■ 明晰夢 ■
 

 

「御堂さん、耳が生えてますよ」

そんな佐伯の言葉の意味が分からず御堂はグラスを片手に二三度瞬きをした。

「耳ですよ、耳」
ここ、ここ、と示すように佐伯が自分の頭の上部を指し示す。
依然理解のできないまま、それでも佐伯の動作に惹かれて自分の頭に手をやってみる。

「…………」
当然指先に触れるのは髪であるはずなのだが、その前にやけに毛羽立った温かいものが感じられた。
「え……?」
思わず両手を頭にやりその存在を確かめる。
ふにふにと柔らかいそれにはちゃんと感覚も存在しているらしく、あれこれと触っているうちに次第に熱をもちくすぐったさが増してきた。
「み……み?」

がたりと椅子を倒して立ち上がった御堂は慌ててベランダからバスルームへと駆け込んだ。
鏡に映る自分を見て唖然とする。
目の前の自分には耳が生えていた。

 ―― 柴犬?

最初に思ったのはそんなことだった。

 ―― そういえば柴犬の耳はこんなだったか、いや、それよりも少し大きめか?

一見、灰色のようだがよく見れば御堂の髪と同じ紫色が混じっていた。
鏡を見つめながら耳の内側を触ってみる。
自分の指先よりも熱いそこは少し湿っていて吸いついてくるように触り心地がいい。
思わず目を閉じてその感覚に酔いそうになる。

「気持ちよさそうですね、御堂さん?」

背後からかけられた声に御堂はハっとし、そして現実に戻った。
「ありえない……」
鏡を凝視すれば、そこには口の端を歪めて楽しそうな笑みを浮かべている佐伯が立っていた。

「貴様、また何を企んでいる!?」

佐伯と一緒にいると時々夢としか思えないほどに理解不可能なことが起きる。
そんなときは大抵深紅のカーテンに覆われた部屋にいたりするのだが、たまにこうして自分の部屋でそれが起こったりすることもあった。
「いやだなぁ、俺は何もしていませんよ」
くくっ、と喉の奥で小さく笑い佐伯が御堂に一歩近づく。
その妙な威圧感につい後ずさろうとするものの、背後の洗面台のせいでそれは叶わない。
「なんだか一人で気持ちよさそうでしたよね、さっき」
さらに一歩近づいて、あと一歩で互いの身体が触れそうな距離に縮まる。
「な、何を言ってる……」
「だって、ここを触りながら恍惚としてましたよ?」
「……っ」
つ、と伸びた佐伯の指が御堂のもう一つの『耳』を掠めた。
途端に自分で触れていたよりも強烈な感覚が背筋を走る。
やがてそれは甘い痺れとなって神経を伝い身体の隅々まで潜り込んでいった。
「ちょっと触っただけでそんなに感じるのか?」
「ちが……んっ」
しかし御堂の『耳』を捉えた指先は少し硬い毛に覆われた外側と、熱く湿った内側とを同時に揉み込んでくる。
ただ耳を触られているだけなのに、あっという間に腰に熱が集まり立っていることさえ億劫に感じてしまう。

「ほんとに気持ちいいんですね。そんなに尻尾まで振って……」

その一言に御堂の『耳』がピンと立つ。
いつの間にか佐伯の手は御堂の尻に回りそこを撫でていた。
おそるおそる視線を向けてみれば、視界の端にはたはたと揺れる尻尾が見て取れる。
それはやはり『耳』と同じ紫がかった灰色をしていた。
しかも佐伯がそこをゆっくりと撫でるだけで腰の熱がどうしようもないほどに上がっていく。

「さえ……き……っ」
いつの間にか密着していた佐伯の身体に縋りぎゅっとそのシャツを掴んでしまう。
やはり獣の耳は敏感なのか、普通に向かい合っているだけなのにそれは佐伯の息遣いを感じ取り抑えきれない興奮に神経が侵されていく。
「まさかこんなに可愛い狼になるとはな」
にっ、と笑みを浮かべた唇がゆっくりと近づいたかと思うと本来の耳にそっと触れてくる。
が、それに御堂は少し失望した。
そっちではなく、別の、より敏感な『耳』に欲しかった。
しかし本来の耳でもくすぐったいことには変わりなく、思わず肩を竦めてみてその理由を悟る。

 ―― ああ、届かないのか……

互いにこうして立っていては頭の上の方についている『耳』に佐伯の唇は届かない。
御堂のそんな焦れた想いに気づいているのかいないのか、佐伯の舌がゆっくりと耳朶をなぞり始める。
「ん……っ」
ぞくりとした感覚と同時に湿った淫らな音が『耳』に飛び込んできた。
自分の耳を舐める舌の音が何倍にも増幅されて脳内に溶けていく。
同時に尻に回された指は尻尾の付け根をすりすりと摩っていて、それがまた堪らない痺れと熱を生んでいた。
心臓の鼓動が驚くほど大きく痛く、互いの血流の音さえその『耳』は拾い集めて快感のための素材へと変えてしまう。

佐伯の舌はより大胆に御堂の耳を舐め甘く噛む。
自分でも気付かないうちに御堂は腰を佐伯に擦りつけてゆっくりと揺らしていた。
そうして次第に膝を曲げていく。
どうしても『耳』を舐めて欲しいという衝動に逆らえない。

閉じた瞳に満月が浮かんできた。
それはさっきまでベランダで見ていたものより遥かに冴えて美しく、そして少し冷たい銀色をしていた。

 

次第に夢と現実の区別がつかなくなってくる。

あれはなんと言ったか。
夢を見ているのだと自覚しながら見る夢。
けれどこれは夢ではない。
が、現実でもあり得ない。

こうなっては全てが無意味になることを御堂は既に知っていた。

「佐伯……」

自分でも滑稽なほど鼻にかかった甘い声を出しながら、少しかがんで『耳』を佐伯の唇に擦りつける。
「御堂さん」
その唇から零れた言葉と吐息が全身を総毛立たせた。
「あ、あぁ……もっと……」
刺激が欲しいと『耳』を擦りつけ腰を揺らし、付け根を弄っている佐伯の手をぎゅっと掴む。

佐伯が喉の奥で笑っていた。
しかしそんな声も『耳』を嬲る舌の音に消されていく。
さらに熱くなっていく身体の中で、閉じた瞳で見ている白銀の月だけが冷たくぽつりと輝いていた。

 

2008/09/14
 


 

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