「何か願いはありますか?」

振り向けば穏やかな笑みを浮かべた青年が一歩後ろに立っていた。
午後10時を過ぎた地下の駐車場に人気はない。
誰かが近づいてくれば足音なり衣擦れの音なりが聞こえてもいいはずだった。
が、そんな人の気配は一切感じなかった。
けれど彼は一目で作りものだと分かるような不自然な笑みを浮かべて御堂の真後ろに立っている。
そうして穏やかな耳触りの良い声で言うのだ。

「どうしても叶えたい願いはありませんか?」

じっと見つめてくる瞳は青く透き通っている。
どこか外国の血が入っているのだろうかと思わせる青に、御堂は彼に対するあからさまな不信感を募らせつつも見とれてしまった。
そういえば髪の色も薄い茶色味がかっているし、肌も男のものにしてはかなり白い。
「あの……」
じっと無言で見つめてくるだけの御堂に青年の笑みが戸惑いを浮かべ始めた。

ああ、こいつは営業には向かない人間だな。
そう思った。
身なりは清潔感を保ってはいるがあまりに無難すぎるスーツの色に、どこか相手に対して腰が引けてしまっている感じがする。
しかも自分から話しかけておきながら、こっちがまともに答えないだけでこの戸惑いようだ。
このまま自分が黙って見つめ続けたら彼はどんな反応を見せるだろう。
ふとそんな悪戯心が起きてくる。
けれど今の御堂はそんな遊びに手を出すには少々疲れすぎていた。

「願いならある」
「え、ほんとですか!?」
やっと答えた御堂の言葉に青年の表情がぱっと輝いた。
と同時に満面の笑みが広がる。
今度は本物の笑顔だった。
「ああ、聞きたいか?」
「はい、ぜひ!」
まるで主人になつく犬のように目を輝かせてぐいと顔を寄せてくる。

「君が私の前から消えてくれることだ」

そう言って御堂は目の前のドアを開けて車に乗り込んだ。
「あの、ちょっと……」
片手を伸ばしてドアに触れようとしてくる青年を拒絶するようにわざと強くドアを閉めエンジンをかける。
まだ何か言おうとする口元が視線の端に入ったがそれを無視してアクセルを踏み込み車を出した。
ちらりとバックミラーを見れば青年はぽつりとそこに取り残されてこちらを見つめている。
いきなり妙なことを言ってくる失礼なやつにはこの程度の扱いで十分だと視線を前に戻そうとしたときだった。
もう一つの影が動いた気がした。
再度、ミラーを覗き込む。
あの青年の隣にもう一人、同じ色のスーツ、一見髪の色まで同じ男が立っていた。
背丈もほとんど同じ彼らがじっとこちらを見つめてくる。
そんな光景にどこか薄ら寒いものを感じて背筋が僅かに震えた。
「ばかばかしい」
わざと声に出してそう言って、背後の彼らを振りきるようにアクセルをぐいと踏み込んで御堂は駐車場を後にした。

 

「この馬鹿が」
タイヤを軋ませて走り去る車を見送りながら溜息混じりに男が呟いた。
まったく、と言いながら指先でくいと眼鏡を押し上げる。
「あ……、待ってよ」
小さな舌打ちを残して歩き出した男の後をもう一人が追いかけた。
「ごめん、でもやっぱり自信ない……」
背後から聞こえるそんな弱気な声に、男はわざと聞かせるかのような盛大な溜息をついてみせる。
そうして足を止め睨みつけるようにもう一人にレンズ越しの視線を向けた。
「いいか、お前がやるしかないんだよ」
「わ、分かってるけど……」
「分かってるならやれ」
それきり男は黙りこみ歩き出した。
そんな彼をそれでも待ってよ、だけど、と言い縋りながらもう一人の男が追いかける。
やがて駐車場の奥、照明が途切れて薄暗くなっているその中に溶け入るように二人は姿を消していった。

 

話の書き出し部分。
ノマは御堂さんの魂を取りにきた悪魔で、眼鏡は付き添いの天使。
人生半ばで魂を取るには本人を納得させた上でなければいけないため、悪魔のノマは必死で御堂さんを「この世に思い残すことのないように死ぬ」ようにしなければいけません。
そのために最後の願い事を一つ聞いてあげるというのがいつものやり方。
ノマと眼鏡はもとは一つの精神体だったものを天使と悪魔の部分に分けられたもの。
基本的にはコメディっぽくするつもりでした。

2009/04/19
 


 

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