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一体何に使われていたのか分からない小屋の中で雑然と置かれた荷物に背中を預けながら、イアントはあちこちの隙間から射し込んでくる月明かりをぼんやりとながめていた。
開きっぱなしになっているドアの外は静かだが時折吹く風に木々の枝葉がさわさわと揺れる音が聞こえてくる。イアントはそんな緩やかな音を耳にしながら今にも落ちていきそうな意識に必死で抗おうと幾度となく首を振っては目を見開いた。
その間にも視線を落として膝枕をしているジャックの表情を覗きこんでみるがいまだに目を覚ます気配はない。
力なく投げ出した足の少し先には三体のウィーヴィルが折り重なるように倒れ込んでいる。一体は頭に布を被せて鎮静剤を打ち意識不明にさせたもの、あとの二体はイアントが撃ち殺したものだった。
「ジャック」
そっと声をかけて髪を梳いてみるが反応はない。ジャックの首にある無残な傷口から流れていた血は既に止まっていて、時間的にもそろそろ目を覚ましていい頃なだけに不安と焦りが抑えきれなくなってくる。
いつもそうだ。
本人は大丈夫とたかをくくっているが絶対に息を吹き返すという保証は全くない、ただ本人がそう言っているだけなのだから。もしかしたら今度こそ永遠に目覚めることはないかもしれない。
命のない顔は青白く静かで無表情で、けれど表情がないからこその美しい作り物のような顔は背筋をぞくりとさせ心に痛みをもたらす。
そんな彼を見つめているうちにも全てに靄がかかっていくように視界は狭まり意識が遠くなっていくのが感じられた。
「ジャック」
せめてジャックが目覚めるまでは意識を保っていないとならない。息を吹き返した直後は一瞬とはいえ混乱しているはずだから、しっかりと抱きしめて大丈夫だと伝えてやりたかった。
なのに容赦なく瞼が重くなり唇も動かなくなってくる。
それでも彼を一人で目覚めさせるようなことはしたくない。
「ジャック……」
なんとか吐息に声を乗せて頬に手を当てたときだった。
ぐったりとしていたジャックの身体が震えたと同時に大きく息を吸い込みその瞳が見開かれる。反射的に起き上がった半身を抱きしめてイアントは安堵のため息をついた。
「ジャック、大丈夫ですよ。もう大丈夫」
荒い息に大きく上下する背中をさすりながら落ち着かせるように大丈夫、大丈夫と耳元に繰り返す。本当はこんな状況などないに越したことはないのだが、いつも冷静な彼がこのときばかりは多少の混乱の中でぎゅっとしがみついてくるのがイアントは愛しくてたまらなかった。
やがて呼吸が静まってジャックも状況が把握できたのだろう。
「イアント?」
力のない、けれど聞きなれたその声を聞いてイアントは少し身体を離して生気の戻った表情を見つめた。
「大丈夫ですか?」
しかしその返事を聞くことはできなかった。すっと頭から血が引いて行くのを感じると同時に視界が小さな星を散りばめたように明滅し始める。そうして自分の名前を呼ぶ声が遠くでぼんやりと響くのを聞きながら、イアントはゆっくりと暗闇の中にその意識を落としていった。
薄らと開いた目に映ったのは見慣れた光景だったが、どういうわけかそれがどこなのかをすぐに思い出すことはできなかった。
幾度か瞬きをして首を巡らせてみる。柔らかいオレンジ色に照らされた天井をしばらく見つめてから、やっと自分がジャックのベッドにいるのだということに気が付いた。ゆっくりと起き上がってみると裸の右肩から胸にかけて包帯が巻かれている。
―― ああ、そうか
まだぼんやりとした意識ながらも何があったのかを思い出したイアントは大きな溜息をついた。
特に何事もなく終わろうとしていたその日、聞きなれた警告のアラームが鳴り響いたのはメンバーたちが早めに家路についたあとだった。
警告はリフト監視用のものではなく不審な生命体のエネルギーを感知したときのもので、一息ついてコーヒーを淹れようとしていたイアントが急いでモニタを確認してみれば街中から少し離れた空き地に何かがいるらしい。
「リフトに動きがないってことは、はぐれたウィービルかフグってところか?」
いつの間にかオフィスから出てきていたジャックのため息混じりの声が背後に聞えた。
「とりあえず行ってみましょう」
「ああ、さっさと終わらせて日付が変わる前には戻ってこないとな」
「どうして?」
「お前の誕生日をウィーヴィル狩りで迎えるわけにはいかないだろう」
「ああ……明日ですね」
「どうせなら俺のベッドの方がいい」
決まりすぎるほどのウィンクにイアントが肩を竦めて苦笑して見せる。自分の誕生日を忘れていたわけではないが、こうして改めて言われるとどうにも気恥しさが先に立ってしまう。
「行くぞ」
「コートを取ってきます」
そのまま出て行こうとするジャックの背中にそう言って、イアントは急いでオフィスへの階段を駆け上がっていった。
現場で小型の受信機が示した波長はやはりよく見知ったウィーヴィルのものだったがべつに油断していたわけではなかった。
薄明るい月の光が射す空き地を抜け受信機が示すポイントに向かっていく。そこにあるのは打ち捨てられたような古い物置小屋だった。その数まで正確に把握することはできなかったがいつものことを考えれば恐らくは一体といったところだろう。
けれどその「いつも通り」という考えが間違っていたのだ。
最初に見つけたのは確かに一体だったが物陰に隠れていたのが二体、結局はそれにふいを突かれることとなりイアントを庇ったジャックが首を切り裂かれる結果となってしまった。ジャックが倒れた後、イアント自身も肩に傷を負いながら辛うじて二体を銃で仕留めたがそこまでだった。
きっと息を吹き返したジャックがハブまで運んでくれたのだろう。傷の手当てまでしてくれたのかと思いながら周囲を見回してみるが彼の姿はない。首の傷は大丈夫なのだろうかと、ベッドから足を下ろそうとしたところで探していた本人の声が頭上から降ってきた。
「起きるのは早いぞ」
片手にグラスを持ちながらも器用に階段を下りてきたジャックがベッドサイドに置かれていた錠剤を取り上げてベッドの端に腰を下ろした。
「飲んでおけ、化膿止めだ」
それを受け取りながらジャックの首筋あたりを見つめる。いつものことではあるが、それでも傷跡一つ見当たらないことにほっとしてイアントは渡された薬を飲み下した。
「大丈夫か?」
心配そうに眉根を寄せた視線から思わず顔を伏せてしまう。
「出血が多かったからしばらくは安静にしてろよ。肩の傷も少し深かったらしいから当分は休暇を取れ」
「オーエンが?」
「ああ、俺じゃ手に負えなかったんで来てもらった」
「せっかく帰ったのに、申し訳ないことをしました」
「みんな慣れてるよ、お前だってそうだろう?」
しかしそれには答えずベッドサイドにグラスを置く。
「すいませんでした」
「ん?」
「私を庇ったせいで……」
ふっと小さな笑い声と一緒に温かい手がイアントの手を握ってきた。
「気にすることないだろう、どうせ本当に死ぬわけじゃないんだ。何度だって助けるよ」
握った手に力が籠って優しい色を浮かべた瞳が覗きこんでくる。けれどそれが今のイアントにはどうにも苛立たしい。
「どうしてそう言い切れるんです? もしかしたら今度が最後だとか思わないんですか?」
思っていた以上に自分の声が不機嫌になってしまったが仕方ない。それにジャックも気付いたのか少しだけ表情が硬くなった。
「あなたが目を覚ますまでどんな思いで待っているか考えたことありますか? それを何度もやられたらこっちの身が持ちませんよ」
―― ああ、違う
責めるべきは自分自身だ、自分がへまをしたせいでジャックが命を落としたのだ。
ウィーヴィルだからという油断もやはりあったに違いない。もっと慎重になっていれば……。
それでもやはりジャックに対する苛立ちは募るばかりだ。感情を抑えることができず思考も上手くまとまらない。
オーエンが何か投与したのだろうか、そのせいで自分の中の何かがおかしくなっているのかもしれない。
「それでも何度だって助ける」
それは低く落ち着いて自信に満ちた声だった。
「例えそれが最後の命だったとしてもきっと助ける」
熱い言葉とは裏腹に見つめてくる瞳は静かに澄んでいてそこには一片の嘘もないと伝わってくる。そしてその想いはイアントも同じで逆の立場になれば同じことをするであろう確信があった。
なのにどうしてこうも癪に障るのだろう。
イアントは少し離れていたジャックのシャツをぐいと掴んで引き寄せ唇を押しつけた。瞬間、痛み止めが効いてるにも関わらず僅かな痛みが肩に走る。それでも構わずシャツを握りしめジャックの唇を貪った。
舌を絡め吸い上げ、吐息も全て自分のものにしたくなる。ジャックが死から戻った時はいつもそうだった。やり場のない不安をぶつけるように、そして生きていることを確かめるように昂ぶる気持ちのままに彼を抱いた。
そんな想いにジャックも気付いていたのだろう。いつもならたっぷりの自信に悪戯っ気を交えた表情で抱いてくる彼も、その時ばかりは優しくただひたすらにイアントを受け止めることに徹していた。
「今日は駄目だよ」
深い口付けとともにシャツの釦を外し始めていたイアントの指先をジャックが捉えて囁く。
「せめて今夜は大人しくしておかないと、傷口が開きでもしたらまたオーエンを呼ぶ羽目になる」
そんな言葉を黙らせるように唇を塞いで想いを示す。そうしてしばらくの口付けの後、ふいに身体を離したイアントは俯いて小さく首を振った。
「不安でどうしようもなくなるんです」
「ん?」
「生きているんだという確信が欲しくなる。抑えられないんです、どうしても」
「ああ、分かってる」
両頬に手を添えられ唇が触れてきた。宥めるような優しい感触にうっとりと目を閉じて身を任せる。
「どうしても欲しい?」
少しだけ困ったような表情で見つめてくるジャックに、まるで自分が我儘な子どもになったような気分になった。けれど戸惑いつつも小さく頷けば「分かった」と呟いたジャックがぴたりと額を合わせてくる。
「でも俺を抱くのは今度にしとけ。今日は大人しくしてること」
そう言って毛布をよけて下半身に手を伸ばしたジャックは既に熱を持って堅くなっていたそこをゆっくりと擦り始めた。
「ん……っ」
疼くような快感に背筋がぞくりとして思わず腰を浮かしかける。
「あんまり動くなよ、こんな状態でオーエンを呼びたくないからな」
「ジャック」
彼の首に腕を回して引き寄せ、唇を求め合ううちにもジャックは片手でイアントのスウェットと下着を下ろしていく。淡いオレンジ色の灯りに晒された腰を大きな手がゆっくりと撫でまわしていくのがひどく焦れったくて、イアントは低い呻きをもらしながら舌を絡ませ先を促した。
「オーエンは鎮静剤と何かを間違えたんじゃないか?」
小さく笑って添えられた指先がぬめる先端を幾度も掠めていく。次第に荒くなっていく息を抑えきれずジャックの首筋に鼻先を埋めてその肩に縋りついた。
大胆になっていく指の動きとは反対に、もう片方の手はイアントの髪を梳きゆっくりと背中を撫でていく。
「く……っ、ジャック」
「ん? 大丈夫か?」
呻きながらも頷くと耳朶を軽く噛まれて舌が差し込まれた。ぞわりと肌が泡立つ感覚と下肢からの快感が混じり合って身体に痺れたような震えが走る。
そんなイアントから一度離れたジャックは手早く服を脱ぐとそれらをベッドの下に放り投げた。ちゅ、と短く唇を合わせて馬乗りになりイアントをゆっくりとベッドに押しつける。
「本当は俺もしたいんだけど、やっぱり今日は禁止」
そんなことを言いつつ全裸で人の上に乗っているジャックにイアントは訝しげに眉を寄せた。
「物足りないけどこれで我慢して」
そう言いながらサイドの引き出しに手を伸ばしてそこから取り出したオイルの瓶を傾ける。とろりとした液体が熱くなっているイアントの上に絡みつくように垂れていくのを見つめていると、ジャックは半ば立ち上がりかけている自分のものをイアントに摺り合せ両手で覆った。
ぬるりとした感触に思わず腰を引きかけるがジャックの体重で動くこともできない。
「だめだよ、大人しくしてないと」
悪戯に小さな笑みを見せたジャックはゆっくりと両手を動かしながら快感を煽っていった。勝手に揺らぎそうになる腰を抑えられ身動き取れず、次第に大きくなっていく快感が身体の中に籠ってさらに欲望を刺激していく。
「ん……、それ……っ」
「いい?」
熱に浮かされたように思考が鈍っていく中、イアントはただ頷いてぎゅっと目を閉じた。縋りつくものもなく仕方なしに指先に触れたシーツをきつく掴む。
ジャックの動きも次第に速くなり息遣いも切羽詰まったものになってくる頃にはイアントの方も既に限界を超えそうなところまで追い詰められていた。オイルの濡れた淫らな音と自分の喘ぎが脳内に満ちて、ただ解放されることだけを求めてジャックの名前が無意識に唇からこぼれる。
「ジャック……ジャ……」
「いきそう?」
「ん……っ」
「俺も限界……」
さらに早くなった手の動きに加え、指先がくいっと自らに濡れた先端にねじ込まれる。
「くぅ……っ、んぁ、ぁっ……」
一瞬、全身が緊張に固まり腰が震えた。同時にジャックの息を呑む気配と腹にかかる熱い感触を感じて薄らと目を開ける。
達する快感に酔いながら見上げると、表情の半分は前髪に隠れてしまっていたがその口元は無防備なほどに開かれ解放の余韻に浸っていた。それを引き寄せそっと唇を合わせる。
お互いに荒い息のままでの口付けはそう長くは続かず、唇を離したジャックはどさりとイアントの隣につっぷしてしまった。
「Happy Birthday」
やがて息もおさまった頃、ジャックが呟いてイアントの耳元に小さな口づけを送った。
「ああ、そうでしたね。ありがとうございます」
「とんだ誕生日になったな」
「でも絶対に忘れられない誕生日になりましたよ」
「なんか楽しそうだな」
「ええ、きっと数年後には笑って話してますよ。あのときの誕生日はえらい目にあったって」
ちらりと視線を向ければジャックもつられて苦笑している。
「ねえ、ジャック」
「ん?」
ひとしきり甘い口づけを交わした後、イアントは真面目な表情でジャックを見つめた。
「どうした?」
「そろそろあなたの誕生日を教えてくれませんか?」
「いきなりだな」
「何度も聞いてるじゃないですか」
けれどジャックは大きな溜息をついて天井を見上げてしまう。僅かに顰められた眉根からはその話題は本当に避けたいものなのだと分かるのだが、イアントにしてみればそれはどうしても知りたいところだった。
「死なない俺が誕生日を祝うってのも変じゃないか?」
「生まれたことと死ぬことは別でしょう」
「そうか? でもなんとなく虚しくなってくるんだよ、誕生日って」
「そういうものですか?」
「なんとなくね」
「だったら……」
一つ呼吸を置いてイアントはジャックを見つめる。
「誕生日のプレゼントにあなたの誕生日を教えてください」
「ベッドでおねだりか?」
「ええ」
「どうしてそんなに知りたいんだ?」
「お祝いしたいだけですよ、あなたが毎年祝ってプレゼントをくれるように」
「どうしても?」
「どうしても」
仕方ないなとばかりに大きく息をついたジャックは降参したようにイアントの方を向いて耳打ちをした。
「本当に?」
「ああ」
「ありがとうございます」
「なあ、俺は今年お前にいくつプレゼントを渡すと思う?」
「はい?」
「もともと用意しておいたものに、自分の誕生日。それに……」
「それだけで十分でしょう」
「ウィーヴィルに駄目にだれたスーツ一着分」
一瞬意味が分からずイアントは黙ってしまう。が、考えてみればこれだけの傷を負ったのならスーツなどぼろぼろにされているに違いない。
「でも、それはあなたのせいじゃないでしょう」
「いいんだよ、いい機会だ。一度頭から爪先まで俺の好みで揃えてみたかったんだ」
「でも……」
「いいから黙って受け取れ。傷が治ったら一緒に見に行こう、どうせだから少し遠出してロンドンまで」
「そんな時間あると思ってるんですか?」
「作るさ」
随分と気楽に言ってはいるがそれでも言ったことは実行してしまうことぐらい承知している。その間とくに大きな問題が起きなければいいが少なくとも他のメンバーにも同じだけの休暇を出さないと彼らも納得しないだろう。気がつけばすでにイアントの頭の中ではスケジュール調整が始まっていた。
「楽しそうだな。気に入ったか、この話?」
「とっても」
「じゃあ、まずはゆっくり休んで傷を治してくれ」
「ええ、でもその前に……」
痛めた肩を庇いながらイアントは肘をついて少しだけ身体を起こしジャックに顔を寄せた。唇が触れるか触れないかのところでそっと囁く。
「さっきのもう一度……」
ちゅ、と唇を合わせるとジャックの表情が一気に緩んだ。
「オーエンは絶対に薬を間違えただろう?」
「そういうことにしておきましょう」
「これ一回で大人しく寝ろよ?」
それには答えず、イアントは身体を起こしたジャックを引き寄せその首筋に唇を埋めた。
2011/08/21
ちょっと遅れたけど
「HAPPY BIRTHDAY IANTO! 8.19」
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