「しめすへんに右」!
大和祐大の「祐」の字は「ネ(しめすへん)」に「右」と書く。
時々「しめすへん」と言っても相手に通じないことがあるので、そういうときは「カタカナのネ」と言っている。
ごくごく稀に「しめすへん」と聞いて「あ、はいはい」と言いながら「ころもへん」を書かれてしまい、こんな字はないだろうという字にされることもあったり。
大和は自分の名前を間違えられることに少々敏感になっていた。
ことの発端は小学校の卒業式。

「大和祐大くん」
静かな音楽が流れる中、担任教師に名前を呼ばれ、大和は練習した通りに「はい」と返事をして指をピシリと揃え背筋を真っ直ぐに伸ばして校長と教頭が卒業証書を持って待ち構える舞台の中央へと足を運んだ。
そして、これまた練習通りに小さくテープでバツ印をつけられた場所までくるとピタリと止まり右足を一歩引いて「右向け、右」をして校長と対面する。
「大和祐大くん、以下同文」
既に耳たこ状態の言葉と一緒にもったいぶったようなゆっくりとした仕草で差し出される卒業証書。
それを受け取るために差し出した大和の手が一瞬、ピクリとして止まった。

『大和裕大』

―― 違ってる……。

その卒業証書の大和の名前は間違えられていた。
―― ぼ、ぼくは祐大だ。祐大なのに……。

この1枚の紙が6年間の自分の生活を代弁してくれる大事なものであることくらいは大和にも分かる。
あろうことか、その卒業証書の名前が違っている。

―― じゃあ、ぼくの6年間はどうなるの?
   こんなこと、あっていいわけ?
   誰だ、誰が間違えた?
   担任か? 
   もしかして、お前か?

目の前の校長を睨んでみるが、校長はただのほほんとしているだけだ。

―― なかったことにされるのか、ぼくの6年間は……。
   こんな、こんな紙切れ1枚のために、ぼくの6年間は……!

以上のようなことを手を伸ばして卒業証書の端をつかむまでの僅かの間に考えていた大和だったが、まさか大勢の児童・父兄・教職員・来賓の前で苦情を申し立てるわけにもいかず。
心の中で得体の知れないものにパンチを浴びせながら、大和裕大なる人物の卒業証書を受け取った。
こうして彼の人生には「空白の6年間」が出来上がった。

しかしこの時の彼には、まさか成人してから後、イヤになるほど「しめすへんに右」「カタカナのネ」と言わされるハメになろうとは想像もしていなかったのである。
大和祐大、こっそりひっそり、心にトラウマを抱える男である。

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管理人の実体験でした……。
(7.8.2003)

 

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