらくすりと笑った。
いつもそうだ。
それが少し菊池には癪にさわる。
「ほら」
それでも、そんな些細な不機嫌の理由を気にするふうもなく、尾栗はポケットに手をつっこんで取り出したものを菊池に見せた。
「あ……」
それは菊池がたった今食べたチョコと色違いの包みだった。
「売店のおばさん?」
「そ」
呆気にとられた表情が一瞬で崩れる。
呆れすぎて思わず笑いが漏れた。
「雅行にやるよ」
「え? いいよ、お前が食べ……」
しかしそう言ったときには手の中のチョコはすでに包みから出されて菊池の唇に押し当てられていた。
唐突で少し乱暴な行為に反論する間もなく口の中に入れてしまう。
「おいしい?」
「…………」
一度口にしたものを出すわけにも行かず、菊池は再びもごもごと口を動かしながら尾栗を軽く睨みつけた。
「怒るなよ、ちゃんと食べるから」
しゃべることができない菊池がその言葉に疑問符を投げかけるように眉根を寄せたところで尾栗の唇が菊池に触れてきた。
つい条件反射で目を閉じてしまう。
そうして僅かに唇を開いてしまうのも既に条件反射のようなものだった。
「ん、あまーい」
最高に機嫌がいいときの満面の笑みを見せてくる尾栗につられて、つい菊池も笑顔になってしまう。
ただし、そこには僅かに苦笑が混じっているのだが。
「俺のもらったチョコの方が甘かった」
「そう?」
深い口付けのせいで菊池の唇の端についたチョコを尾栗の指先がなぞる。
それがくすぐったかったのか口元が小さく震えた。
指先で拭ったところにもう一度唇を触れさせる。
くすりという小さな笑いとともに甘い香りの吐息がこぼれてくる。
それを受け止めるように、尾栗はその唇を塞いでゆっくりと目を閉じた。
(02.05.2006)
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