「あ……」

エレベーターを降りて左に折れた廊下の先、いくつかの自販機とガラス壁に囲まれた喫煙室のある一角に御堂の姿があった。
当然コーヒーでも買いにきたのだろうが、なぜかカップの自販機の前でメニューをじっと見つめたまま動く気配がない。
どうしたんだろう、と思いつつ数歩近づいたところで克哉の足音に気づいたらしい御堂がちらりと視線を向けてきた。

「どうかしたんですか?」

訊ねつつ御堂の側に行って何気なく写真とともに表示されているメニューを見てみる。
と、既に赤いボタンが一つ点っていた。
砂糖増量のボタンだ。
砂糖? と思う間もなく、小さく溜息をついた御堂は続けてカフェオレのボタンを押していた。
カタンとカップの落ちる小さな音がして自販機が動き始める。

「部長、それ…カフェオレ……」
「ああ、そうだ」
言いたいことは分かっているとばかりに口早にそう言うと再び溜息をつく。
口元を少しだけ歪ませてじっとカップの取り出し口を見下ろしている様子からすると、どうやらカフェオレを飲むのは本意ではないらしい。

 ―― しかも砂糖増量?

普段、御堂が飲むものといえば、ブラックのコーヒーかワインかミネラルウォーターくらいのものだ。
仕事関係の食事に行けばビールや日本酒なども口にするのかもしれないが、どうにも泡の溢れそうなジョッキを手にしている御堂は想像に難しい。
今回も砂糖を増量した、コーヒーならまだしもカフェオレなどを手にしているのは初めて見た。
 ―― カフェオレに更に増量? 御堂さんが?

やがて聞きなれた小さな電子音がしてカップの取り出し口の扉が自動的に開く。
少し泡立ったベージュ色の飲み物から立ち上る湯気に混じって、克哉の鼻にもふわりと甘い香りが漂ってきた。

 ―― 本当にカフェオレだ。

妙なところで納得している克哉をよそに御堂はカップを手に取るとさっさと自分のオフィスへと歩き出す。
克哉も慌ててその後を追った。
「部長がカフェオレなんて、珍しいですね」
御堂の半歩後ろについてカップを覗き込むようにして聞いてみる。
しかし御堂はそれには答えず、克哉の手にしている厚みのある封筒を一瞥した。
「それは?」
「え?」
その視線に気づいた克哉は「はい」と言いながら封筒の口を少し開いて見せた。
「総務に入社関係の書類を出しに行ったんですけど、そうしたら戻るついでに1室のみんなに渡してくれって頼まれたんです。
あ、部長の分もありますよ?」
「なんだ?」
「来月の資格試験の申込書だそうです」
「そうか……、もう来月か」
「総務の人が感心してました。1室は仕事だけでも大変なのに、自分から希望して試験を受ける人が多いって」

以前から社内でも花形の部署だとは聞いていたが、実際中に入ってみるとそう言われている理由も頷ける。
成功すればいかにも華々しく賞賛されるが、成果によっては会社の損益に直結してしまうだけに、部員たちも仕事に対しては常に気が抜けないのだろう。
ましてや上に立っているのが御堂なのだから、いい加減な仕事などできるはずもない。
が、それを抜きにしても1室の面々の仕事に対する意欲と慎重さには克哉も気後れしそうなほどだった。
しかもそういう立場にあることをキツいと思うよりも、むしろ誇りと感じているのだということがひしひしと伝わってくる。

 ―― ここと比べると、8課って平和だったんだなぁ。

出社し始めて数日もたたないうちに、既に8課の日常は克哉にとって遠いものとなっていた。

「まったく……。君だって人事ではないんだぞ」
「え?」
「まだ自覚が足りないようだが、君も1室のメンバーで私の部下なんだからな」
「あ……、はい。……すいません」
オフィスの前で立ち止まり、じっと見つめてくる御堂の視線を避けるように克哉は俯いてしまった。
が、途端にクスリと柔らかい小さな笑い声が耳を掠める。
思わず視線を上げたが、目の前の御堂の表情には既にそれらしい笑みを見ることはできなかった。

「では、それを配布したら月次会議での提出資料を持ってきてくれ」
「え、でも、それはまだ作成中ですが……」
今日も朝から資料作成につきっきりだった部員の姿を思い出す。
「分かっている。だが設定数値に一部変更が出た。そのあたりの指示を出しなおす」
「分かりました。すぐにお持ちします」
「ああ」
短く返事をした御堂はそのままオフィスに入っていく。
ドアが閉められたオフィス前には、彼の手にしていたカフェオレの甘い香りが微かに残された。

 

 

克哉がMGNジャパンに出社するようになって2週間が過ぎていた。
今の克哉は御堂の補佐役といった立場だ。
もちろんいずれは企画開発室の一員として御堂のプロジェクトに参加することにはなるのだが、最初の3ヶ月間は仮採用期間となっていた。

『しばらくは1室が社内において具体的にどう動いているのかを把握することだ』
初出社の日、御堂は緊張と不安の色を浮かべてオフィスにやってきた克哉にそう言った。
克哉がこれまでMGNと関わってきたのは、あくまで外部の委託営業マンとしてのスタンスだ。
そんな克哉に御堂が最初に課したのはMGNジャパンの内部事情を把握することだった。
それは1室内の人間関係の把握から始まり、他部署との関わり、1室と直接繋がりのある本社社内人事の勢力関係、それらが作り出す社内の人間の縦横のネットワーク、さらには全国に広がる支社と子会社との関係にも及ぶ。

『期限は3ヶ月だ』
初めて会ったときのことを思い起こさせるその数字に御堂の唇の端がいたずらっぽく上がる。
『もちろん、私の業務サポートもしっかりやってもらうからな』
『3ヶ月……』
それが自分の試用期間と同じことに克哉は緊張した。
御堂もその緊張の意味を感じ取ったのか、ぽんと克哉の肩を叩いて表情を緩める。
『できなかったからといってクビになることはないから安心しろ。仮採用期間といっても形式的なものだ。
よほどの犯罪を起こすか、うちがひっくり返るほどの不利益をもたらさない限りは正式採用になる』
『はい……』
それは克哉も面接のときに担当から聞いてはいたが、それでもやはり緊張感は拭いきれるものではない。
『とにかく、よくも悪くも会社を動かすのは人間だということを忘れるな』
それ以降、御堂は克哉の緊張に目を向けることなく出社第一日目の予定を伝え始めたのだった。

 

 

「佐伯です」
二度のノックの後に名乗るとすぐに中から「ああ」と返事が返ってきた。
「失礼します」
オフィスのドアを開ければいつものように御堂が机上のパソコンに向かっている。
入ってきた克哉をちらりとも見ず、何が気に入らないのか眉を顰めてじっとモニタに見入っていた。
「先ほど頼まれた資料です。それから申込書は部長のレターケースに入れておきますので、あとで確認してください」
「……ああ」
御堂のことだから、生返事ではあるが克哉の言葉はしっかりと耳に入っているのだろう。
一向にモニタから目を離そうとしない御堂の側に行き、パソコン操作の邪魔にならない位置に資料を置く。

ふと視線を移せば、モニタから少し離れたところに先ほど買ったカフェオレのカップが置いてあった。
中身はまだ半分以上が残っている。
時間的に考えてそろそろ冷めてしまっているのではないだろうか。
「あの……、別のもの、買ってきましょうか?」
「ん?」
一瞬、なんのことか分からずに顔を上げた御堂は克哉の視線を辿ってそれがカフェオレのことだと気づいた。
どうやらそれは既に思考の外側に追いやられてしまっていたらしい。
「でなければ、もう昼食をとってしまった方がいいと思いますけど」
腕時計を見て午後のスケジュールを頭の中で確認する。
午後最初の打ち合わせに間に合わせるには、既に食事も少し急がなければならない時間になっていた。
御堂もそのことは分かっているはずなのに、彼は依然黙ったままモニタに見入っている。
その動かない視線から、克哉は御堂がモニタを見ているのではなく懸命に思考を巡らせているのだと気がついた。
そういうことが分かるようになったのもつい最近で、こうして彼の側にいる時間が長くなったからだ。
こうなっては下手に話しかけない方がいい。
克哉はもう一度時計を確認してから遠慮がちに声をかけた。
「食堂で何か簡単に食べられるものを買ってきます」
「いらない」
一歩目を踏み出すか出さないかのうちに短い御堂の声が克哉の行動を制する。
え? と振り返ってみれば御堂は椅子に背をあずけ、ふぅっと溜息をついて目を閉じていた。
そうして二、三呼吸置いて座り直したかと思うと、既に冷めてしまっているであろうカフェオレを手に取って一気に飲んでしまった。
「…………」
口元を歪めいかにも不味そうに眉根を寄せている御堂を、克哉は溜息まじりに見下ろす。
「いらないって、もしかしてそれが食事代わりですか?」
「そうだ」
「またそんな……」

できる男らしく御堂も体調管理に気を遣ってはいるのだろうが、こと昼食に関しては「面倒なこと」としか思っていないような節がある。
克哉がここで仕事をするようになってからも、昼食を抜いたことなど二度三度では済まない。
「体が資本!」と、どんなに忙しくてもしっかりと昼食を取っていた本多とは大違いだ。
そんな同僚と長く一緒にいたお陰で、克哉も御堂のこんな様子には思わず眉を顰めてしまう。

そっと一つ息をついて御堂のネクタイの結び目あたりを見つめる。
瞬間、その下に隠れている鎖骨と胸を覆うしなやかな筋肉が脳裏を巡った。
服の上からでは分からない、直接見て触れて、抱きしめられてみて初めて分かるほどの僅かな御堂の体の変化。

 ―― 痩せてきてるの、自分で気づかないわけないだろうに……。

「そんな怒った顔をするな」
いつの間にか黙り込みその口元に不満の色を示す克哉を見上げて、御堂は僅かな笑みを浮かべた。
「あの甘ったるいカフェオレで充分だ」
「もしかして、最初からそのつもりで買ったんですか?」
「ああ」
そうなのだろう。
でなければ、御堂が砂糖の増量をするなどあり得ない。
「部長……」
「ん?」
「体調管理だって仕事のうちだって言ってましたよね」
「ああ」
「だったら昼食もちゃんと取って下さい」
「普段は取っている」
とは言うもののその内容ときたら、克哉の買ってきたサンドイッチ一切れにコーヒー、1室への差し入れにと貰ってきた和菓子を一個、一昨日などはせっかく克哉が食堂からランチプレートを持ってきたというのに手をつけたのは付け合せのブロッコリーとミニトマトだけだ。
「あ、あんなの、取ってるうちに入らないですよ」
まるでツッコミのように声が荒くなる。
「何をそんなにムキになっているんだ?」
「ムキになってるとかじゃなくて、……部長が倒れたりしたらみんな困るんですよ? もっと自分の体のことを考えてください」
最近やけに痩せてきて、本当はものすごくあなたの身体が心配なんです、とはあまりに個人的意見のような気がしてとても言えない。
口に出せない代わり、視線に想いを乗せていつになく真剣な表情でじっと見つめてくる克哉に、どういうわけか御堂の喉がクっと小さな笑い声を上げた。
「……なっ、なんですか?」
もちろん克哉にはその意味が分からない。
が、それが余計に可笑しいのか、御堂はさらにクツクツと笑ってから一つ大きく深呼吸をした。
「君は本当に私のところに嫁に来たみたいだな」
「……っ、み、御堂さ……、御堂部長!」
途端に克哉は真っ赤になり何か反論の言葉を捜したのだが、結局それを見つけることはできず唇を半ば開くだけに留まった。
が、克哉のそんな様子は御堂にさらなる楽しみを与えたらしい。

カタンと椅子を鳴らして立ち上がったかと思うと御堂は克哉との距離をあっという間に詰めてきた。
「ぶちょ……?」
部長? と問いかける前に、顎を取られたかと思うと克哉の視界は御堂の顔に占められていた。
唇が触れ合うと条件反射のように目を閉じてしまう。
が、それも一瞬で克哉はすぐに目を見開き御堂から離れようとした。
しかしその時には既に後頭部にしっかりと手を添えられていて離れようにも離れることができなくなっている。
御堂の胸に手を押し当ててみるが、それでも互いの体に僅かな隙間ができただけにすぎなかった。
顎に添えた指と頭を抑える手は力強いくせに、唇だけはひどく優しい。
何度も何度も触れては離れ啄ばみ舌先で舐められる。
それはまるで拒絶する克哉をなだめているようだ。
 ―― 甘い……。
唇にかかる御堂の吐息からは甘い香りが漂ってくる。
それが克哉の鼻腔から入り込み身体に沁み込み、やがて腕の力を失わせた。
そんな変化を感じ取った御堂は後頭部に回していた手を離し腰を抱き寄せる。
二人の身体がぴたりと重なり合い、克哉の腕もいつの間にか御堂の背中に回されていた。

触れるだけの焦れったいキス。
克哉の身体の奥が疼き始める。
やがて吐息よりも甘い御堂の舌が入り込み克哉のそれを捉えた。
「……っ」
絡み合う舌の奏でる淫らな音が脳内に響き、しかしそれがかえって克哉に我を取り戻させてしまった。
慌てて顔を背ければあっさりと唇は離れる。
「どうした?」
頬に手を添えられ視線が合う。
御堂の余裕の瞳には悪戯っぽい色が浮かんでいた。
「……就業中です」
「そうだな」
喉の奥で笑い、ちゅっとわざと音を立てるように一つキスをされる。
「御堂部長っ」
恨みがましく睨みつけてみるがさっきまで甘いキスに翻弄されていた克哉の視線には全く威力などない。
それどころかそんな克哉の態度は御堂の奥に潜む嗜虐心に火をつけてしまうだけだった。

 ―― きっちりしようと思っているのに……。
プライベートで恋人の御堂と仕事でも多くの時間を共に過ごしているのだ。
ともすれば甘えてしまうかもしれない自分を「仕事では一切プライベートを出さない」と厳しく律していた。
……つもりなのだが。
時おりこうして御堂が悪戯をしかけてくることがある。
もちろん御堂もそのへんはわきまえているから仕事に支障をきたすようなことはしない。
それでもMGNに来たばかりでいまだ緊張の残っている克哉は些細な行為にも翻弄されてしまうのだ。
一度、プライベートと仕事をきっちりと分けるようにしているという『自分ルール』を御堂に話したことがあった。
が、御堂は『それは君の決めたルールだろう? なにも私がそれに従う必要はあるまい?』とあっさりと流してしまったのだ。

「20分だ」
腰を抱き寄せたまま御堂は克哉の耳元で囁いた。
「え?」
吐息がくすぐったくて思わず首を竦めてしまう。
「打ち合わせまであと20分ある」
「ですから、その間に急いで食事を……っ」
耳に熱くぬめったものを感じて言葉が詰まる。
淫らに湿っている音がダイレクトに脳を刺激していく。
「知っているか?」
「な…に……?」
「脳の中で食欲と性欲を感じる部分はすぐ近くにあるそうだ」
「は?」
「性欲を満足させれば食欲も一緒に刺激されて満たされるらしいぞ?」
尻をさらりと撫でていった手がそのままズボンのファスナーの上をなぞるように上下する。
「オ、オレは……ちゃんと食事をしてください、って言ってるんです」
「さっき済ませただろ」
「あんなカフェオレだけなんて……」
「だから、君をこうしている」
ゆっくりと動く手に僅かに力が篭った。
ズボンの上から克哉を捉え軽く二、三度揉みしだく。
途端に克哉の喉からは小さく引きつった悲鳴が漏れて全身を硬く緊張させる。
「ちょっ…、あの……っ」
慌てて下半身をまさぐる御堂の手首を捉えてみれば、それは案外あっさりとつかまり克哉の身体から離れていった。
当然克哉の抵抗など無視されると思っていただけに、掴んだ御堂の手を見て意外な肩透かしに言葉を失う。
「…………」
「なんだ?」
「いえ……なん、でも……」
「もっとして欲しかったか?」
「ちがっ……」
違うと言いきる前に克哉の唇は塞がれ、再び甘い香りが口内いっぱいに広がる。

 ―― どうしてこの人のキスはこんなに……。

全ての抵抗を奪われてしまう。
周囲のすべてを振り捨てて全身で御堂を感じたくて堪らなくなる。
たったキス一つで克哉の意思を奪い翻弄し蹂躙してしまうこの男を、ほんの少し憎いと思い、しかしどうしようもないほどに好きなのだと突きつけられる。

「あ……」
とうとう我慢ができなくなり自分から御堂の舌を追いかけ始めた途端、触れ合っていた唇が急に離されてしまった。
求めようとして行き場を失った舌が空気に触れて寂しい。
「残念だが、ここまでだ」
「え?」
唖然として見つめる克哉に御堂は薄く笑って見せる。
「これから大事な打ち合わせがあるのに、最後までするはずがないだろう?」
「………………」
「拗ねた顔をするな。そんなに期待していたのか?」
「し、……してませんっ」
しかし否定の言葉は弱く、克哉自身は自分の目が潤んで頬が蒸気していることなど気づきもしない。
「心配するな。続きはちゃんとしてやるから」
再び耳に唇を寄せて囁かれた言葉にぞくりとする。
「今日は何曜日だ?」
「……金曜」
「月曜は?」
「え? ……えっと、……やす…み……です」
御堂の肩越しに卓上の小さなカレンダーに視線を移した。
日曜祝日の振り替えのため月曜の日付は赤くなっている。
「よかったな。たっぷりと啼けるぞ」
「御堂さんっ」
照れ隠しのようにわざと語気を荒げる克哉に喉の奥で小さく笑い、御堂はもう一度ゆっくりと尻を撫でてからその身体を解放した。

そうしてすぐに仕事の体勢に入る御堂に克哉は軽くへこんでしまう。
 ―― 今は仕事中だ。仕事中、仕事中……。
そう自分に言い聞かせてみても身体の奥に疼く熱と口内に残った甘さはなかなか消えない。
 ―― なんでこう流されやすいのかなぁ。
小さく溜息をついて何やらマウス操作を始めた御堂を恨めしく見つめてみる。
その気配に気づいたのか、御堂が手を止めて克哉を見上げてきた。
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
完全に仕事モードに戻っている御堂にさらにへこむ。
「ちょっと、あっちでコーヒー飲んできます」
「ああ」
返事をした御堂の視線はすぐにモニタへと戻ってしまった。

 

 

そうして克哉がオフィスのドアを閉めてからすぐ。
御堂はそれまで笑いを堪えていたかのようにクツクツと笑い出していた。
マウスから手を離し、椅子の背もたれに身体を預けて天井を仰ぐ。
「まったく……」
この気持ちをどう表現すればいいのだろう。
大事にしてやりたい、守ってやりたいと思う反面、どうしようもなくいじめてしまいたくなる。
時おり気の強い一面を見せるくせに、まるで風に煽られる綿毛のように流されてしまう弱々しさを晒すこともある。

 ―― どうすれば君を捉えきれるんだろうな。

ぼんやりとドアを見つめながら、今頃自販機のコーヒーを飲んでいるであろう克哉を思い浮かべる。
焦ることはない。
彼は自分から望んで御堂の元に来たのだ。
こうなった以上、離すつもりはない。
これから時間をかけて、彼という人間を知っていけばいいだろう。

ほんの少しの疲労を感じて、御堂は深く椅子に沈みこむ。
そうして静かに目を閉じていると、やがてオフィスに近づいてくる足音が聞こえてきた。
御堂はぱっと瞳を開けてきっちりと椅子に座り直す。

今はまだ無関心を装うのが一番だ。
彼にとってもそれは明日から、いや、今夜から始まる甘い日々へのいい調味料になるはずだろうから。

 

2007/08/09

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