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「おはよう」
目が覚めた途端、そう言われてぎゅっと抱きしめられた。
一瞬、頭が混乱して言葉を失う。
けれどダンテの肌の温かさがひどく心地よくて、無意識のうちにその胸に頬を当てたあたりでふいに昨夜のことが脳裏を過った。
どうにも顔を見られるのが恥ずかしくなり、見られたくない本人の胸に隠れるように顔を埋めてみる。
それを甘えているとでも思ったのか、ダンテはバージルの髪にキスをしながらゆっくりゆっくりと自分と同じ銀髪を撫でていた。
しばらくそうしているとやがてバージルの気持も落ち着いてきて、一緒にいるベッドの温かさがこれまでにないほどに心を満たしていく。
昨日はなかなか言えなかった愛しているという言葉も、今なら素直に言えそうな気がしていた。
もちろん自分から唐突にそんなことを言い出すことはないのだが。
「今日は一日こうしていよう」
髪の中に囁かれる言葉に少し上目づかいに見上げれば、最近では珍しいほどに嬉しそうな笑みを浮かべた瞳があった。
それがゆっくりと近付いてキスが落ちてくる。
触れるだけの軽いキスが幾度も繰り返されて、そのたびにバージルの心に温かいものが積もっていった。
―― 愛してる
今の想いにこれほどぴたりと当てはまる言葉があるだろうかと思う。
けれどそれをさらりと言えるほど、バージルはまだこの想いに慣れてはいなかった。
「あー、でも食料を買いに行かないとな」
名残惜しそうにちゅ、とキスをして唇を離したダンテは面倒くさそうに呟く。
そういえば今何時なんだろうとベッドサイドの時計を見れば8時を少し回った頃だった。
それにしてはカーテンの隙間から入り込んでくる陽の光は薄いような気がする。
「とりあえず何か食いに行くか?」
「え?」
「腹、減ってないか?」
言われてみれば確かに空腹ではあった。
クリスマス休暇をダンテの部屋で過ごすと決まってからは緊張のあまりまともに食事が喉を通らなかったほどだ。
それをネタに最初こそあれこれとからかってきた弟でさえ最後には心配してくる有様で、けれどこれを案ずるより産むがやすしというのだろう。
緊張の果てに一夜が明けてしまえば心に残ったのはこれまでに感じたことがないほどの温かさだった。
そうして今まさに空腹を感じている自分にバージルは思わず可笑しくなりくすりと笑みを零した。
「どうした?」
「べつに。それより俺も何か食べたい」
「そうだな。先にシャワー使うか?」
「……後でいい」
それを聞いて一つキスを落とし、ベッドを出たダンテは何も纏わない身体を隠すこともなくバスルームへと向かう。
その背中が思った以上に広くがっしりしていることに今さら気づいたバージルはうっかりあれこれと昨夜のことを思いだし、恥ずかしさのあまり一人だというのに思わず毛布を引っ張り上げ顔を隠してしまった。
* * *
「本当に何も入ってないんだな」
冷蔵庫を覗いたバージルは本気で呆れた声を出した。
食料を買うにしても何を買えばいいのか、とりあえず冷蔵庫の中を見せてもらったのだがその中身は潔いほどにビールとミネラルウォーターしか入っていなかった。
「普段の食事はどうしてるんだ?」
ぱたりと冷蔵庫を閉めたバージルが振り返る。
「朝は向いの喫茶店で昼は学食、夜は近くのデリカテッセンで買ってくる」
「自分で作ったりしないのか?」
するととんでもない、とでも言いたげに両手を上げて肩を竦めるダンテにバージルは溜息をついた。
キッチンに目を向ければ確かに何もなくすっきりとしている。
同じ男の一人暮らしでも随分と違うものだなと、弟から聞いていた髭保険医の料理上手な話を思い出し再度溜息が漏れてしまうバージルだった。
「じゃあ、朝食はその喫茶店?」
「ああ」
まずは朝食を済ませようと、部屋を出てエントランスを抜けたところで二人は立ち止った。
カーテンから入る陽射しが薄暗いはずだった。
空は一面どんよりとした雲に覆われ、しかもちらちらと細かい雪が舞っている。
「全然気づかなかったな」
落ちてくる雪を見上げながらダンテがぽつりと呟いた。
バージルもいつしか果てしないほどに舞い続ける雪に見入ってしまう。
そうしてしばらく無言で空を見上げていると、ふいに手を握られてバージルはびくりとした。
「行こう」
握られた手に僅かな力が籠る。
「食事をして買い物をして、雪なら暖かいベッドから見ればいい」
最後の言葉に一瞬どきりとしたのを見抜かれたのか、ダンテは小さく笑って歩き出す。
男同士で手を繋いで歩くなど、思わず周囲が気になったバージルだが休暇中のせいか雪のせいかあたりに人影は見られない。
気がつけば既に道路を渡り終えて喫茶店は目の前だ。
それでも手を離そうとしないダンテはそのまま店のドアを開けてバージルを先に通す。
心地のいいカウベルの音とコーヒーの香りに迎えられ、バージルは思わず零れた笑みをダンテに向けていた。
2009/11/06
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