「シャワー、先に使った方がいいんじゃないか?」
低く囁く声が聞こえてくるものの、御堂は柔らかい枕に顔を埋めて
「んー」と生返事を繰り返すだけだった。
身体に残る気だるい快感がまだ全身を心地よく覆っていてとても動く気にはなれない。
アルコールが入っているせいもあるのだろう。
うっかりするとこのまま寝入ってしまいそうなその意識をなんとか繋ぎ止めていられるのは、克哉が御堂の髪をまるで手持ち無沙汰ででもあるかのように指先で弄んでいる感覚が伝わってくるからだった。

 

 

 

週末の金曜日。
御堂からの連絡でちょうど同じくらいの時間に互いの営業が一段落したことを知った克哉がせっかくだからこのまま食事に行こうと誘ってきた。
克哉が会社を興してからのめまぐるしい日々。
一緒にいる時間は多いものの、こうして仕事帰りにゆっくりと外で時間を取れることは意外に少なかった。
もちろん休みの日に二人で外食をすることはあるが仕事の後で飲むのはまたそれとは違った趣がある。
せっかく時間もできたのだからたまにはいいだろうと御堂もその誘いに快く応じることにした。

やがて待ち合わせの場所で落ち合って、じゃあ、どこの店にするかとなったとき。
そういえば、と自分宛てに来ていたとあるバーからの葉書を思い出した御堂はそれを克哉に告げてみる。
オープン5周年を記念して常連の客にいろいろとサービスを用意して待っているといったことが記されていたのを思い出したのだ。
当然異存のない克哉はそこでいいと頷いたのだが、その店の場所を聞いた途端、足を止めてしばし御堂に見入ってしまった。
それは以前、御堂が勤めていたL&B社の近くだった。
「どうした?」
いきなり立ち止まった克哉に御堂が振り返る。
「いや……」
再びゆっくりと歩き出した克哉に合わせるように、御堂も少し歩調を緩めて目的の場所に足を進めた。
短い沈黙ではあったが克哉が自分を見つめてきた理由はなんとなく分かったような気がした。
突然の再会から一年。
考えてみればあっという間だったなと街並みを飾るクリスマスディスプレイをなんとなしに眺める。
あちらではカラフルに、こちらでは真っ白にあるいはブルーに輝く繊細な照明に目を移しながら御堂はちらりとその視線を背後に向けてみた。
いつもなら先を歩く克哉が今日に限って半歩ほど後ろを歩いているのはあの再会の場所に近づきたくないからなのだろうと確信していた。
自分にさえ捉えきることのできない気持ちの変化を、当時加害者だったとも言える克哉に理解できるはずもない。
好きだと言っておきながら御堂のためを考えて自分から遠ざかった克哉の心情を考えれば、一年が過ぎた今でも何か心に引きずるものを抱えているであろうことは容易に想像できた。
この一年、克哉が過去のことを口に出したことはない。
それは再会して久しぶりに抱かれたとき「辛くなるかもしれない」と告げたあの一度きりだった。
それからというもの、互いに想いが通じたのだから優しくなるのも頷けるのだが、それだけが理由ではない優しすぎる行為がときおり御堂の胸を痛めて些細な傷を残した。
もちろん強引で意地が悪く、御堂が羞恥に顔を染めることを楽しんでいるのは相変わらだったが、そんな中にも微妙な違和感を感じることがあるのだ。
僅かな躊躇いや過ぎる気遣い、やがてその中には後悔や贖罪といったものまで混じっているのではないだろうかと疑い始めてしまう。
確かに御堂の身体と心をあれだけ傷つけたのだから身体を重ねることに躊躇うのは分かる気もする。
けれど、それと贖罪や同情といった気持ちは別だった。

もちろん御堂にもプライドがある。
そんな気持ちで一緒にいられるのはどうにも耐えられない。
だからどうにかして克哉の中のわだかまりをなんとかしたいと思うものの、どうすればいいのかその方法が分からなかった。
過去にあったことを正面から話し合えばいいのか、それとも言葉ではなく態度で示してやればいいのか……。
どちらにしても、微妙なバランスの上に立っているような今の状況を壊してしまうきっかけになるかもしれない。
哀れみを受けることをプライドは拒否しても、心と身体が彼から離れることを拒んでいるのだ。
分かっているのは、とにかく一人になることだけはもう嫌だということだけだった。

いずれ時間が解決してくれるのだろうか。

ふと気がつけばいつの間にか御堂は店のすぐ前まできていた。
その途端、周囲の喧騒が耳に入ってくる。
金曜日のこの時間、オフィス街が近くにあるこの辺りは仕事を終えたサラリーマンで溢れていた。
歩いてくる途中もこの喧騒は続いていたはずなのに、覚えているのは風に揺れる街路樹のイルミネーションと冷たい12月の空気が肺に入ってくる感覚だけだった。
そういえば御堂が先に立って歩き始めてから一度も二人は口をきいていない。
「ここか?」
側に立つ克哉が店の外に出ているクリスマス風に飾られたメニューを見ながら訊ねてくる。
「ああ。そうだ」
少し声が上ずったのを隠すように軽く咳払いをして、御堂は地下へ向かう階段を降りていった。

 

最近は寄ることもなかったものの、かつての常連だった御堂の来店にマスターも喜んで オーダーした以外にもあれこれと上質なワインをグラスに注いでサービスしてくれた。
金曜日という開放感と心の奥のわだかまり、そして美味いワインと料理のせいだろう。
普段よりも早くアルコールが進んでしまう。
取引先での出来事や耳にした噂話をしながら向かいの席に座る克哉を見つめてみれば、同じくらいには飲んでいるはずなのにまだまだ酔っているというには程遠いようだ。
それに比べて御堂はすでに意識がふわりと心地よく感じるほどになっていて、そのせいかいつもより口数の少ない御堂に克哉が一方的に話をしているような状況になっていた。
そんな中、所々で相槌を入れながらも、いつしか御堂の意識と視線は克哉が喋るたびに動く唇やグラスを持つ指先に惹きつけられていく。
仕事の途中でさえまるで何かのスイッチが入ったように思わず見入ってしまうときがあるのだ。
今のようにアルコールが入ったこんな状況ではそれがさらにセクシュアルな感情を煽って御堂の気持ちを掻きたててしまう。

 ―― そうか……

ふとアルコールの回った頭が、普段ならきっと躊躇うであろう思考を導き出す。

教えてやろう。
どれだけ自分が克哉を必要としているのかを。
もう後悔や贖罪など必要ないのだと。
もしもそれが見当違いなことだったとしたら、全てを酔っていたせいにして忘れたことにしてしまえばいい。

全くの無意識のうちに御堂の目元が艶めいた笑みに染められた。
そうしてグラスに半分ほど残っていたワインをくいと一気に飲み干す。
「おい」
そんな御堂らしくない飲み方を克哉が意外そうな面持ちでたしなめてくる。
「どうした、酔ったか?」
「ああ……、酔った」
空になったグラスを置いてふぅっと小さく溜息をついた御堂は軽く指を組んだ手の上に顎を乗せじっと真正面から克哉を見つめてみた。
きっと今の自分は克哉に言わせれば「俺を誘っているのか?」という顔をしているに違いない。
事実、動き始めた感情はこの男にどうしようもないほどの欲情を感じているのだ。
「御堂?」
聡い克哉のことだから御堂の昂ぶった気持ちは感じ取っているに違いない。
が、滅多にないことだけに訝しそうにいつもとは違う様子の御堂を少し不安げに覗き込んでくる。
「出よう」
そんな克哉の視線を振り切るように御堂は席を立って店の出入り口の方に向かってしまった。

 

地下の店から出てみれば酷く冷たいと思っていた空気はそれほどでもなく、むしろ酔って火照った頬には心地よく感じるくらいだった。
足早に歩こうとしても増えた人波のせいで思うように歩けず少しだけ気持ちが焦る。
ぐずぐずしていると昂ぶったこの想いまでが流れる夜の空気に冷やされて霧散してしまいそうだった。
「どうかしたのか?」
コートに腕を通しながら克哉が隣に並んでくる。
ちらりと横目で見ればいつもと全く変らない冷静な瞳に出逢って少しだけ虚しさが込み上げた。
どうしたもこうしたも、ただお前としたいだけなんだと。
そんなことを言ったらどんな顔をするだろうなどと考えながら雑踏の中、御堂は少しでも早く彼と抱き合える場所を目指して歩を進めた。
とにかく早く、この気持ちが消えてしまわないうちにと。

 

 

ホテルの部屋に入ってドアを閉めた途端、御堂は鞄を落として克哉の両頬を捉えた。
僅かに眉が顰められたのはその手が冷たかったからだろうか。
冷えきった手が頬の温もりを感じる前に御堂は唇を克哉のそれに押し付けた。
そうしながら相手のコートと上着を落としネクタイを抜き去り、シャツの釦を外して胸元を肌蹴けさせていく。
触れ合わせた唇はそのままに、頬に添えられていた手はせわしなく首筋や鎖骨をなぞり胸元に降りて背中に回された。
そうしてぎゅっと背を抱きしめながら口付けを繰り返す。
唇を触れ合わせているだけではとうてい物足りず、舌を差し込んでは相手のそれを捉えて絡めその唾液までも吸い取っていく。
それでも一つになれないのがもどかしくて、御堂は何度も何度も克哉の口内をまさぐっては背中に回した腕に力を込め腰をぐいと押し付けた。
やがて、最初はされるままに唇を任せていた克哉も御堂の流れに合わせるように舌を吸い擦り付けられる腰に手を回す。
静かな部屋には口付けの合間から漏れる激しく甘い吐息と濡れた音だけが響き、御堂のコートや上着も克哉の手慣れた動作で床に落とされていった。
ほんの十歩足らずのところにベッドがあるにも関わらず、その距離を移動することさえ時間の無駄だとでもいいたげに、御堂は僅かに震える指先で克哉のズボンのファスナーを下ろしていった。
「ここでしたいのか?」
唇を離すことなく問いかけてくる克哉の吐息は僅かに甘いワインの香りがしていた。
まるで眩暈を起こしたように視界がちらつき、その囁きとワインの残り香が御堂の欲望を突き上げてくる。
「今すぐ……ここで、だ」
答える御堂の手は克哉のベルトを外し既に半ば勃ちあがりかけているその欲の塊を捉えていた。
「早く……」
そうして膝をついた御堂は手の中で熱く息づいている克哉のものに唇を這わせる。
自分の口内よりも熱くなっているそれを呑み込んで、今すぐにでも欲しいと昂ぶる切羽詰まった感情とは裏腹に優しく丁寧に舐めては唾液をたっぷりと塗り込んでいった。
「御堂……っ」
そんな予想外の行動に、しかし克哉は呆気に取られる前に腰から背筋を駆け抜けた電気のような快感にびくりと身体を震わせた。
思わず御堂の頭に手をやり髪をまさぐってしまう。
まるでそれがもっとと促しているようで、御堂はさらに舌を使っては克哉の快感を高めていった。
多少オレンジ色がかった室内灯とはいえ、明るい光の下でこんなふうに咥えている自分が恥ずかしくて仕方なく、なのにそれ以上の興奮が御堂の意思を流して身体を動かしていく。
頭上でときおり呻く克哉の掠れた声がさらにそれを助長して、自分は本当にどうかしてしまったようだと感じながらも、今は欲望だけに従えばいいのだと御堂はあっさりとその理性を捨て去った。

ふいに強く腕を掴まれたと思ったと同時にそれを引き上げられ、御堂は荒々しくドアの横の壁に押し付けられた。
すかさず背後の克哉が前に手を回してベルトとファスナーを外し一気に御堂の欲望を外気に晒す。
自分の行為に充分すぎるほど感じていた御堂のそれは既に潤いをまとってふるふると震えていた。
克哉の手が両の尻に当てられ身体を寄せてきた気配に、くる、と意識的に身体の力を抜きゆっくりと息を吐き出す。
それは数えきれないほど抱かれていつの間にか身についてしまった自然の動きだ。
が、開かれた尻に当てられたのは熱く湿った柔らかいものだった。
それが中に潜り込もうとするように動いて細かい襞を弄ってくる。
「や……ぁっ」
思わぬ刺激にびくりと全身を震わせた御堂は崩れそうになる身体を壁に片手をついてなんとか支え、もう片方の手で尻に当てられた克哉の手を握り締めた。
「あ…ぁ、んっ……さえ、き……」
ぐいぐいと入り込もうとする舌は奥を刺激するには短すぎて、じりじりと物足りない熱だけが膨らんで御堂の全てを欲望の中に突き落とそうとする。
どうしようもなく尻に力が入り、嬲られている襞を小さく震わせているのが自分でもはっきりと感じられた。
 ―― こんなにひくつかせて……
いつも囁かれる淫らな言葉が耳の奥に響いてくる。
けれど今の克哉に言葉はなく、ただひたすら柔らかくとろけ始めている御堂の狭間に舌を這わせているだけだった。
「も…いいからっ、さえき……っ!」
促すように握った手にぎゅっと力を込めると背後でくっと小さく笑う気配がして、前置きの言葉も何もなく一気にそれが押し入ってきた。
「うぁ…ぁ……くっ!」
そうして息を落ち着かせる間もなく克哉は腰を揺さぶり御堂の身体を突き上げていく。
互いに潤し合った場所がぬめりながら蕩け合いさらに熱い熱を孕ませていった。
「あ、あっ…あ……っ!」
五感の全てが繋がった場所に集中して、まるでそこだけが命をもって動いているような感覚に陥る。
唇から漏れる喘ぎはもはや意思で留めることはできず、その合間に「もっと、もっと」と強請る言葉が混じっていく。
存分に貪りたくて、存分に与えられたくて、御堂は自ら克哉の動きに合わせて腰を振った。
克哉に迷いなど与える余裕もないほどに乱れさせたい、ただただその欲望を自分にぶつけさせたい。
動きが激しさを増せば増すほどに満たされて、御堂は自分の全てを晒して克哉にその身を貫かれていた。

 

 

 

「おい」
ゆっくりと髪を弄っていた指先が耳朶を掠め、くいっと御堂の鼻先を摘んできた。
「んっ……やめ…」
そこまでやられてやっと目を開けた御堂は首を振って克哉の指から逃れようとする。
「シャワーはどうするんだ、動けないなら洗ってやろうか?」
にやりと口の端を歪めている克哉の表情をちらりと見て、御堂は「遠慮する」と呟いて枕に頬を押し付けた。
「先に使ってくれ。……だるい」
顔が半分枕に埋まっているせいでくぐもった声になっているのが妙に子どもっぽくて、克哉はその乱れた髪に手を入れると数回くしゃくしゃと撫でてベッドを降りた。

克哉の気配が離れバスルームのドアが閉められて、やがてシャワーの音が聞こえ始めるのを待って御堂はゆっくりと半身を起こした。
「……っ」
僅かな痛みとそれを上回る快感が腰にまとわりついて思わず身体を強張らせる。
改めて見ればシーツはくしゃくしゃに乱れ皺が寄り、あちこちが欲望の残滓で濡れていた。
酔っていたのは確かだが、それでも部屋に入ってからのことはきっちりと記憶に刻まれている。
晒した痴態の一つひとつが鮮明に脳裏に蘇り、ましてそれが全て自分から仕掛けたことなのだと思うとどうにも恥ずかしくてどんな顔で克哉を見ればいいのか分からなくなっていた。
なんとかシャワーの音が止むまでにこの羞恥心を取り払っておかなければと、軽く頬を叩いて深呼吸をする。
ベッドサイドの時計を見ると午前3時を少し回ったところだ。
優しいオレンジ色の灯りの中、御堂は室内をぐるりと見回してみる。
再会した夜に泊まったホテルに入ったのはもちろん偶然ではなかった。
店の近くには別のホテルもあったが、少し歩くことになっても御堂はここを選んだ。
そんな感傷的な行動を克哉はどう思うだろうと、今になって妙な気恥ずかしさを覚えてしまう。
窓の方に目を向けてみれば合わせられたカーテンに少しの隙間ができていた。
その僅かな間に何かちらりと動くものが見えたような気がして御堂は少し身を乗り出してみる。
が、そんなことでそれが何かを見極められるほどには御堂の視力は良くなかった。
今着られるものといえば心地良さそうな手触りのバスローブだけだが、情交の跡が残る身体のままそれを着るのは躊躇われた。
ワイシャツを着るわけにもいかず、かといって全裸のまま窓際まで出て行くのもいやだ。
しばらく考えたあげく、御堂は隣の綺麗に整えられたままのベッドからシーツを剥ぎ取りそれを軽く身体に纏わせた。
シャワーの音が止んでいるのは克哉が身体を洗っているかしているからだろう。
まだ出てこないと踏んだ御堂はそのままシーツをひきずって窓際までいきそっとカーテンを開けてみた。
「あ……」
目に入った光景に思わず溜息ともつかない声を上げてしまう。
夜更けに入って多少輝きを失った街の夜景に白いものが舞っていた。
ふわりふわりと漂うように落ちていくかと思えばビル風に煽られて舞い上がるそれは、思わず見入ってしまうほどに夜の街を穏やかな静寂の中に包み込んでいる。
カーテンに手をかけたまま、御堂は静かな光景に捉われたようにじっと佇んでいることしかできなかった。

その静けさを破ったのはバスルームのドアが開けられる音だった。
我を忘れかけていた御堂は一瞬びくりとして、しかしぱっとした笑顔を克哉に向けた。
「佐伯、雪だ!」
滅多に聞けない御堂の嬉しそうな声に僅かに目を見開き、克哉は雪よりももっと意外な光景に見入っていた。
さっきまでベッドでだるいと言っていた御堂が窓際でシーツを纏い雪が降っているとはしゃいでいるのだ。
「くくっ……」
髪を拭いていたバスタオルを頭に被ったまま、克哉はくつくつと楽しそうに笑い出した。
途端に御堂はその笑いの意味を悟ってばつの悪そうな表情を浮かべる。
こんな格好で雪だと喜ぶなど、妙齢の女性ならロマンティックにもなるのだろうが30男がやってもどうにもならないだろう。
「シャワー浴びてくる」
小声で呟き慌てて窓から離れようとする御堂を克哉が捕らえその腕に抱きこんだ。
「雪だな」
そうして御堂にも雪が見えるように窓の方を向かせる。
そのまましばらく無言のままに舞い降りる雪を見つめていた。
背後にぴたりとくっついて御堂の腰に腕を回し、顎を肩に乗せるような格好をしているからその息遣いが御堂の耳や頬を掠めていく。
少しだけ回した腕に力が込もると同時に唇が耳に触れて、そのくすぐったさに御堂は肩を竦めた。
「なんかあったか」
耳朶を啄ばみながら囁かれる言葉に御堂の背筋がぞくりと震える。
「どうして」
どうしても何もないのに、どう切り出せばいいのか分からない。
行為の最中の克哉がときおり酷く優しいから、ときおり酷く躊躇ったりしているから、それが御堂の心に影を落としているのだと。
克哉は全く気づいていないのだろうか。

「お前の、せいだ」
ぽつりと小さな声は静かな部屋の中でもやっと聞き取れるほどだ。
それでもすぐ側にいた克哉にはきっちりと聞こえたらしく「どうして」と逆に問い返されてしまう。
 ―― だから……っ!

気持ちばかりが空回りして言葉が出ないなど、この男以外には経験がない。
イヤらしい気持ちは敏感に感じ取るくせに、どうしてこういうことには気づかないのだろう。
いや、もしかして気づいているくせにわざと言わないのだろうか。
「……よかったか」
「え?」
「さっきのはよかったかと聞いているんだっ」

 ―― いったい私は何を言っている
    他に言いようもあるだろうに……

「…………」
「…………」
互いに続く沈黙が妙に居心地悪く、御堂が克哉の腕を振り払おうとした瞬間、
「あんなあんたは初めてだな」
と耳朶を舐め上げられた。
「ああいうのも悪くない」
それが言葉通りの意味でないことは御堂にも充分理解できる。
「もっと……もっと激しくされても構わない」
「……ん?」
「一年前、言ったはずだ」
「…………」
無音の室内に御堂の言葉がぽつりぽつりと零れ、その背中には克哉の胸が呼吸をするたび緩やかに上下しているのが感じられる。
快楽の熱はほとんど鎮まっていたはずなのに、その動きが薄いシーツや皮膚を通して身体の奥にまで克哉の熱を伝えていく。
「言ったはずだ、君が……好きだと」
「そうだな」
「だから……」
「……だから?」
「きっと、なんでも受け入れられる」
僅かに背後の空気が揺れたような気がした。
「私はもう、大丈夫だから……多分」
「なんだ、最後が弱気じゃないか」
くっ、と小さく笑った克哉に御堂は肩を竦めて身じろぎをした。
「それは……君の無茶がときどき理解できないからじゃないかっ!」
「だったら理解できるまで教えてやるさ」
耳から離れた唇が首筋を通り肩甲骨の間に滑って僅かな痛みを残した。
腰に回されていた手が動き纏っていたシーツを取り払う。
「大丈夫だというならあんたから求めろ。そうすれば俺はなんでも望み通りにしてやるから」
「佐伯……っ」
静かな夜の街に向かって晒された身体の中につっと指が入り込んでいった。
欲望の熱が鎮まっても散々貫かれたそこはまだ充分に熱く柔らかく、やがて克哉自身を呑み込み捉え込んでしまう。
さっきまでの激しい交わりとはまったく違う緩く宥めるような動きに、御堂はまるで全身で甘やかされているかのように満足げな吐息を漏らしていた。
「どうしても……欲しかった」
優しい繋がりの中で克哉は愛しそうに目の前の肩を撫でながらそこに唇を落とした。
「さ…えき……?」
くぐもった克哉の声に御堂が僅かに振り返る。
「奪う以外、思いつかなかった。全てを持っていたあんただから……その全てを奪えば、と」
「後悔……っ、んっ、している…んだろ?」
緩やかなだけの動きが次第に焦れったくなってきて、自然と御堂の腰が揺れていく。
「……ああ」
「だったら、それ以上のものをよこせ……っ」
少し強引に振り返り克哉の唇を捉えて口付ける。
「それで手をうってやる…、あぁ……っ、さえきっ……!」
「手に、入れてやるさ……んっ」
ふいの口付けに突き動かされたのか、突然激しくなった動きに御堂も克哉自身も息が上がる。
「なんでも…あんたが、望むなら……っ」
「さえ…き……、さえきっ、や…っ」

ほんのさっきまでどうやって羞恥を隠そうかと思案していたはずなのに、知らずしらずのうちに御堂の身体は克哉に縋ってさらなる快感を引き出そうとしている。
わだかまっていた胸の内を晒したせいもあるのだろうか、今は素直に克哉を求めることができた。
既に幾度も達しているはずの御堂の欲望もそれに従うように張り詰め解放を求めて震え始める。

そんな二人の熱い吐息がかかり薄っすらと窓ガラスを曇らせるその向こう、白くちらつく雪がふわりふわりと舞っていた。

 

2007/11/29
 


 

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