「佐伯」

ソファで横になっている克哉を呼んでみたが反応はない。
10分ほど前までは新たなターゲットとなりそうな顧客リストをチェックしていたはずなのだが、御堂がキッチンに篭っている間にうたた寝を始めていたらしい。
ソファからこれ見よがしに足をはみ出させ、わざわざ寝室から枕まで持ち込んで……。

「おい」
もう一度声をかけてみるが、やはり反応はない。
薄く開かれた唇から漏れる吐息と、規則正しく上下する胸の動きから見て本当に眠っているようだ。
その寝顔を御堂はしばらく眺めて、それから少し位置がズレてしまっている眼鏡をそっと外してみた。
これで起きてしまうかと思ったが、長い睫毛は全く動く気配を見せない。
いつも眼鏡の向こう見える挑戦的な光がなければこうも静かな印象になってしまうものなのか。
僅かに開いてる唇がやたらと無防備に見えた。
できる男といっても、まだ27歳。
自分より7つも年下なのだということをふと思い出した。

「おい、佐伯」
「んー……」
小さく肩を揺すってみると、さすがに気づいたのか小さく呻いて薄っすらと目を開けた。
疲れているのは分かるのだが……。
「そろそろ始まるぞ」
「ん…? 何が……」
「花火だ」
「…………ああ」
溜息混じりに面倒くさそうな返事をして半身を起こし、癖になっているのか眉間にすっと指を伸ばして一瞬不思議そうな表情を見せる。
「ほら」
御堂が克哉の前に眼鏡をちらつかせた。
「俺が寝ている間に悪戯でもしようとしたか?」
差し出されたそれを受け取りながら、ふんと鼻先で笑って克哉は眼鏡をかけ直す。
「眼鏡がずれていたから外してやっただけだ」
眼鏡なしで眠っているときは可愛い顔をしているくせに……と心の中でつけ加えながら御堂はキッチンから持ってきたチーズを手にベランダへ向かった。

 

落ち着いた木目調のガーデンテーブルセットはこのために昨日購入したばかりだ。
そこには既にワインとグラスがふたつ置かれている。
下から聞こえてくるざわめきに視線を落としてみれば、花火の打ち上げ会場になっている川沿いへ向かう人の波ができていた。
「お前が花火見物なんて、意外だな」
「ん?」
丁寧に切り分けたチーズの皿を置いて振り返れば克哉が前髪を鬱陶しそうにかき上げながら外に出てくるところだった。
さっきまで寝ていたせいか髪が所々ハネているしシャツのボタンが半ばあたりまで外されている。
そんな格好など、普段の御堂の目にはだらしなく映るだけのはずなのだが……。
どうしてこうも鼓動が跳ね上がるのかと思う。
普通にスーツを着ているときでさえ妙に人を惹きつける瞬間があった。
自分が彼と特別な関係になっているから余計にそう感じるのかもしれないが、それを抜きにしても気持ちを引き付けられずにはいられない何かがあるのは確かだろう。
「不動産屋の言っていたことを思い出しただけだ」
そう言って御堂は克哉から視線を外してもう一度キッチンへと戻っていった。
こういうときに目を合わせるのは分が悪い。
少しでも邪なことを考えていると何故か克哉はすぐに見抜いて面白そうにちょっかいを出してくるのだ。

キッチンへ行く途中、克哉が使っていたテーブルを見てみれば、さっきまで乱雑に広げられていた資料の類はきっちりとフォルダに収められてた。
私生活ではたまに雑なところも見えるが少しでも仕事が絡んでくるとかなり几帳面な性格が窺える。
御堂の好きな一面だった。

結局、御堂が切ったチーズ以外はテイクアウトのオードブルだ。
やはりここのキッチンも前のマンションのときと同じようにあまり使われてはいなかった。
それでも丁寧に皿に移し替えてみればレストランで出されるようなものと同じくらいには見栄え良くなる。
忙しい男二人にはそれで充分だった。

 

 

「おい」
御堂が今度はオードブルの皿を手に戻ってみれば、既に克哉はワインを開けてそれをグラスに注いでいた。
「私が用意している間に勝手にワインを開けたのか?」
「ん?」
「失礼なやつだな」
そんなことは充分承知していたがな、という意味をこめて派手に溜息をついてやりながら椅子に腰をかける。
と、そのタイミングを見計らっていたかのように御堂のグラスにもワインが注がれた。
「で? 不動産屋がなんだって?」
「不動産?」
「さっき言ってただろう。花火で不動産屋がどうとか」
「ああ……」
いきなりの話に不意をつかれつつ、御堂は一口ワインを飲んでグラスを置いた。
「ここを案内されたときに、ベランダから見る花火は最高だと言われたというだけだ」
「ふぅん、それで今夜の花火に俺を招待してくれたってわけだ」
「別に花火がメインじゃない。今はやらなければならなことが山ほどあるだろうが」
ようやく薄暗くなってきた夜空を見ながら言った言葉に、視線の外で克哉の喉が小さく笑う気配が感じられた。
 ―― ああ、今は目を合わせない方がいいな。
近頃は一緒にいる時間が多いせいか克哉の行動パターンもだいたい読めるようになってきた。

 

『ここは花火を見るには特等席ですよ。ご友人を招待されたらきっと喜ばれますよ』
そう言ってベランダに出る窓を開けた担当者はにっこりと振り返ったのだ。
その言葉が御堂の脳裏に一人の男の姿をイメージさせる。
それは友人などといえる相手ではなく、むしろ懸命に心から追い出そうとしている男だ。
なのに、どういうわけかここで一緒に花火を見るというとんでもない情景を思い描いてしまったのだ。
それが現実になっている今、御堂の心はいつになく浮き立っていた。
しかし、だからといって目の前の男にそれを悟られたくはない。
あまり詳しいことは話さず、ここはそのままスルーしておいた方が無難だと御堂は再度グラスを手に取りワインを口に運ぼうとした。

が、その瞬間。
あらぬ感覚を下半身に受けて思わず御堂は身体を震わせていた。
その衝撃がグラスに伝わり中の赤い液体が御堂の白いシャツに飛び散る。
「な……っ」
驚いて思わず腰を引いたが、スリッパを脱いだ克哉の素足が御堂の敏感な部分をさらに愛撫しようと追いかけてきた。
「何をしてるんだっ」
とりあえずグラスを置いて立ち上がり克哉の足から逃れる。
赤く染まってしまったシャツを気にしつつも、しかし御堂の意識は既に触れられてしまった下腹部へと集まり始めていた。
「まったく……」
わざと眉を顰めて見せ、御堂はシャツを脱ぐために一度部屋に戻ろうとしたのだが途端にガタリと音がしたかと思うと手首を取られあっという間に背後から克哉の腕に抱きこまれていた。
「離せ。着替えてくる」
僅かに身じろぎをしたが当然解放されるはずもない。
さらにぎゅっと腕に力がこもったかと思うと、克哉は自分のグラスを取り上げ中のワインを御堂の目の前で零し始めた。
ゆっくりと流れ落ちるワインは克哉の腕を濡らし御堂の胸に滴ってくる。
「おいっ!」
いい加減にしろ、と言葉が出かかった瞬間、最初の花火が夜空に打ちあがった。
下の方から歓声が聞こえてくる。
同時に意外に近い場所からもはしゃぐ声が聞こえてきた。
「あんまり怒鳴ると、お隣に迷惑じゃないか?」
クっと低い笑みとともに耳元でそう囁かれて御堂の頬が一気に熱くなる。
隣の住人も同じようにベランダに出ているのだろう。
それがこのマンションの売りの一つでもあるのだから、当然他の部屋の住人たちも。
もちろんしっかりと仕切られてるから姿は見えないが声はそうもいかない。
「いい加減にしろ」
必要以上に声を潜めて後ろを睨みつけてみるがそれは単純に克哉を楽しませるだけだった。
「せっかくの花火だぞ? 見ないのか?」
「こんな状態で見られるか」
既に妙な雰囲気を醸し出している克哉に、これ以上ムキになったら余計に楽しませるだけだと感じた御堂は小さく吐息をついて冷静な声を出してみせた。
そうしてそのままじっと克哉の腕の中に収まっておいてやる。
どうせ反抗すればするほど自分に返ってくるのだ。
ここは大人しくしておいてみるのも手かもしれない。

「今日はどうした?」
案の定、普段と違う態度の御堂に克哉が問いかける。
が、御堂は黙って身じろぎ一つしないでじっとしていた。
「好きにしろ」
「ん?」
御堂の首筋に唇が触れてきた。
「どうせイヤだと言ってもお前を楽しませるだけだろう?」
「ふぅん……、本音とは思えない言葉だな」
首や耳に軽いキスを残しつつシャツの上から胸の先端を探り当てて弄り始めた。
ワインのせいでぴたりと肌にはりつたシャツが擦れて焦れったい疼きが背筋を震わせる。
「なあ、御堂。知ってるか?」
口を開けば熱い吐息が出そうで御堂はじっと唇を引き結んでいる。
「お前、今日は何度俺から目を逸らしてると思う?」
「……っ」
きゅっと痛いほどに摘まれて思わず喉が鳴った。
「それだけ嘘をつてるか、いやらしことを考えていたか……」
「痛いだろっ」
「ほら、あんまり声を出すと、隣に聞こえるぞ? それとも……」
抱きすくめていた腕が下に伸びて御堂を捉えた。
やんわりと掌全体で揉みこまれて腰が引けそうになる。
軽く抑えられているだけだというのに、素足の悪戯で多少なりとも刺激を受けていた御堂のそこはあっさりと熱を集め始めていた。
「期待されていたみたいだな?」
「何がだ」
声が上ずりそうなのをなんとか抑えて答える。
「花火を見ながら外でするっていうのも、いいんじゃないか?」
「馬鹿か。誰がそんな、こと……」
「期待してない、か? だが、好きにしろと言ったのはお前だ」
「それは……っ、うぁ…んっ」
胸と自身を同時に強く愛撫され思わず声が出てしまう。
が、偶然にも上がった数発の花火の音がそれをかき消してくれた。
クっと小さく笑った克哉がゆっくりと御堂のシャツのボタンを外し始める。
「うまいなぁ、花火に合わせて喘ぐなんて。けっこう余裕か?」
「佐伯……」
下に伸びている方の手首を掴んでみるが指先の微細な動きまでは止められず、緩急をつけて追い立ててくる克哉に御堂の反応も素直に従うしかなくなっている。
シャツの前も肌蹴られ、濡れた素肌の上をゆっくりと這い回る手の感触にぞくりと全身が粟立った。

「さ…えき」
「なんだ?」
こんな展開になってもそれが嫌なわけではない。
それどころか、ここまで身体が反応してしまえば御堂とて途中でやめることは無理なのは充分分かっている。
しかしだからといって、続きはベッドに行ってから、などと言うことも到底口にできることではなかった。
一度問い返してきたきりの克哉に、せめて察しろと手首を掴む手に力を込めてみるがどうにもその意思は伝わっていないらしい。
さらに大胆になってくるその動きに御堂も立っているのが次第に辛くなってくる。
「ん……っ」
隣が気になって懸命に唇を噛みしめてみるが、どうしても鼻から抜けるような甘い吐息は抑えられない。
気がつけばシャツは肩から落とされて両腕にまとわりついているだけになっていた。
露になった肩や背中に唇を這わせながらときおりきつく吸い上げられる。 いつもそうだ。
わざと御堂の目の届かないような位置に跡を残したがる。
やがてファスナーを下ろす硬質な音に浮き上がりかけていた御堂の意識が引き戻された。
軽く抑えるだけになっていた克哉の手首を改めてぎゅっと握り締めたが、それより僅かに早く御堂のものが下着の上から掴まれてしまう。
「本気か、おまえ……こんな所で」
「ああ、本気だ。それに……」
御堂の耳を軽く噛んで舌を差し入れる。
「好きにしろと言ったのは、お前だ」
「あれは……っ」
「黙れよ。いまさら撤回は受け付けない」
「佐伯っ!」
言葉では抵抗してみせるが御堂にしても本気で嫌がっているわけでないことはお互いに承知済みだった。
もしも心底拒否すれば克哉も手を止めていただろう。

自分の中にはこんなにも欲望があったのだと、空白の一年を経て克哉と身体を合わせるようになって思い知らされた。
バスルームやキッチンは言うに及ばず、克哉の悪戯から始まってバーのトイレの個室に篭ったこともある。
そうして今はベランダとはいえ外でことに至ろうとしているのだから、自分でもかなり呆れてしまう。
それでも克哉に触れられていれば自制心などあっという間に欲望に取って代わられて、御堂もその行為にのめり込んでいってしまうのだ。
ベルトを外されズボンと下着を下ろされ、隠しようのない欲の塊を扱かれる。
身の内から湧き上がってくる快感は、花火の音と人々のざわめきと隣人の喋り声といった楽しげな気配に彩られて更にその強さを増してく。
陽が沈んだとはいえ、まとわりつくような熱い空気のせいで御堂の肌にもじっとりとした汗が浮かんでいた。

ふいに首のあたりに冷やりとしたものを感じて御堂は身を竦めた。
やがてそれは肩から背中や胸に滴り落ちてくる。
「な……っ」
鼻に触れてくる芳醇な香りは間違いなくワインだ。
驚いて振り返ってみれば、ちょうど克哉がワインのボトルに口をつけているところだった。
一口飲んでボトルを置いたかと思うと強引に唇を重ねられワインを流し込まれる。
それをなんとか飲み込んで、御堂は軽く克哉を睨みつけた。
「せっかく選んだのに、お前は……」
それなりに値の張るワインだっただけに恨み言を言ってみるが克哉は鼻先で笑うだけだ。
「首筋に汗が浮いてたからな。気持ちよかっただろう?」
そう言って御堂の肌に薄っすらと残るワインを舐め取るように唇を這わせていく。
「こんな飲み方があるか」
低い声で呟きつつも御堂の身体は既にこの享楽的な行為に心酔していた。
そうして御堂のものが充分に張り詰めてきたところで克哉がそっと後孔に指を伸ばしてきた。
一瞬、御堂の息が詰められるのを感じたのか、それを宥めるように肩口に柔らかく唇が落とされていく。
御堂は目を閉じ相変わらず自身を嬲っている克哉の手首を掴んだまま、じっと最初の指の感触を待ち受けていた。

「……つっ」
やがて入り込んできた指は慣れたように奥へ進み的確にポイントをついてくる。
大きく息をついて湧き上がる快感を逃がそうとするが、それは吐息となって甘い音を周囲に響かせた。
「隣に気づかれるぞ」
耳元で囁かれる声に「うるさい」と返してみるがその言葉さえ熱く途切れそうになっている。
「そんなに……、馬鹿、んぁ……」
「指だけでイきそうだな。やっぱり興奮するのか、外だと?」
楽しげな問いかけに御堂は俯き加減に首を振る。
口を開けば喘ぎ声を我慢することはもうできない。
「は…やく……」
「ん?」
かろうじて低く声を抑えながら御堂が克哉を求めた。
克哉のものに腰を押し付けるようにしてその先を促す。
本当は快楽に溺れてしまいたいのに、周囲の状況がそれを許さないのがどうしようもなく辛かった。
今すぐにでも部屋の中に戻って窓を締めきってしまいたい。
それが叶わないのならここでの行為を早く終わらせてしまいたかった。
どうせ一度きりでは終わらないのだ。
まだ自分の意識で行動できるうちに、なんとか克哉を部屋に引っ張り込んでしまいたかった。

「声を出すなよ」
そんな御堂の気持ちを汲んだのか克哉自身も我慢ができなくなってきたのか、熱く昂ぶった先端がぐっと押し付けられてきた。
テーブルに御堂の手をつかせ、突き出されたそこにゆっくりと自身を沈めていく。
無理矢理のように深呼吸を繰り返す御堂の拳がテーブルの上で小さく震えていた。
そこに克哉の手を重ねてやると、待っていたように握り締められていた指が絡みついてくる。
そうして互いにしっかりと指を重ねたまま、克哉が腰を揺らし御堂もそれに応えて自分の感じる場所に熱い塊を導いていった。
ずっと腕にまとわりついていたシャツが邪魔になったのか、御堂は自分から袖を抜いてそれを床に落とす。
すっかり露になった上半身はすっかり汗にまみれて、花火の光を受けてはそれらの映し出す色に染まっていく。
ほんのりと漂ってくるワインの香りに誘われるように克哉が背中に舌を這わせれば、それさえも大きな快感をもたらすのか御堂は身体を震わせて絡ませ合っている指に力をこめてくるのだった。

 

 

 

結局、ベランダでの一回目は早々に終わらせ、まだ花火も続いているというのにベッドへ移って互いの欲をぶつけ合っていた。
幾度かの絶頂を味わった御堂は既に枕に頭を沈めてうとうととしている。
額に張り付いた髪をよけてやるとほんの僅か呻いたものの、すぐに静かな吐息をつき始めた。

「花火、ほとんど見られなかったな」

御堂の穏やかな表情を見つめながら克哉は小さく呟いた。

今日の御堂はいつになくはしゃいでいた。
といってもそれは大げさな言動ではなく、いつもより少し笑顔が多いとか口数が多いとかその程度のことだ。
買ってきたワインがかなり高級なものだったということも知っていた。
自分が資料に目を通している間、丁寧にチーズを切り分けている姿も心なしか楽しそうに見えた。

そんなふうに意外に子どもっぽい一面を見せられては、どうしても克哉の悪戯心が膨れ上がって抑えきれなくなってしまう。
どうしてこうも嗜虐心を煽るのか。
既に寝入っているらしい御堂の髪をしばらく梳いてやる。

 ―― 来年は大人しくしててやるか……。

きっと来年もこうして一緒に花火を見るのだろう。
そのときはとりあえず付き合ってやるかと、克哉は僅かに開かれている薄い唇にゆっくりとキスを落とした。

 

2007/08/20
 


 

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