身体に伝わってくる暖かさに甘えるように克哉は小さく身じろぎをする。
なんとなく身体の動きが自由にならなくて、何度かもぞもぞして安定する位置を見つけようとしているうちにゆっくりと意識も覚醒してきた。

「…………?」
薄暗い中、ぼんやりと映る視界に目を凝らす。
「おはよう」
「おはよう…ございま……す」
条件反射のように挨拶を返して声の主を見つめる。
目の前どころか、吐息さえ触れ合いそうなほど間近にやんわりとした笑みを浮かべた御堂の瞳があった。
「…………」
「眠いならもう少し寝ていろ」
「いえ……、大丈夫です」
半ば寝ぼけたままの頭はまだ状況を把握しきれずふわふわとしていた。
とりあえず身体を起こそうと肘をついて力を入れてみるが、久しぶりに感じる腰まわりの違和感と全身のだるさに小さく息をついてそれを諦めてしまう。
ぼんやりと霞がかる意識の中、薄暗い室内と細いカーテンの隙間から差し込む明るい光の筋に目を向けた。

長い一日を過ごして御堂と会って……。

一つ思い出せばそれは次々と溢れてきて克哉の脳裏に恥ずかしい光景を映し出す。
自分の中から湧きあがる熱さと快楽にまみれてひたすら御堂に縋りつき貫かれた。
何度もイったはずなのに克哉の欲望は衰えることもなく、最後にはもっとと懇願の言葉を口にしていた。
そういったこと全てを思い出し、今もこうして御堂に身体を寄せていることにかっと頬が熱くなる。
一気に意識が覚醒して、慌てて御堂から離れようとしたのだが肩を抱かれていたせいでそれも叶わなかった。
改めて見れば、どうやら御堂の腕枕で眠っていたらしい。
「あの……」
おずおずと視線を合わせる。
ん? と小さく眉を動かして応えてくるが、御堂は可笑しそうに口元に笑みを浮かべているだけで何も言わない。
ただまっすぐに見つめてくる瞳があまりに優しい色をしているのがやけに恥ずかしかった。
「えっと…、オレ……んっ」
抱かれていた腕に力がこもって唇が触れてきた。
軽く触れるだけの、性的な意味など全く感じられない口付け。
ただひたすらに優しいそれは、重ねるたびに嬉しさや喜びや気持ちよさといった暖かいものを胸の奥に溢れさせてくる。
なのに、同時に痛いほどの切なさでもって胸がしめ付けられた。
やがて自分でもどうしようもない衝動が突き上げてきて克哉は御堂の胸に縋りつく。
「御堂さん」
小さく呟くとぎゅっと抱きしめられた。
それがさらに克哉の気持ちを加速させる。
「御堂さん、御堂さん……」
喉がひきつって、まるで泣き声のようなそれに自分でも情けなくなってくる。
そんな克哉を抱きしめながら、御堂は宥めるようにゆっくりと柔らかく髪を梳いてくれていた。
「御堂さん」
「……ん?」
短いながらもやっと返事をしてくれたことに胸が詰まる。
「みど…さん」
「ああ」
「会いたかった」
「……ああ」
「すごく、会いたかった」
認めたくないと思っていたはずなのに、認めてしまえばこんなにも単純なものなのかと驚いてしまう。
会いたいと思う理由など最初から一つしかなかった。

 

「すき……です」

「ああ……」

 

「好きです」
昨日はなかなか言えなかった言葉が勝手に零れてくる。
「御堂さん、……すき」
そう呟いて、克哉はずっと埋めていたその胸から顔を上げて唇を合わせた。
何度も何度も、ただ触れ合っているだけの口付けが痛いほどの幸福感をもたらしてくる。

「佐伯……」
「……っ」
しばらく甘い感覚に酔っていた克哉だったが、ふいに襲ってきた快感に思わず全身を震わせた。
御堂の伸ばした手が下半身を彷徨いその熱を覆ってくる。
「ちょ……っ」
思わず身体を引こうとしたものの、既にしっかりと腰を捉えられていてそれも叶わない。
「や……、みど……さ」
御堂の胸にぴたりと額を擦りつけてぎゅっとその肩を掴む。
数回の呼吸の間にも唇から零れる熱い吐息が御堂の肌を湿らせ克哉の身体と心に快感を呼び戻していく。
「朝から元気だな」
満足げに小さく笑った御堂の手の中で、あっという間に硬くなった克哉の先端はその先の行為を求めるように濡れて張り詰めていった。
「毎朝こうなのか?」
「ちが……」
「違う? しかしこんなに……」
「んぁっ」
ぎゅっと握り込まれ潤んだ窪みに爪の先が潜り込んだ。
痛みとそれを上回る快感に背筋が痺れ腰はびくりと震え、一瞬達しそうになったものの御堂の指がそれを阻んでいる。
「硬くして、今にもイきそうになっているようだが?」
「や、ぁ……」
楽しむような言葉とは裏腹に唇は優しく克哉の髪や額に触れあちこちにキスを落していく。
「いや、じゃないだろう」
唇が額から鼻、頬、耳へと移り、やがて喘ぐために無防備に開かれている唇を捉えゆっくりと幾度も甘噛みをする。
濡れた唇が敏感になり、硬い歯先が触れるたび快感には一歩及ばない焦れったい感覚が広がっていった。
張りつめた欲望の先はとろりと溶けて御堂の指がそれを塗りこめるようにくりくりと弄んでいる。
「こんなにして」
「あぁ……や、もっ」
克哉の言葉を邪魔しないように軽く触れては離れてを繰り返す御堂の唇に湿った吐息と甘いアルコールの香りが漂う。
手の中の克哉はもう限界だとばかりに震え少しでも達するための快感を得ようとその腰を御堂の身体に擦りつけていた。

「克哉」
唇を触れ合わせたまま御堂が呟く。
初めて呼ばれた名前に一瞬克哉の肩がぴくりと震えた。
「克哉」
もう一度、今度は抱き寄せて肩に回していた腕に少し力を込めてその名を呼ぶ。
「目を開けて。私を見ろ」
しかし動きを止めることのない御堂の手に溺れている克哉は眼前の首筋にぎゅっと額を擦りつけて熱い吐息を吐きだすことしかできず、御堂に縋りついてはいやいやをするように小さく首を振る。
「克哉!」
ふいに克哉から離れた御堂の手が頬に当てられ半ば無理やりのように顔を上げさせられた。
「ぁ……っ」
途切れた快感に克哉は涙が薄らと滲んだ瞳を御堂に向ける。
眉間に僅かなしわを寄せ無意識のうちに手を離したことに対する非難の色を浮かべていた。
「私が好きか?」
強引に視線を合わせられた途端、今なされている行為とは全く相容れないほど静かな瞳に捉えられた。
まっすぐに見つめてくるそれはすっと克哉の中に染み込んでいく。
「すき……です」
まるで射すくめられているように身動きできないまま、克哉は吐息とともに小さく答えた。
「なら素直になれ」
「な、に……?」
止まっていた御堂の指先が再び動き出した。
それはこれまでの愛撫を施すという甘いものではなく、明らかに克哉を追い詰めるという意図を持ったものだ。
「みど……さ、んっ、や……ぁっ」
「違う。どうしてほしい? 気持ちいいんだろう?」
御堂の胸に顔を埋めている克哉は震えながら頷いてぎゅっと腕を掴んでくる。
「ならもっと感じろ。声を出せ」
ざらりとした感触と低く囁く声が耳から熱く流れ込み克哉の脳内に蕩けていった。
それは次第に全身へと広がり、やがて自分を曝け出して全てを御堂に委ねてしまいたいという衝動へつながっていく。

「すき……、みどうさん、もっと……して……っ」
縋りつきながら腰を揺らし、絡みつく指にさらに欲望を擦りつけうわ言のように呟き続ける。

 ―― もっと、もっと欲しい

急速に高められる波の中でタガが外れたように零れだす自分自身の快楽の声に溺れながら、克哉は御堂の手に欲を吐き出し身体を震わせながらぎゅっと彼にしがみついたのだった。

 

 

 

 

休みの日でも携帯のアラーム機能は平日と同じ時間に鳴り出すように設定されている。
今朝も考えるより先に手が勝手に反応してそれを止めた。
そしていつものように少しの間だけまどろみに未練を残すようにもぞもぞとしてからゆっくりとベッドに半身を起こす。
見慣れた自分の部屋をぼんやりと見つめる克哉の胸には何か物足りない虚しさが漂っていた。
無意識に時計を見る。
24時間前のこの時間はまだ御堂と一緒にいた。
前の夜にさんざん抱き合ったくせに、翌朝も、というよりはほぼ一日中ホテルのベッドにこもり今思えばどうにも恥ずかしい痴態を克哉自ら晒し幾度も貫かれては達した。
パジャマを捲ってみれば腹といわず胸といわず、もうそこかしこに御堂のつけた欝血の跡が見てとれる。
リアルに思い出せる全ての感触に身体が熱くなりかけたのを、克哉は起き上がり冷たいシャワーを浴びることでなんとか抑え込んだ。
冷蔵庫から冷えた水を取り出しそれを飲み込めばもやもやと淀んでいた虚しさが一瞬だけ晴れたものの、やはりそれはすぐに胸を覆い克哉に溜息を吐かせることとなった。
昨日の別れ際、御堂から聞いた一言が耳にこびりついて離れない。
袖のカフスを留めながら視線を俯かせ彼はぽつりと呟いたのだ。

『シカゴに行く』

唐突な言葉に最初は何のことなのか理解できなかった。
あまりに予想外の言葉に戸惑う。
こうして会って身体を重ねて気持ちさえ口に出して、約束を交わしたわけではないけれどこれからも会うことができるのだと思い込んでいた。
けれど事情を呑み込むにつれ、当たり前だと思っていた確信が一気に足元から崩れて去っていった。
詳細は聞いていないが御堂の学生時代の友人が赴任先のアメリカで、かつての留学時代の親友と新しい会社を興すことになったらしい。
ちょうど同じ頃にどこからか御堂がMGNを辞めたと聞き及んだのだろう、再就職先を探す前に「こっちに来ないか」との打診を受けたという。
海外での新しい挑戦など克哉には考えも及ばないことなのに御堂はそれをなんでもないことのように話しながら、尚且つ最後にこう付け加えてきたのだ。
『くる気はあるか?』
最初はその意味を理解しきれずぽかんとしていた。
が、続く御堂の言葉に克哉の胸が大きく波打ち手足の先まで痺れるような感覚が広がっていく。
『もちろん今すぐとは言わない、いずれ軌道に乗れば人手も必要になるだろうしな』
けれど克哉は何も言うことができず、ただ黙っていることしかできなかった。

「シカゴって……」
どうかしていると思う。
御堂の言葉を聞き違えたかとも思ったが、どう考えても一緒にシカゴに来て仕事を手伝えという意味だったはずだ。
英語もろくにできない自分に何を言っているのだろうとしか思えない。
けれど御堂は自分の仕事を認めてくれたこともあったのだ。
戸惑ってはいるものの、嬉しいと思うのも正直な気持ちだった。
手元の携帯を取り上げてじっとディスプレイを見つめてみる。
御堂の出発は明日。
飛行機の時間も聞いてはいるが、こうしている今にも連絡が来ないだろうかと期待していた。
 ―― オレがいまだに迷っていたら……。
もしも御堂に連絡しようとしたのが明日とかだったら、きっと自分たちは入れ違いになっていたに違いない。
御堂がシカゴへ発ったことも知らず、自分はただ悶々と無駄に時間を過ごしていたのかもしれない。
そう考えてみるとこうして会えたことが奇跡のように思えてしまう。
今頃は出発の準備でもしているのだろうか。

「会いたいな……」
なんとなしにぽつりと声に出して驚いた。
みるみる気持が膨らんで抑えきれなくなっていく。
昨日のことを思い出して身体が震えた。
どうしようもなく欲しいと思い、しばらく会えなくなることが気が遠くなるほどに恐ろしい。
咄嗟に携帯を取り出して前回かけた番号を呼び出した。
理由などどうでもよかった。
ただ無性に会いたくてたまらなかったのだ。
焦る気持ちで通話ボタンを押し携帯を耳に押し当てる。
やがて始まったコールを聞きながら克哉は引きつった喉をこくりと鳴らした。

 

 

 

 

見上げた空は一面灰色だったが雨が降りそうなほどの重い雲は見当たらない。
そんな空をぼんやりと眺めながら克哉はいつかのあの時のように御堂のマンションの前にいた。
何度かけても出ない携帯にしびれを切らすのにそれほどの時間はかからなかった。
御堂に抱かれてまるで何かのスイッチが入ってしまったかのように気持ちばかりが突っ走ってしまう。
とても部屋に一人でいることなどできなかった。
植え込みを囲っている赤茶けたレンガに腰を下ろして溜息をつく。
 ―― 今度は絶対帰らない
同じことを二度も繰り返したくなかった。
ぼんやりと自分の足もとに視線を向けこれまでのことを思い出す。
御堂に与えられた屈辱を忘れたわけではないけれど、今やそのことを考えただけで身体の奥がじんわりと疼いてくる。
どうして、と問いかけても答えなど出てくるものではない。
ただ分かっているのは携帯で声が聞けないからとこうして御堂のマンションまで来てしまっていることだ。
どうしてこうなってしまったのかなど、もうどうでもいい。
御堂の傍にいたくて居てもたってもいられない自分がいる。
その事実だけで十分だった。

やがて陽が傾く時間になり、曇った空は茜色に染まることなく灰色から紺色へと変わっていった。
その間、幾度か携帯に連絡を入れてみたがやはりコールが続いた後にメッセージセンターに繋がってしまう。
焦りが不安に変わり、もしかして予定が早まって既に彼は日本にいないのではないかという疑問が過っていく。
しかし動く気にはなれなかった。
ここで帰ってしまってはあのときの二の舞だ。
例え今、御堂が違う空の下にいたのだとしても時間の許す限りはここにいるのだと、克哉は小さく吐息をついてほとんど濃紺となった空を見上げた。

「佐伯……?」
ふいに名前を呼ばれて思わず肩が震えた。
腰の高さほどのレンガに軽く腰かけてうとうとと居眠りをしていたらしい。
一瞬状況を理解しきれなくてぼんやりと顔を上げれば、そこには唖然とした表情の御堂が自分を見下ろしていた。
「御堂さん」
あまりの安堵に思わず笑みが零れる。
「いったい何をしているんだ」
依然あっけに取られたままの御堂に克哉は立ち上がって、本当はひどく嬉しいはずなのに、しかし妙な気恥かしさもあって視線を外しながら唇を開いた。
「会いに、来ました」
それからの間は長かったのか短かったのか、まるで時間の感覚が掴めなかった。
御堂があまりに無言でいるため克哉もそれ以上は何も言えなくなる。
呆れられたかもしれない、これほどの感情を抱いているのは自分だけかもしれない。
無言の中、ぐるぐると回る思考はどんどん悪い方へと落ちていき、もしかしたら昨日のことさえ御堂にとっては軽い気持ちだったのではないかと最悪の状況を描き出したとき、
「こい」
と呟くような声とともに腕をぐいと引っ張られた。
そのままエントランスを抜けエレベーターに乗り部屋に向かって廊下を歩く。
その間にも腕は強く掴まれおり克哉はされるがままに従うしかなかった。
目の前で揺れる御堂の肩と背中、強く掴まれた腕を見て不安に覆われていた心がなぜか少しずつ解れていく。
そうして部屋に入りドアを閉めた途端、唇を塞がれ身体を壁に押し付けられた。
御堂の足が克哉の膝をわりぐいぐいと股間を刺激してくる。
突然のことに鼓動が跳ね上がり胸が痛いほどに締め付けられた。
息をすることさえ許されないような口付けに目眩がしそうになる。
あっという間に欲情していくこの身体を御堂はどう思うだろうか。
既に固くなり始めている熱は御堂にも伝わっているに違いない。
けれど克哉はそれを隠すこともなく、むしろ擦りつけるように御堂の身体にぎゅっと寄り添う。
理由を考える頭などとうになくなっていた。
狂おしいという言葉でも全く足りないほどに御堂を求めている心と身体はもう誤魔化しようがない。
今はこうして互いに欲に溺れていられる幸福に押しつぶされそうになりながら、克哉は夢中で御堂の唇を吸い熱をまさぐる彼の手に全身を震わせていた。

 

克哉がこっそりと御堂の寝室から出たのはまだ外も暗いうちで、夜明け前独特の静謐感が室内にも漂っていた。
その静けさに妙に緊張しながら玄関までいき、そこに脱ぎ散らかされた服をとりあえず身につける。
そうして御堂の服を手にしてリビングに戻った克哉の目に留まったのはテーブルの上に置かれた携帯だった。
御堂が携帯を忘れて出かけるとも思えず、かといってあの状況の中で携帯だけを服から取り出してテーブルに置いたはずもない。
「どうした?」
「へ?」
御堂の服をギュッと抱きしめるように持ちながら一心に携帯を見つめていた克哉は御堂が寝室から出てきていたことに全く気付いていなかった。
妙な返事をしたことも自覚できず軽く身支度を整えた御堂を見つめる。
なんの手入れもされていない髪が額にかかり、いつもより無防備に見えるこの姿が克哉は好きだった。
ぼんやりと見とれる克哉の視線を無視して御堂はテーブルの上の携帯を手に操作を始める。
「あ……」
おそらくメールや着信をチェックしているのだろう。
そこには幾度もかけた自分の番号の履歴が残っているに違いない。
急に気恥かしさに捉われた克哉は「すいません」と先に謝ってしまった。
「何がだ?」
「いえ、あの……何度もかけちゃって」
「らしいな」
呆れているのか面白がっているのか分からないような溜息とともに薄らとした笑みが口の端にのぼる。
「まったく、君は……」
ぱたりと携帯を閉じながらそう言った御堂はそのまま窓際まで歩み寄り少しだけカーテンを開けた。
その隙間から外がだんだんと白み始めているのが見える。
「携帯を置いて行った意味がない」
ぽつりと呟いた御堂の言葉は音として克哉の耳に入ったものの、意味を理解できるほどにははっきりと聞き取れてはいなかった。
「え?」
聞き返してみた克哉だったがそれに御堂が答えることはない。
ただじっと窓の向こうに見える朝靄にかすんだ街並みと川を見つめていた。
「あの……」
そうして一つ息を吸い込み多少逸る心を抑えて克哉は口を開く。
「オレ、頑張って英語を話せるようになります。もっといろいろ勉強して御堂さんの足手まといには絶対にならないようにします」
「佐伯?」
視線を伏せていた克哉だったが御堂が振り向いたことは察しできた。
こんなことを言い出す自分を、彼はどんな顔をして見ているのだろう。
「だから、あの……」
全く動く気配のない御堂に緊張する。
「いつか、一緒に……働きたい、です」
身の程知らずのような気がしてまともに顔を見られなかった。
海外での仕事など出張でさえ経験したことはない、だからといって英語を勉強しただけでなんとかなるとも思えない。
それでも……。
どうしても抑えきれない想いに顔をあげ、克哉はまっすぐに御堂の瞳の深い色を見つめた。

 

 

 

 

 ―― シカゴって、今何時なんだろう?

屋上のフェンスに寄りかかり青く高く晴れ渡った空を見上げる。
かなりの高度を保った飛行機がゆっくりと通り過ぎていくのを幾度か見かけた。
既に御堂は日本にいない。
この数日があまりに濃密すぎたせいか、まるで胸にぽっかりと穴があいてしまったかのように空しい。

『役に立たないと分かれば即刻追い返すからな』

そういった御堂の口元にはにやりとした悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
けれどその瞳はいたって真剣だ。
プロトファイバーの販促をしていた頃、実は彼が自分を認めてくれていたのだと知った時の興奮を思い出す。
彼が認めてくれた自分なら、自分でも自分を認めて受け止め精一杯やっていくしかない。
そして想いと身体が繋がった今は、また別のものが欲しくなっていた。
社会的な立場だ。
今の御堂と克哉の立ち位置は雲泥の差だろう。
それを少しでも縮めたい、追いつきたい、そしていつか叶うものなら肩を並べるられるほどに……。
そこまで考えて思わず脱力した笑みが零れる。

 ―― 並べるなんて、いつのことだよ?

けれどそれを目指さないことには何も始まらない。
「んーっ!」
青空に向かって大きく両手を上げ背筋を伸ばす。
その腕を伸ばしたまま腕時計を見れば昼休みもそろそろ終わりの時間だ。
午後の予定はしっかりと頭に入っているが念のためポケットの手帳を取り出して確認をする。
「よしっ、と」
気合いをかけるように声を出し手帳をぱたりと閉じた。
そうして何気なく見上げた遥か上空には、どこに向かうのか遠くの地を目指す銀色の小さな機体が音もなくゆっくりと滑っていった。
それを一瞬眩しそうに眺めてから、克哉はゆっくりとフェンスに背をむけて屋上を後にしたのだった。 

2008/09/09
 

 


 

 

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