注:栗菊前提の、菊栗風味。

 

 

 

 

 

 

十五夜
 

 

「康平」

「おい、康平。起きろよ」

 

「こおぉへー、起きろってば」

 

「んー……」
ゆさゆさと揺さぶられて、思いきり寝こけていた尾栗は不服そうな声を漏らしながら更に身体を丸めて毛布の中に潜り込んでしまった。

「康平」
それでもしつこく呼ばれているうちに次第に尾栗の意識も目覚めてきたらしく、眉間にシワを寄せながらも薄っすらと目を開けた。
焦点の定まらない視線が菊池と合う。
「お帰りー」
しかし寝ぼけた声でそう言ったなり、尾栗はまた毛布を被ってもそもそと寝入る体勢に入ろうとした。
が、その毛布を思いきり剥がされて「康平!」と耳元で大きな声を出されてしまう。
「んー、なに? まだ夜だろ?」
仕方なさそうにもう一度目を開けて部屋の中を見回す。
部屋の電気は消えたままだったが、目の前の菊池の顔が見える程度には薄ら明るかった。
きっちりと制服を着ているところを見るとまだ帰ってきたばかりらしい。
「休みだからって一日中寝てたんじゃないだろうな」
「寝てた」
「まったく。だったら余計に起きろ」
「うぅ……、今何時よ?」
諦めたように半身を起こして手近に置いてあった腕時計を見る。
「2125? ああ、もっと夜中かと思った……」
ヘッドボードに手を伸ばしてタバコを一本取り出す。
しかし尾栗がそれを咥えた途端、菊池が取り上げて代わりに自分の唇を押し当ててきた。
「ん……?」
軽く触れた唇はすぐに離れるかと思ったものの、それは予想外に何度も口付けを繰り返してくる。
例え軽い口付けでも、菊池からこんなふうに仕掛けてくるようなことは滅多にない。
どうしたんだろうと、まだ少し寝ぼけている頭で考えようとしてみたがそれは次第に深くなってくる唇の動きに気を取られて遮られてしまった。

しばらく唇を合わせて満足したのか、ベッドサイドに膝をついていた菊池は立ち上がって窓際に近づいた。
閉じられていたカーテンをさっと開ける。
途端に明るくも青白い光が部屋に差し込んできて、尾栗は思わず窓の外に目を向けた。
「すっげえ明るいな」
「十五夜だ」
「あ、月見の日?」
「ああ」
そんな尾栗の言い方が少し可笑しいのか、菊池はくすりと笑うとテーブルに置いてあったコンビニの袋から小ぶりな何かを取り出した。
何を買ってきたのかと尾栗が覗き込んでみると、それは「月見団子」とシールの貼られたパックだった。
「へえ、お前がそんなの買ってくるなんて珍しいじゃん」
「たまにはな」
そう言って蓋を開けると、そこから餡の乗せられた白い団子を一つ取って尾栗の口元に差し出してきた。
「あ……、ん」
されるままにそれを口に収める。
見た目よりも大きかったのか、尾栗は頬を膨らませながらしばらくもごもごと口を動かしていた。
その間に菊池も一つを口に放り込む。
「あんまり甘くないな」
「俺には充分だ」
「アンコだけちょうだい?」
言われるままに菊池は指先で餡をすくうとそれを尾栗の口元に持っていく。
「んー」
指ごと咥えて餡を口内に収めてからも、尾栗は名残惜しそうに舌先で指に残っている餡を舐め取ってやる。
ちゅっ、とわざと音を立てて上目遣いに菊池の表情を覗いてみた。
尾栗の下心みえみえの行為に眉を顰めるか呆れているかと思ったのだが、菊池は軽く目を閉じて口元には僅かな笑みを浮かべていた。
窓からの月明かりに照らされた菊池の顔にはくっきりとした影陰が浮かび上がり、その骨格の綺麗さを際立たせているようで思わず目を瞠る。
見慣れているはずなのに、じっと見つめずにはいられない。
 ―― コノヤロ……。
なぜか悔しくなって、尾栗はもう一度菊池の指を取り舌を這わせる。
指先や関節を辿り、その狭間に舌を入れた途端、小さくくすりと笑う声が聞こえて僅かに指が引かれた。
「くすぐったい」
「感じた?」
「少しな」
そうして取られていた指を、今度は菊池が取り返してゆっくりと唇を当ててきた。
手の甲にキスをしながらちらりと視線を向けてくる。
自然と上目遣いになるそれに、尾栗はまるで挑戦されているような光を感じてぞくりとした。
そのまま指先を咥えて舐められる。
ときどき覗く舌も濡れた音も、どうしたって挑発しているとしか思えなかった。

「どうかしたの、お前?」
「ん?」
「珍しく欲情でもしちゃった?」
されるがままに指を任せながら尾栗は菊池のうなじのあたりに手を添えた。
ゆっくりと撫でてやるとくすぐったいのか小さく首を竦める。
そのまま互いに指とうなじを愛撫しながら、尾栗はベッドから降りて菊池の横に腰を下ろした。
「今夜の月、まだ見てないだろ?」
「ああ」
「せっかく雲ひとつない十五夜だ。見ておけ」
そう言うと菊池は尾栗の指を取ったまま立ち上がり窓の側に立った。
見上げてみれば、確かに言われたとおり雲のない夜空に白とも黄色ともつかない満月が光っている。
肉眼でも判別できる模様は、やはりどう見ても兎にしか見えなかった。
「こんなに綺麗なのにな」
ぽつりと菊池が呟く。
「ん?」
「外国ではどっちかっていうと敬遠されてる感じがあるだろ、満月って」
「……そうなの?」
ちらりと覗いた菊池の横顔は、ただじっと夜空を見上げている。
「ロスアンゼルス警察の統計では満月の夜が一番犯罪が多いそうだし、アマゾンでは川が氾濫するそうだ」
「狼男が変身したり?」
「そうだな」
「それから?」
「んー、珊瑚が産卵する」
「あとは?」
「あとは……、なんだろうな」
「雅行が欲情する」
菊池は尾栗に視線を移して、それから苦笑した。
「帰ってくる途中、ずっと満月を見てたからな」
「当てられた?」
「かもしれない」

菊池に両頬を包まれて、そのまま少し強引に唇を吸われた。
力を抜いてされるがままに唇を預けていると、深く舌を絡め取られて知らず知らずのうちに軽い呻き声が漏れてしまう。
息苦しさに唇を離そうとしても頬にあった掌はいつの間にか頭の後ろに回されていて、そこを抑えられているために離れることもできない。
「ん……っ」
ふいに熱くなりかけている身体の中心に手を置かれ、尾栗の背筋にぞくりとするものが流れて反射的に腰を引いてしまう。
「雅行っ」
唇を合わせたまま何かを問いかけるように名前を呼んでみるものの、それはすぐに濃密な口付けに抑え込まれてしまった。
大胆になってくる菊池の手に尾栗のそこはすぐに形を成してくる。
「んっ、ふぁ……っ」
制服の胸元あたりをぎゅっと握ってくる尾栗の手に、驚くほど優しく菊池の手が重なってきた。
後ろ頭を解放された尾栗は少しだけ顔を離して菊池を見つめる。
端正な顔に僅かな笑みが浮かんでいた。
瞳にぽつりと映っているのは月の明かりだろうか。
「そんなに掴んだらシワになるだろ」
子どもに言い聞かせるような口調とともに尾栗の固まった指をゆっくりと開かせていく。
しかしその間にも片方の手は昂ぶる熱をまさぐり続けていた。
「康平の気持ち、よく分かったよ」
「なに……」
「かわいい」
「ばぁか、それ……、俺のセリフだろ……っ」
「たまにはいいだろ?」
小さく笑ってまた唇が塞がれた。
お互い充分に濡れた唇は触れ合っただけで淫らな音を立て欲情を煽ってくる。

「康平」
「ん?」
ぎゅっと抱きしめられて、それぞれの唇は自然と相手の耳元に近づく。
ぐいと腰を押し付けてくる菊池の熱が主張をするように尾栗の腿に当たっていた。
「康平が欲しい」
吐息とともに流れ込んでくる言葉に身体が緊張を覚える。
「どういう、意味よ?」
「そういう意味」
「マジ?」
「マジ」

すっと首筋を逆撫でる舌の感触に背筋に甘い痺れが走る。
小さく呻いて僅かに視線をずらすと、あまりに明るい満月が視界に入ってきた。

 ―― てめぇのせいだぞ。

心の中で毒づいてみせるものの、それは決して本気ではなかった。
首すじを這う舌と熱をまさぐる手の快感には抗うことなどできない。
既に身体も抑えがきくような状態でもなかった。

尾栗は小さく吐息をつくと、そのまま菊池の肩に頬を預けて目を閉じた。

 

 

 

(9.19.2005)
 

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近所の飲み会から帰るときに十五夜の月を見て思い立った話。
満月は風流でもあるし、禍々しくもあるような?
月の光と菊の組み合わせを想像しただけでたまりません(笑)。
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