毎夜のように御堂に抱かれているのは幸せだった。

意地の悪い言動もそれは却って二人の快感を煽るためのスパイスであることを今やお互いが十分に承知していた。
だから最初は抵抗していても、結局は御堂の望むことを全て受け入れてしまうし素直に強請ればどんなことだって彼は躊躇いもせずに与えてくれる。
強烈な波が去ってしまえば、御堂は克哉が恐縮してしまうほどにその身体を労わってくれるし愛していると囁いてもくれた。
そんなときは貫かれて快感に喘いでいるときよりもずっと御堂と一つになっているように感じるし、これ以上望むものなど何もないと、ただいつまでもこうしていられたらそれで十分なのだと思っていた。

けれど。
人の気持ちはなぜこうも安定していられないのだろうと、克哉は自分の腰を抱くようにして眠り込んでいる御堂を見つめながらため息をついた。
以前は疲れはてて先に寝入ってしまうのは克哉の方だった。
それがなかなか寝付けなくなってしまったのはどれくらい前からだっただろうか。
身体はだるいのに思考は眠りを拒否するかのように冴えてしまう。
そうして考えることといえば、いったい彼の腕に抱かれた人間は何人いるのかということだった。

克哉にだってこれまで、さすがに男とは初めてだったが女とのセックスは経験してきた。
過去は今さら変えることなどできないのだから気にしても仕方ないことなのだと承知はしている。
が、御堂に関してはそんなふうに割りきって考えることができなかった。
そうしてぽつんと心の奥にできたシミはあっという間に広がっていき一つの記憶を呼び起こす。
初めて御堂に連れられてワインバーに行ったときのことだ。
あのときは自分に不釣り合いな店の雰囲気に呑まれて余裕がなかったくせに、それがなぜか今になって冷静に、そして鮮やかに思い出すことができるようになってしまったのだ。
店の静かなざわめき、音楽、匂い、全てを脳裏に蘇らせることができる。
そこに響くのは克哉を舐めるように見ていた友人たちの言葉だった。

 ―― 主旨がえか?
 ―― もっと派手なのが好みだろう?

そんな言葉とその後の御堂の行動を考えれば容易に想像ができる。
普通、女としか経験がなければあんなふうに簡単に男を弄ぶことなどできないだろう。
ましてや克哉のものを咥えたり挙句吐き出したものを飲み込んだりなど、実際克哉が初めてそれを強要されたときに感じた嫌悪を思い起こせばそうたやすいことではないはずだ。
もしかしたら自分が毎日接している人間の中にも御堂の指や唇がもたらす快感を味わった者がいるかもしれない。
今の自分を見て「あれが今度の御堂の相手か」と密かに笑っている者がいるかもしれない。

そして、いつか自分も「あれが今度の御堂さんの相手なのか」とその視線を向ける日がくるのかもしれない。

単なる気のせいからくる嫉妬ではない。
あのときの友人の言葉や後の「接待」と称する御堂の行動がそれを裏打ちしていた。

いつか、いつか、いつか……。

 

 

 

「こんばんはぁ」

暗闇から浮き上がるようにして現れた男は相も変わらず人を小馬鹿にしたような喋り方をしていた。
「お元気そうですね、佐伯克哉さん?」
口元に僅かな笑みを浮かべた彼の表情は貼り付けた似顔絵のようにどこか薄っぺらい感じがした。
「なにかお悩みのようですが?」
それ以上近づいてくることなく彼は小首を傾げ克哉の顔色を覗く素振りを見せる。
どこかで予感はしていた。
こんな惨めな気持ちを抱えて苛立ちながらここを通れば、もしかしてまた会うことになるかもしれないと。
ここで初めて彼に会ったのも仕事で失敗して落ち込んでいたときだった。
けれど今の胸の内はあのときの比ではないほどに重く沈み淀みきっている。
愛しているという御堂の想いが本物なのか、例え今は本物だとしてもそれがいったいいつまで続くものなのか。
いくら信じようと自分に言い聞かせても信じきれないところまで気持は追い詰められている。
なんとも情けない自分に嫌気がさす。

久しぶりの再会になんの感情も示さず、克哉は一つ溜息をついてその場を離れようとした。
「おや、貴方のお望みに応えて参上しましたのに」
そんな言葉に足を止めてゆっくりと振り返る。
こうして声をかけてくることも分かっていた。
克哉がどうしようもなく求めている何かをこの男は知っている。
おそらく克哉自身が自覚している以上にその心の奥にある襞まで見通しているに違いないのだ。
しかし、だからといってどうにかしようがあるのだろうか。
薄暗い街灯の灯りが照らす輪の中に身体半分ほどを晒している彼をじっと見つめる。
「なんの用ですか?」
心にもない言葉が口をつく。
「知りたいことがあるのでしょう?」
一歩、彼が近づいたと同時に僅かな風が吹いて克哉の髪を揺らした。
甘酸っぱい香りが一瞬鼻孔をくすぐって、どこか覚えのある香りだと脳が気づくと同時にあっさりと消えていく。
「知りたくなんか……ありません」
「本当に?」
「…………」
くつくつと喉の奥で笑う声がやけに癇に障った。
放っておいてくれと叫びたい反面、どうにかしてほしいと縋りたくなる。
が、結局どちらもできないまま克哉は自分の足元を見つめて立ち尽くした。
「知りたいか知りたくないか、それは貴方次第ですよ」
そう言ってさらに彼は一歩を近づいてくる。
その一歩が迫るごとに甘酸っぱい香りが強くなり、やがて克哉の神経すべてを浸していく。

 ―― 御堂さん

そうして彼の名前を心の奥で呟きながら、克哉はゆっくりと目を閉じていった。

 

 

 

「も……っと、してっ、……みど……さ……っ」
足を開き御堂を受け入れながら克哉はしきりに言葉を紡いだ。
「すき、もっと……あぁ!」
既に幾度も達しているのに克哉の欲は衰える気配を見せなかった。
好きだと、その言葉をうわ言のように繰り返しながら御堂を離すまいとするかのようにさらに奥へと引きずり込んでいく。
「克哉……っ」
御堂に名前を呼ばれるだけで身体中が快感に震え欲の襞がのたうつ。
「みどう、さん……すき、……すきっ」
そんな言葉と身体に応えるように御堂も克哉を貪り愛していると告げる。
容赦のない動きに翻弄されながら克哉はその身体に縋りつき汗の浮かんだ背中を抱きしめた。
全ての存在が快感の中に埋没し始め思考もやがて働かなくなっていく。

『あなたは本当にあの方を愛していらっしゃいますか?』

その言葉を聞いたのがついさっきだったのか、ずっと前だったのかさえ分からなくなりそうだ。
それでもそう言ったあの男の薄い笑みだけは脳裏に刻みつけられている。

 ―― 愛してる

息もつけないほどに愛されながら克哉は笑った。
どう足掻いても自分は御堂を愛している。
そうして、これほど必死に自分を抱く御堂が自分を愛していないはずなどないだろう。
例えそれがいつか枯れてしまう想いなのだとしても、今愛されているのは自分なのだ。
いつの間にか溢れた涙を御堂の舌が舐めとっていく。
その舌にさえ、克哉は自分を求める御堂の愛と欲を感じていた。

明日のことなどどうでもいい。
真実は、今このときだけなのだから。

 

 

 

 

「知りたいか知りたくないか、それは貴方次第ですよ」
「…………」
「真実を前に、迷っていらっしゃる?」
「だから知りたくなど……」
「知りたくなど……ない? 本当に?」
「…………」
「では、これを差し上げましょう」
「それは?」
「『真実』です」
「真実……?」
「これであの方の言葉が真実か虚像か、分かります」
「どうやって?」
「本物なら明日の朝はいつも通りにやってきます」
「……真実でないなら?」
「朝はこない」

 

「佐伯克哉さん、あなたは本当にあの方を愛していらっしゃいますか?」

 

 

2008/05/19
 


 

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