春休みが終わり大和祐大も3年生となった。
希望に満ち溢れるはずの季節。
しかし舞い散る桜の花びらの下、彼は大きな溜め息をついた。
―― いよいよ、ダメか……?
ラケットバッグを肩にかけ、心なしか猫背になって大和は校門をくぐり部室の方へと向かう。
始業式の今日、朝練はないはずなのについ癖でいつもの時間に登校してしまった。
まだ人気のない校舎の横を通り過ぎて部室に向かい鍵を開ける。
妙にひんやりとしている部室の空気は、まるで大和を冷たい視線で見つめているようでどこか余所余所しい。
二度目の大きな溜め息をついて、大和はいつも日誌を書き込んでいる机に向かう。
バッグを置いてドサリと腰を下ろし、頬杖をついて自分のロッカーの方に視線を向けた。
―― もう誤魔化しはきかないでしょうね。
心の中でそう呟いて、大和は席を立ってロッカーに近づいた。
「大和」のプレートの扉を開けてその中をじっと見つめる。
―― ダメモトでいってみるか。当たって砕けろ、って言葉もあるし。
そう思うが早いか、大和は携帯を取り出して押し慣れた短縮ナンバーに指を伸ばした。
「柏木? 今どこ? ……そしたら教室行く前に部室に寄ってくれる?」
それだけ言うと通話を切り、大和は再び机に向かって頬杖をついた。
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「ダメ」
速攻で帰ってきた返事がコレだ。
容赦ない。
「でもね、部長という立場上、これだとどうも……、ね?」
大和も負けじと食い下がってみる。
これみよがしに腕をブンブンとさせて、見て見てと言わんばかりに振ってみる。
Lサイズのレギュラージャージを着ているはずなのに、その袖は相当短くなり手首から5cm ほど上まで腕が曝け出されていた。
「春休み中はレギュジャでなくてもよかったけど、ほら、これからはちゃんと着ないとダメでしょ? これじゃあ恥ずかしいじゃない。新入生も入ってくることだし……ね?」
「今度、ネット買い換えないといけないこと、知ってる?」
「知ってる」
「ボールも補充しないといけないの、知ってる?」
「……知ってる」
「レギュジャ持ってないヤツがレギュラーになる可能性あるの、知ってる? レギュラー二人からサイズが合わなくなったっていう申告きてるの、知ってる?」
「…………」
「お前、既に2回もレギュジャ注文してるの知ってる? 部費がギリギリだってこと、知ってる?」
「………………知ってる」
たたみかけるような口調の柏木に大和は完璧に気おされていた。
普段はニコニコと調子のいいことを言っている柏木も、こと部費のことになると途端に堅物に変わってしまう。
「かわいい部員がツンツルテンのジャージじゃ可哀想だろ?」
それまでとはうって変わって優しげな声になった柏木は大和の肩を抱くようにして耳元で囁いたが、それは大和にとっては脅し以外の何ものでもなかった。
「全国に行くために頑張ってる部員をさしおいて、お前だけ新しいジャージ頼んじゃうの?」
「………………」
「いつも部員のことを考えてるお前に、まーさか、そんなこと、できないよな?」
「………………」
部長という立場を逆に利用されているのが目に見えてハッキリしているが、ハッキリしているからこそ何も言えない大和だった。
無事に始業式が終わり新学期が始まると青学男子テニス部にも新入生が訪れる。
彼らがそこで見たものは、憧れの青学レギュラージャージを羽織ってフェンスの側に佇む男ひとり。
春の風にいい感じで裾が翻り、一種独特の雰囲気をかもし出していた。
『誰? コーチ?』
『部長らしいよ』
『うわあ、先生かと思った』
新入生たちの囁きが聞こえるのか聞こえないのか、大和は僅かに口をヘの字に曲げて部員たちの練習の様子を見ていた。
逆に満足に浸っているのは柏木。
大和から部費を死守できたことで、今日は殊の外、上機嫌だった。
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大和がジャージを羽織る理由……?
(注:柏木……青学男子テニス部副部長。「stray sheep」に出演中)
(9.10.2003)
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