ぼんやりと快感の余韻に浸りながら手塚君の乾ききっていない髪を指先で弄んでいると、次第に自分のしてしまったことに対する嫌気が大きくなってきた。
手塚君にしても嫌がっているふうはなく、寧ろ彼もそれを望んでいたようではあったけれど、それでもこんなところで欲情に任せて抱いてしまったのはやはりどうだろうと思う。
そこらへんに脱ぎ散らかされた服が更にその思いを増長していた。
「……っ」
それまでじっとしていた手塚君が身体を起こそうとして小さく呻いた。
一度動きを止めてからゆっくりと起き上がる。
僕も慌てて起きて手塚君の身体を支えた。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
少しばつが悪そうに笑って手塚君は「先にシャワーを使わせてもらいます」と言って風呂場に向かった。
彼のいなくなった床の上には小さな血の跡が残っている。きっとかなりの痛みを感じていただろうに、僕が動きを止めると手塚君は僅かに首を振って続きを促してきた。
最初のキスから優しくなんかなかったけれど、それを受け止めて、さらに求めてくれた彼がどうしようもなく愛しい。
ここに来て一ヶ月、手塚君に会いたいと思いながらも避けてきたけれど、きっとそんな日々もそう長くは続かなかっただろう。
僕が手塚君の側にいて会わずにいられるなんてこと、最初から無理な話だったのだ。
手塚君と入れ替わりにシャワーを浴びて風呂場から出ると部屋にはコーヒーの香りが漂っていた。
「どうぞ」
僕に気づいた手塚君がテーブルの上のカップを視線で示すTシャツにスウェットで片手にコーヒーサーバーを持ち、そして彼は眼鏡をかけていた。
そんな光景につい頬が緩む。
僕は促されるままにソファに腰を下ろすとカップを手に取った。
そのまま僕たちは黙ってコーヒーを飲んでいた。しかし会話もなく飲んでいるコーヒーはすぐになくなってしまう。
空になったカップに気づいた手塚君がおかわりを注ごうとしているのを止めて、僕は口を開いた。
「ずっと話そうと思っていたことがあるんです」
怖くて言えなかったこと。
僕の手塚君に対する気持ちを理解させるには話しておかなければいけなかったこと。
言いたくない、それでも全て言ってしまいたかった昔のこと。
「なんですか?」
手塚君はじっと僕を見つめて笑みを浮かべている。
話してしまったあと、その笑みはどうなってしまうだろうと重いながら、僕は視線を伏せて話を始めた。

 

 

 

 

「だから、あなたはいつもあんなにテニスの話を嫌がっていたんですか?」
「……そう、ですね」
僕は手塚君の顔を見ることができずに視線を伏せたまま、じっと自分の手元見つめていた。
そういえば、この部屋を出たあのときも僕は彼の顔を見るのが怖くて振り返らずにドアを開けたんだ。
「どうして今頃、話したんです?」
「それは……」
「後悔に耐えられなくなったんですか?」
「いえ……、まあ、後悔もありますけど、さっき君を抱いてしまったから」
カチャリと小さな音がして僕は思わず顔を上げていた。
カップを口に運ぶ手塚君の表情に笑みはなく、僅かに眉根が寄っている。
「僕は手塚君に会わないようにここを通る道を避けてきました。でも会ってしまって我慢できずに抱いてしまったでしょう? こなったら僕はもう君を無視することはできない。君が嫌がるふうなら別ですけど、そうでもないようですし?」
僕の言葉に手塚君の口元が笑みを浮かべた。
「これでまた前のように会っていたら同じことを繰り返すでしょう? 僕は手塚君を見ているのが辛くなるし、手塚君はそんな僕を見て訳も分からず嫌な気持ちになる。そうなったらまた僕は……」
「でも、話したからといってそれが変わりますか?」
僕は手塚君の顔を一瞬見つめてまた視線を伏せた。
「……分かりません」
「僕がそれを知ったからといって、あなたの自分を責める気持ちはなくなるんですか?」
僕は小さく首を振る。
「だったら何も変わらないと思いますよ?」
「……かもしれないですね」
「俺だって、これからあなたと会うときにテニスの話を抜きにするつもりはありません」
「…………」
「それに話を聞いてしまって、確かに俺は動揺しています」
ふいに手塚君の語調が強くなった。
「そうだったんですか、では納まらない。もちろん全ての原因は俺が作っていたことですし、肘を打たれた後も全国に行きたくてそれを無視するように練習をすることもありました。 だから俺にはあなたを責めることはできません。だけど、やっぱり気持ちが納まらない部分もあるんです」
僕はじっと自分の手を見ているしかできなかった。
「俺があなたを責めたら気が晴れますか?」
「……いいえ」
「だったら、きっと俺達は前と何も変わることはできないかもしれませんね」
その決別とも思える言葉に僕の胸は電流を流されたようにずきりと痛んだ。心臓の音がどきどきと自分にも聞こえてくる。
それを落ち着かせようと、僕はゆっくりと息を吸い込んだ。
やはり、僕はこのまま彼を失ってしまうのかもしれない。
「辛そうな顔、してますね」
僕の心境とは裏腹に、そう言ってみつめてくる手塚君の表情は緩やかに笑んでいた。
その笑みに僕は戸惑う」
「俺が何を考えているか、不安ですか?」
「……ええ」
「俺もそうだったんですよ、あなたと一緒にいたとき」
手塚君は一度背筋を伸ばすとソファに座り直してその身を背もたれに預けた。そこにあるのは穏やかというよりは悪戯っぽいというのに近い笑顔だ。
「あなたが何を考えて辛そうな顔になるのか分からなかった。それとなく聞いてみても誤魔化されるし」
「それは……」
「でもいいです。今はそれが分かりましたから」
そうして手塚君は腰を上げたかと思うとすぐ側に寄ってきて、その腕を僕の身体に回してきた。
考えもしなかった行動に戸惑って、無意識に抱きしめ返そうとした腕をどうしていいのか分からないまま止めてしまった。
「きっとあなたの後悔はなくならないし、俺はどんな形であれテニスを続けていきます。だからもしかしたら同じことを繰り返してしまうかもしれません」
手塚君が喋るたびに暖かい息が首筋にかかってくすぐったかった。
「でも理由を知りましたからね。同じ結果になるかどうか分かりませんよ?」
腕に力がこもったのをきっかけに僕も同じように彼を抱きしめた。すると手塚君は僕の肩口に頬を押し付けるようにして呟いたのだ。
「もう、逃げないでください。絶対に」
愛しさが込み上げてきてどうしようもないほどだった。
ぎゅっと抱きしめて目の前の首筋にキスを繰り返しながら頷く。
言いたいことはたくさんあるはずなのに感情が先走って言葉が出てこない。
だから僕は一度顔を離して手塚君の眼鏡に手を添えた。
同時に彼は目を閉じる。
眼鏡がなくなった彼の表情はうっとりするほど穏やかで、少しはにかんでいるようだった。
そうして僕は手塚君の唇にキスをした。
ゆっくりと何度も何度も。少しでもこの気持ちが伝わるようにと思いながら。
「ん……」
手塚君が小さく呻く。
僕は唇を耳に移してそこを緩く噛んだ。
くすぐったそうに首をすくめるけれどそのまま耳や首筋にゆっくりと唇を這わせる。
Tシャツの裾から手を入れるとその身体は温かく僕の手に吸い付いてくるようで、僕は小さな突起を見つけるとそれを柔らかく摘んでやった。
軽く息を呑む気配がして身体がぴくりと動く。
その性的な反応にさっきの手塚君の状態が頭を過ぎった。
荒い抱き方をしてしまったために彼の身体が傷ついているのは確実だ。
ここで今もう一度など無謀に違いない。
そう思って僕が手塚君の両肩を掴んで身体を引き離すと、彼は不思議そうな顔をして見つめてきた。
その瞳が既に熱っぽい色を浮かべていたのを少し残念に思ってしまう。
でも手塚君はすぐに抱きついてきて僕の耳元をその唇でくすぐってきた。
「手塚君、今はもう……」
それでも彼が離れる様子はなく、むしろ首を振って僕の言いたいことを止めてくる。
少しだけ身体を離してその表情を覗いてみれば、手塚君は苦痛を感じながらも行為を続けるように促していたさっきと同じ目をしていた。
だったらせめてと視線でベッドの方を示して、僕たちは改めてそこで抱きしめ合った。
今度はゆっくりと、できるだけ優しく手塚君の身体中にキスをして最後に硬く勃ちあがっているそこを口に含んだ。
「あ……っ」
小さな声と同時に手塚君の熱も震えて快感を訴えてくる。
それが愛しくて、もっと感じてほしくて僕はそれを丹念に舐めていった。
快感に耐えられずに腰が揺れている。
「や……、んっ」
手塚君の手が僕の頭に置かれて髪をまさぐってくるのがたまらなく嬉しかった。
強く緩く吸い上げて、先端を柔らかく甘噛みするとびくりと腰が跳ね上がる。
「やま…とさん、も……、や…っ」
髪に差し入れられている手に力が入って僕を離そうとしているようだったけれど、それを無視して限界にきている熱を更に煽ってやった。
手塚君の唇から零れる切なげな喘ぎ声が高く途切れ途切れになってくる。それは僕の身体にも熱をもたらしてきた。
「もう……、やっ、んぁ……っ」
一瞬、手塚君の身体が震えて動きを止める。直後、彼の放った熱を僕は受け止めた。
荒い息に胸を上下させている様子をしばらく眺めてからキスをすると、最初はされるままだった手塚君の舌が僕のそれに絡み始めてくる。
唇の濡れた音に欲情が刺激される。
と、手塚君が唇を離して一度僕を見つめ、それから耳元で囁いた。
「続き、してください」
「でも……」
「身体のことなら大丈夫ですから」
「…………」
「欲しいんです」
そう言って僕の身体の中心で勃ち上がっているそれに手を添えてくる。
その快感は強烈で、何より僕を見つめてくる欲情に潤んだ瞳に耐えることはできなかった。
手塚君の足を開かせて、その奥に隠れている蕾に舌を這わせる。
さっき一度開かれているため柔らかくはなっているけれど、それでも僕は唾液を塗り込めるようにそこに舌を差し込んだ。
「んっ」
小さく手塚君の身体が震える。
「痛いですか?」
もちろん痛いなどという答えは帰ってこない。ただ小さく首を振っているだけだった。
ゆっくりと解していくうちにも聞こえてくる声は苦痛なのか快感なのか判断ができないほどに小さかったから、僕は少しでも手塚君に感じてほしくて勃ちあがりかけている熱に緩く愛撫を加えた。
途端に甘い声があがって僕はほっとする。
しばらくの間そうしてから、もう少しだけ足を開くように促した。
充分に柔らかくしたはずのそこに僕のものを当てる。
一瞬、手塚君の身体から緊張が伝わってきたけれど、僕はそれを無視して腰を進めた。
「くぅ……っ」
唇を噛んで眉根が寄せられている表情が痛々しい。
「大丈夫ですか? 少しこのままでいますから」
閉じていた瞳を薄っすらと開けて、手塚君は頷くと少しだけ笑みを見せてくれた。
「きっと、前と同じようなことにはならないと思います」
「え?」
「俺たちは、同じことは繰り返さない。きっと」
「手塚君……」
浅い息をしながら囁く言葉は理解するより前に僕の身体を刺激してくる。
それは言葉としてよりも音として僕の興奮を煽っていた。
僕は軽くその唇にキスを落として、ゆっくりと動き始めた。
「んっ、あ……っ」
手塚君の表情を見ながら今は力を取り戻したように勃ち上がる熱を手で擦り、僕に絡みついてくる襞を愛撫するように小さく身体を揺らした。
次第に漏れてくる声に甘い響きが混じってくる。
手塚君自らが求めてくれているように腰を動かし始めた。
できるだけ優しくしてあげたいけど、さすがに僕も我慢ができなくなってくる。
強く緩く手塚君を揺らしてそこから得られる快感に支配され始める。
「やまと、さ……。もっと、強く……っ」
僕に回された腕に力がこもって抱きついてくる。
僕はそのまま彼を抱き起こしてやった。
「やぁ……、んっ!」
向かい合ったまま僕の上に座った格好で、手塚君は背筋をしならせながら甘い悲鳴を上げた。
目の前の小さなピンク色を口に含んで舌で転がす。
それにも感じているのか、手塚君の息はさらに浅くなってきた。
彼の硬くなった熱は僕の腹に擦られて限界だと訴えるように張り詰めて蜜を流している。
腰をぎゅっと抱き寄せてやると快感が増すのか、手塚君は唇を噛みしめて快感を振り切るように首を左右に振った。
「も、だめ…です。で…るっ」
「いいですよ、我慢……しないで」
我慢できないのは自分も同じで、僕は腹に当たっている熱の先に指を絡めて強めに愛撫した。
「や……っ、もうっ、あ、あぁっ!」
白い飛沫が腹にかかると同時に、熱い襞がきゅっと締め付けてきて一気に僕を高みに昇りつめさせる。
「うっ、……くぅっ」
さっき手塚君を抱いたときとは比べものにならないほどの激しい快感が背筋を貫いていく。
同じ快感に身を任せている手塚君を抱き寄せて、僕はその身体をぎゅっと腕に閉じ込めた。

 

 

 

 

「おはようございます」
もう少しで改札に入ろうというところで背後から声をかけられた。
「ああ、おはようございます」
振り返る間もなく僕の隣に肩を並べた手塚君に挨拶を返す。
彼とは毎朝、会ったり会わなかったりだけど、どちらかといえば会う回数の方が多いかもしれない。
別に約束をしているわけでもないし、僕も手塚君も家を出る時間を変えたわけでもない。
だったらどうして今まで会わなかったのだろうと考えてみたら、僕が手塚君を避けて遠回りをしていた分の時間差なのだと気がついた。
僕達は乗る電車が違うから、会った途端に「じゃあ」と言って手を上げる。
もちろん帰る時間は別々で、さすがに帰り道で会ったことはないけれど、それでも週のうち三日くらいはお互いの部屋に上がり込んでいたりする。
それから、手塚君はまた眼鏡をかけ始めた。
「コンタクト、どうかしたんですか?」
と聞いたら、
「もうあれは必要なくなりましたから」
と、にこりと笑い返された。
その必要なくなった理由が、もしも僕が考えているようなものだとしたら……。
そう思うと頬が緩むのを止めるのは難しかった。

―― 同じことは繰り返さない。

手塚君の言った言葉の意味は僕もなんとなく分かるような気がする。
僕達の気持ちの中には、ただ「好き」というものだけが詰まっているわけじゃない。
心の奥にはお互いに対するマイナスの気持ちが存在しているのだ。
それは僕にしてみれば後悔だったり懺悔だったり、手塚君にしてみれば怒りや憤りだったり。
その正体にお互いに気づいたことで、きっと僕たちの結末は変わってくるのだろう。
気持ちの全てが「好き」ではないから、だから、敢えて僕たちはその隙間を埋めようと努力するのかもしれない。
それが決して埋まるものではないと思っていても。

同じことは繰り返さない。
そう思えるのはいつも僕が手塚君の眼鏡を外す時だ。
手塚君がレンズのなくなった瞳を開くとき、彼は以前にも増して穏やかで温かい笑みを向けてくれる。
それを見る瞬間、僕の胸に悦びが込み上げてくる。

そうして僕も、思わず同じような笑みを返してしまうのだ。

 

... end
(2005.11.21)

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