窓から見下ろす芝生の中庭は明るい陽射しに満ちていた。
新緑の季節を迎えて緑の芝はますます伸びてきたようで、一週間の授業から解放された学生たちが思いおもいに座り込んだり寝転んだりしてつかの間の自由を満喫しようとしている。

3階の舎監室に向かう廊下を歩いていた御堂は、そんな光景にほんの少し立ち止まり彼らの様子を眺めた。
いつもなら週末には家に帰る学生たちも来週に定期試験を控えているせいか私服に着替えている者は少ない。
当の御堂も週末は成績に不安の残る下級生たちの勉強を見るため学寮に残ることになっていた。

そうしてしばらく窓辺によりかかり中庭から届く喧騒に耳を傾けながら腕時計を確認する。
舎監の片桐に指定された時間まであと3分。
そろそろいいだろうと、御堂はいま一度制服の裾や袖を整えネクタイに歪みがないかを確認した。

 

 

「御堂孝典です」
ノックをして氏名を名乗ると中から「どうぞ」とのんびりとした声が返ってきた。
一つ呼吸を置いてドアを開ける。
舎監の執務室は意外に狭く、窓を背にオーク材の大きな机と中央には応接テーブルにソファのセットがある。
壁の片側はどこかは知らないがのんびりとした田舎の風景画、もう片方は片桐自慢の茶葉のコレクションの瓶が飾られていた。
他の学寮の舎監室は知らないが、話に聞くと絵画やアンティークの一切ない簡素な部屋や、かと思えば床から天井までぎっしりと本のつまった書棚があったりする部屋もあるらしい。
つまりは舎監が執務室をどうしつらえようがとくに規定はないらしく、それだけに舎監室はその使用者の性格や雰囲気をそのまま反映させてしまう。
いつも落ち着いた香りのただようこの部屋は主である片桐の人柄をよく表していると言っていいだろう。
毎晩、最高学年の監督生として学寮内の報告をするときに振舞ってくれる片桐の淹れたお茶は、御堂の楽しみでありストレス解消でもあった。

そんな執務室のソファに学生が一人、片桐と向かい合って座っていた。

 

片桐から編入生がくると聞いたのは一週間前だった。
他校からの編入はそれほど珍しくはないのだが、時期として学期の変わり目に入ってくることが通例となっておりこんな中途半端な時期に編入してくるなどこの7年間にはなかったことだ。
その理由を片桐に聞いてみたかったがあまり他人のプライベートに立ち入るのははしたないだろうと御堂は質問を呑み込んだ。
その話を聞いてから2、3日後には学寮内でも時期はずれの編入生のことが話題になり始め、今日などは朝から空気が落ち着かないありさまだった。

その話題の編入生がドアを開けた御堂の方にゆっくりと振り向いた。
当然御堂も見慣れている片桐よりも編入生の方に目が行ってしまう。
そうして視線が合った瞬間、彼は口の端を僅かに持ち上げにっと笑ったのだ。
目は何かを見定めるように細められ、じっと御堂を見つめてくる。
その視線に御堂の背筋は電流が走ったようにざわりと粟立った。
胸の奥で細波が揺れ、ほんの僅かな不安感を浮き上がらせる。
が、それもほんの数秒のことだった。
彼はわざと視線を外すように緩く瞬きをして、再度視線が合ったときにはひどくにこやかで人当たりのよさそうな笑みをその表情に浮かべていた。
「ようこそ御堂くん、さ、どうぞ」
ほんの一瞬の間に起きた彼の表情の変化に気づきようもない片桐は、いつものように穏やかな笑顔と態度で御堂を迎え入れた。
「さっそくですが紹介しますね」
御堂がテーブルの側にきたところで片桐が立ち上がり、次いで彼も腰を上げた。
「お話していました編入生の佐伯克哉君です」
「佐伯克哉です」
耳障りのいいテノールでそう名乗った彼は笑顔とともに御堂に右手を差し出してきた。
「御堂孝典です。この学寮の上級監督生をしています」
「こんな伝統のある学校に編入が許されて感激しています。どうぞよろしくお願いします」
そう言って握った手にぎゅっと力が込められた。
握手というには予想外の強さに一瞬たじろいだが、もちろん御堂はそんなことなど表に出さず負けじと笑顔を向ける。
「学寮を代表して歓迎します。ようこそ」
そうして軽く手を振って握手を外すタイミングを伝えてやると促されるままに手を放した佐伯だったが、その離れる瞬間、節の目立つ白い指が御堂の掌をすっと一文字に触れていった。
「……っ」
突然もたらされたくすぐったい感覚に息を呑む。
思わず佐伯を睨みつけてそれが偶然なのか故意なのか見極めようとしたのだが、肝心の相手の表情は相変わらず穏やかに笑みを浮かべたままだった。

 

「君の部屋は2階だ。一回生から6回生までの8人部屋になるから、まずは同室の者たちと親しくなるといい」
舎監室を出て廊下を並んで歩きながら御堂が説明を始めた。
「荷物はもう部屋に運ばれているはずだから……」
「御堂さんの部屋はどちらに?」
「…………」
説明の途中で割り込んできた佐伯の言葉に、御堂はそんなことを聞いてどうするのだと無言で視線を送る。
が、佐伯は気にするふうもなくにこやかに続けた。
「何かあったときは監督生にまず伝えるべきでしょう? だったらあなたの部屋も知っておかないと」
「何かあればまず部屋長に言えばいい。内容によって部屋長が我々に報告すべきか自分で処理すべきか判断する」
「そうですか」
つけ入る隙のない返答に佐伯は苦笑混じりで答えた。
舎監室でのことといい今といい、佐伯の態度には感心のできないところが多々窺える。
それが規律を重んじる御堂の神経を見事に逆なでするのだが、とりあえずしばらくは様子を見るべきだと自分に言い聞かせ少しだけ廊下を歩く歩調を速めた。

「で、御堂さんの部屋はどこなんですか?」
その言葉に御堂は思わず足を止めてしまった。
「君は私の話を聞いていなかったのか?」
「とんでもない。もちろん聞いていましたよ」
さすがに不快感を表して睨みつけてみるが佐伯は一向に気にしてなどいないらしい。
「別に教えてはいけないって規律があるわけではないでしょう? それとも、秘密なんですか?」
僅かに顔を寄せてじっと見つめてくる瞳に思わず御堂は一歩足を引いて下がってしまった。
「そ、……そんなことはない」
「だったら、どこなんです?」
「……3階、この先の一番奥だ」
仕方なく中庭と反対に伸びている廊下の方に視線を向ける。
立ち止まったのは偶然にも御堂の部屋に向かう廊下が分岐している場所だった。
「監督生ともなればもちろん個室、ですよね」
「ああ。5回生以上の監督生には個室を使う権利があるからな」
そう言って廊下の奥をじっと見詰めている佐伯を促すように御堂は歩を進めた。
しかし二歩もいかないうちに肘を強く引っ張られて思わずよろめき上体のバランスを崩してしまう。
倒れないようにと無意識に伸ばした手を掴まれ腰を支えられて、気がつけば御堂は自室に続く廊下の壁に押し付けられる格好になっていた。

「な……っ」
何が起きたのか理解する前に佐伯の瞳が眼前に迫っていた。
その身体でもって自分の身体が壁に抑えられているのだと分かるまではさらに数秒の時間がかかった。

「ふざけるのもいい加減にしろっ」
佐伯と壁の間から抜け出そうともがいてみるが、それはまるで無駄な足掻きだといわんばかりに静かな瞳がじっと御堂を見つめてくる。
「佐伯! 初日だからと黙っていたが君は全く……」
「酷いですね」
鼻が擦り合うほど近くまで顔を寄せた佐伯が囁いた。
その吐息が唇にかかり御堂の全身を小さく震わせる。
「まさか忘れてしまったんですか?」
吐息は唇から頬を掠めて耳を捉えた。
「それとも忘れたふり、ですか?」
脳に直接流れ込んでくる囁きに身体中がざわつき始めた。
肩を竦めて少しでも佐伯から離れようともがいてみるが、しっかりと抑えられた身体は僅かに身じろぎするのが精一杯だった。
自分の身になぜこんなことが起きているのか理解できない御堂には佐伯の言葉さえただの音としか捉えられない。 「離せ! いい加減に…しろ……っ」
「本当に忘れてしまったんですか? ……酷いなぁ」
「……んっ」
ざらりと熱く湿った感覚に耳朶を覆われてびくりと御堂の身体が跳ねる。
「やめ……っ、はな…せ……」
「御堂さん」
濡れた音と感覚、そして甘く囁く声が震える御堂の全身を捉えていく。
それでもまだ抵抗を続けようとする腕をさらに強く壁に押さえつけ、佐伯は御堂の足の間に自分の足を割り込ませていった。

「ん……っ」
突然腰から湧き上がってくるあらぬ感覚に御堂は全身を硬直させた。
膝を割り込んできた佐伯の太ももがゆるゆると御堂の股間を突き上げてくる。
なんとか抵抗しようとするものの、慣れない快感の波に御堂は思考を奪われあっという間に呑み込まれてしまう。
爪が白くなるほど拳を握り締め、壁に身体を預けて立っているのが精一杯だ。

 ―― どうして、こんな……

自分の身に起きていることがどうしても理解しきれなかった。

 

 

18歳から23歳までの青年たちが親元を離れて集団生活をしている学寮内において、どうしたって避けられないのは性的な衝動だった。
川を挟んだ敷地の反対側にある女子校の学生たちと付き合っている者も少なからずいるものの、滅多に会うことができないとなればその衝動を抑えるのは難しい。
結局手近な相手で性欲処理をしてしまうのが暗黙の了解となっていた。
当然規則で許されていない行為であるから現場を見つかれば自主退学も認められず退校処分となってしまう。

本来ならそういった行為を取り締まり学内や学寮内から根絶させるのが舎監や監督生の務めなのだが、片桐もお堅いと言われる御堂でさえもそれを敢えて追求することはしなかった。
実際、そんな学生たちの現場を見つけてしまってもまるで自分が悪いことをしたかのように気配を悟られないようそっとその場を離れるようにしている。
鬼の監督生などと言われてはいるが、なんでもかんでも規則通りにいかないことを御堂もちゃんと理解はしているのだ。

しかしそれが自分のこととなると話は別だ。
3回生の頃からずっと監督生に選ばれ続け、今は最上級生となり監督生のトップに立つ位置にいるのだ。
他の学生を大目にみることはできても自分にそれを許すことはできなかった。
幾人もの下級生たちが御堂に憧れを抱いてファグを申し出てきたりもしていたが、それらも一切断っていた。
少しでも性的な関係があると勘ぐられることを絶つためだ。
そんな御堂だから、監督生になってからは握手やスポーツ以外で他人の身体に故意に触れたことなどなかったのだ。

それが舎監と御堂以外の者が滅多に通らない場所とはいえ、公の廊下でこのような行為に晒されているのだから断固として抗い指導すべきはずだった。
なのにそれができない。
できないどころか、明らかに性的な刺激を受けている股間に意識を持っていかれていた。
腰や背筋に流れる快感にその場に座り込みたくなるが佐伯がしっかりと身体を支えているせいでそれもできない。

「や…め……っ」
次第に息が上がり喉が渇いてくる。
言葉が思うとおり出てこなかった。
「感じてるのか?」
そんな囁きが湿った音とともに脳内に流れ込んでくる。
クっと喉の奥で笑う佐伯の声にはどこか軽蔑めいた色が混じっていた。
途端に羞恥に襲われ、抵抗のため身体をばたつかせようともがいてみたがやはり体力では佐伯の方が上だったらしい。
なにより全身を支配しようとしている快感のせいでもあるのだろう、壁に押さえつけられた身体も手首も御堂の意思ではどうしようもできないほどに力が入らなかった。

やがて立っているのも辛くなってきたのか御堂の脚が僅かに震えだす。
佐伯の膝に弄ばれている下肢も次第に熱を高め欲望への反応を始めていた。
やめろ、と言いたいものの口を開けばあられもない声が出そうできつく唇を噛む。
それでも鼻から抜ける甘い響きは抑えようもなく、そんな自分の情けない状況と耳を嬲る佐伯の舌に翻弄されて御堂の心は罪悪感で満たされていった。

昂ぶる身体に呼吸が過ぎたせいか僅かな耳鳴りが始まる。
その中で御堂はおぼろげながらも離れた場所からドアの開閉する音を聞き取った。
弛緩して今にも崩れそうになっていた身体に緊張が走り心臓が電気に貫かれたようにどきりと痛む。
佐伯もそれに気づいたのか、耳から項に移動していた唇を離して音のする方に素早く視線を向けた。
片桐が舎監室から出てきたのだろう。
かちゃりと鍵をかける音がしてゆっくりとした足音が近づいてくる。
さすがに佐伯もこの状態を見られるのはまずいと思ったのか、すっと身体を引いて御堂の手首を掴んでいた手の力を緩めた。
壁に押し付けられていた状態から解放されて、途端に御堂の身体がずるずると崩れていく。
「御堂君?」
ちょうどそこを片桐が通りかかり、さっき編入生を連れて出て行ったはずの監督生が廊下の少し奥でうずくまっていることに気づいた。
「どうしたんですか!?」
慌てて駆け寄って御堂の側に膝をつく。
そのときには既に佐伯も御堂を気遣うかのように傍らに膝をついて肩に手を回していた。
「少し眩暈がすると言ってしばらく壁に寄りかかって休んでいたのですが……」
まだ息の落ち着かない御堂に代わって佐伯が尤もらしい言い訳をした。
それを聞いた御堂が僅かに視線を上げてきつく睨んできたがそんなこと気にするふうもなく、それどころか佐伯は「大丈夫ですか?」と心配気な声を出して御堂の肩を抱いてくる。
「御堂君、すぐにハウスドクターのところへ行きましょう」
「いえ……」
心底心配しているであろう片桐の声と視線から逃げるように御堂は顔を背けてゆっくりと立ち上がった。
「もう大丈夫です」
深呼吸をして無理やり息を整える。
そうして背筋を伸ばし、いまだ不安げな瞳を向けている片桐に微かな笑みを見せた。
「ご心配をおかけしました」
「でも……」
「いえ、本当に大丈夫です」
おっとりとして人を疑うことを知らないような彼に堂々と嘘をつくのは辛かったが、今は佐伯の言葉に合わせるしかない。
相変わらず自分の肩をしっかりと抱いている佐伯の腕がいまいましく、僅かに肩をすくめて離せと示してみたが却ってその腕の力が強まっただけだった。

「御堂さん、このまま部屋で休んでください。俺だったら教えてもらえれば一人で部屋に行けますから」
「そうですね。そうしてください、御堂君。なんなら僕が佐伯君を案内しますから」
「いえ」
肩を少し押して部屋に向かうよう促してくる佐伯を軽くあしらって拒否する。
まさか教師に学生の案内をさせるわけにはいかず、かといって一人部屋に戻ってこの佐伯を一人で行動させるのは酷く不安だった。
「一年を呼んで案内させますから……」
先生はご自分の用件を優先させてください、と言いかけて言葉を呑む。
ここで片桐を行かせてしまい、また佐伯と二人になるのは嫌だった。
それでも大分落ち着いてきた御堂は佐伯の腕を振りきり、窓辺に歩み寄って大きく開いた窓から中庭に向かって声をかける。
「一学年、集合!」
ざわついていた中庭が一瞬静かになり、直後、石畳の上をバタバタと走り抜ける複数の足音が響き渡った。
それはやがて階段を駆け上り廊下を走り、3人の目の前までやってくる。
はあはあと息を切らしながら御堂の前に揃った一年の中から、一番最後尾にいた少年の名を呼んで軽く手招きをした。
途端に他の少年たちは踵を返しまた中庭に戻っていく。
残された少年は肩を竦めて御堂を見上げ、続いて見たことのない佐伯の姿に気づきそちらをちらりと盗み見た。
「君ならちょうどいい」
少年の余所見に気づいた御堂は少し声を低くして注意を促す。
「今日付けでここに入寮した佐伯君だ。部屋に案内してやってくれ」
「どこの部屋ですか?」
どこか舌足らずな声が歳のわりには愛らしい表情をさらに幼く感じさせてしまうらしい。
少年もそれを自覚しているのか、首をちょこんと傾げながら上目遣いに御堂と佐伯を交互に見比べている。
「君と同じだ」
そう言われて少年は一瞬目を丸くし、しかしすぐに満面の笑みを浮かべて佐伯に向き合っていた。
「同じ部屋なんて嬉しいな。僕は須原秋紀。行きましょう、案内します」
さりげなく佐伯の腕を引っ張って先を促す様子はまるで初対面だとは思えないほど打ち解けている。
佐伯もこの歓迎の態度に完璧に穏やかな笑顔で応えていた。
それはさっきまで廊下の奥で御堂に淫らなことをしかけていた彼と同じ人物とは思えないほどだ。
「では須原君、頼んだぞ」
そう言って御堂は片桐に向かい、
「ご心配おかけしました。お言葉の通りこのまま少し休ませていただきます」
と小さく頭を下げて自室に向かおうとした。
が、それを佐伯が遮る。
「御堂さん」
いかにも御堂の身体を気遣うふうを装いながら近づき、片桐や須原に背を向けているのをいいことに口の端を歪めて小さな笑みを浮かべた。
「後で部屋に伺いますよ。今夜にでも……」
そう小さく囁いたかと思うとさっと身を翻し須原の元に戻ってしまった。
「御堂さん、ゆっくりと休んでくださいね」
しれっと言う佐伯に、内心いらつきながらも「気遣いありがとう」と穏やかな言葉を返して御堂はこの場から去っていく二人の背中を見送った。

片桐もいなくなってしまうと一気に疲れが襲ってくる。
しばらく壁によりかかってじっと目を閉じていたが、どうにも押さえきれない怒りと羞恥と動揺が湧き上がってきてぐっと拳を握り締めた。
そのまま壁を殴りたい衝動に駆られるが一つ大きく息を吸ってそれをやりすごす。
今はそんなことをしても余計に自分が惨めになるだけのような気がしていた。

 

 

自室のドアをぱたりと閉めて、やっと自分の場所に戻れたことに安堵した御堂は大きく溜息をついた。
上着を脱いで椅子の背に投げかけるとそのままベッドに倒れこむ。
いつもならシワになるのを気にしてどれだけ短い時間でもクローゼットのハンガーに掛けるのだが、どうにも今だけはそこまでの余裕がなかった。
横になって目を閉じると佐伯の人を喰ったような笑みと低く囁く声が脳裏に蘇ってきて、御堂は身体を丸めてぎゅっと枕を抱きしめる。
こんなときは個室があって本当によかったと思う。
ドアさえ取り付けられていない大部屋ではプライベートなどあったものではない。
目を閉じて大きく深呼吸をしながら、なんとか佐伯の存在を頭の中から追い出そうとしてみる。
無理やりにでもそうしなければ彼に煽られた身体が再び熱くなりそうで、同時にそんな自分が情けなくて枕に思いきり顔を押し付けた。

 ―― とんでもないやつだ

しかし考えるのをやめようとすればするほど彼の顔や声が鮮明に思い出される。
少しでも気を紛らわせようと、御堂は今後の彼への対応を考え始めた。
以前の学校ではどうだったか知らないが、ここにはここのルールがあるのだときっちりと指導してやらないといけない。
が、まだ他の監督生に言うほどのこともないからとりあえず部屋長にだけはそれとなく……。
いつものように状況を分析して対応策を考えて、しかしいつもの通りにしているつもりでも今の御堂の心を占めていたのは壁に押し付けられたときの彼の力の強さ、密着してくる身体の弾力、そして生々しいほどの快感だった。

 ―― そういえば……

ふいに佐伯の言葉を思い出した。
『忘れてしまったんですか?』
確かにそう言っていた。
彼とどこかで会ったことがあっただろうか?
御堂が学外の者と交流を持つとすればスポーツの対外試合のときか、実家に戻ったときたまに引っ張り出されるパーティくらいのものだ。
どちらにしても、きちんと紹介されているか面と向かって話をしていれば覚えているはずだった。
ということは、すれ違った程度のことなのか?
そもそも彼が以前通っていた学校とスポーツで対戦した覚えはなかった。
さっきの口ぶりでは少なくとも話くらいはしていたような言い方だったのだが、いくら考えても佐伯のことは記憶のどこにもひっかかってこない。
もしかしたらそのこと自体、彼の悪ふざけなのだろうか。
……ありえるかもしれない。
だったら考えても無駄だ。

どちらにしろ、覚えていないものはどうしようもない。
相手が真面目な態度でそんなことを言えばもっと考えるべきなのかもしれないが、あんなことをされた後では真剣になるのもばかばかしく思えてしまう。
もうやめよう。
そう思ってもついあれこれと考え込んでしまい気がつけば頭の中は佐伯のことでいっぱいになってしまう。
それでもなんとかそれを振りきるように、御堂は意識的にゆっくりとした呼吸を繰り返しながら目を閉じた。

 

 

2007/10/15〜2007/12/11
SNSにて連載後、ブログに転載
 


 

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